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子供たちだけではなく、日本人テニスコーチは「Road to Wimbledon」から何を学ぶべきか

神仁司ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト
(写真/神 仁司)
グラスコート佐賀テニスクラブジェネラルマネジャーの緒方貴之氏(写真右)と佐賀でのRtWを支えた神谷勝則コーチ(写真/神 仁司)
グラスコート佐賀テニスクラブジェネラルマネジャーの緒方貴之氏(写真右)と佐賀でのRtWを支えた神谷勝則コーチ(写真/神 仁司)

 4月22~27日に、グラスコート佐賀テニスクラブ(佐賀県)で行われた「Road to Wimbledon 2019(日本予選)」では、子供たちが日本にいながらウィンブルドンと初めて触れ合う貴重な機会となった。

 ウィンブルドンの大会会場であるオールイングランドローンテニス&クロッケークラブ(以下AELTC)からヘッドコーチであるダン・ブロックサム氏とマーク・ヒルトンコーチが来日し、子供たちは試合をするだけでなく、テニスクリニックで直接指導を受けたり、講義を受けたりして有意義な時間を過ごした。

「Road to Wimbledon(以下RtW)」をとおして、子供たちがウィンブルドンを知ることがなぜ大事なのか。

 また、グラス(天然芝)コートでプレーする機会を子供たちに与えることが、なぜ重要なのか。その理由を知るには、まずテニスの歴史を遡らなければならない。

 テニスのルーツは諸説あるが、フランスの“ジュドポーム”がルーツといわれ、手の平でボールのようなものを打つような形だった。

 それからイギリスで1873年に、ウォルター・クロプトン・ウィングフィールド少佐が考案したローンテニスが近代テニスの原型になり、現代テニスにまで踏襲されている。そして、1877年からアマチュア大会として初めてウィンブルドンが開催されたのだった。

 近代テニスの発祥地であり、ローンテニスの伝統を継承しているのがウィンブルドンであり、“テニスの聖地”といわれる由縁になっている。

 だからこそ、RtW大会ディレクターの緒方貴之氏も、第1回RtWからサポートをしている神谷勝則コーチも、テニス4大メジャーであるグランドスラムでは最古で、最高峰ともいわれるウィンブルドンにこだわり、グラス(天然芝)のテニスを知らない子供たちが学べる機会を与えようとしているのだ。

「(ウィンブルドンは)プロになったときのゴールでもある」(神谷コーチ)

 2018年には、神谷コーチが、4月のRtW(日本予選)を勝ち上がった男子ジュニア2名と女子ジュニア2名を、8月にAELTCで開催されたRtW本大会に引率した。

「男子は予選で敗れ、女子は1人は予選を突破し、もう一人は予選決勝で相手の棄権によって本戦に進みました。本戦はアオランギコート(ウィンブルドン開催期間中は、本戦選手の練習場所として使用されるコート)で行われ、観客もいたのでみんな雰囲気に飲まれて早いラウンドで敗れました」

 神谷コーチは、イギリス国内ではRtWに出場することへの意識が非常に高く、選手のレベルも高いことに、日本ジュニア選手との実力差を感じずにはいられなかった。

「コート上でのレベルの差があって、生半可なテニスでは勝てない。例えば、芝がある所、芝が剥げてしまっている所でのプレーの対応力。また、雨によって、試合をするコートがよく変わりました。ハードコートなったり、インドアのハードコートやカーペットコートになったり。海外の、特にイギリスやインドのジュニア選手は平然と対応し、環境への適応力の差を感じました。日本のジュニアたちは合わせられなかった」

 残念ながら日本ジュニア選手は、本戦初日に全員負けてしまった。練習してもなお時間が余ったため、神谷コーチがブロックサム氏に相談したところ、テニスクラブ内の見学ツアーをアレンジしてくれた。

 普段はクラブ会員以外入れない、センターコートのロイヤルボックス、クラブ内からセンターコートへ通じる通路や階段や控えの間、インタビュールーム、選手のロッカールームを案内してくれたという。

 そして、ウィンブルドンの大会期間中にセンターコートでマスターオブセレモニーという選手の先導役を務めるブロックサム氏自らが扉を開けて、日本ジュニア4名をセンターコートのグラスの際まで招き入れてくれた。

 ただ子供たちは、コートに足を踏み入れることができず、「最後の一歩まで、(センターコートの)芝を踏ませてほしかった。なんでできないの、ケチ」と正直すぎる不満をもらしたが、ブロックサム氏のウィットのきいた子供たちへのエールが素晴らしかった。

「ラストの一歩は、君たちの実力で来なさい」

 まさにRtWに参加していたからこそできた貴重な体験を日本のジュニア選手4名は積むことができた。実は、それは神谷コーチにとっても同じことだった。

「ウィンブルドンのセンターコートって特別じゃないですか。僕は感動しましたけど、子供たちはピンと来ないんですよね。でも、成長すれば気が付いていくのではないのでしょうか。これだけの経験をさせてくれるのがRtWで、子供たちの本当の夢の実現に近づけてくれるストーリー性のある大会なんです」

子供たちの未来を思い、RtWでのテニス指導における熱量が半端ない神谷コーチ(写真/神 仁司)
子供たちの未来を思い、RtWでのテニス指導における熱量が半端ない神谷コーチ(写真/神 仁司)

 また、2002年から世界でのグラステニスの普及のために始まったRtWは、ジュニア選手のためだけではなく、選手養成コーチの育成にもつなげたいというテーマを持っている。だから、ジュニア選手やプロ選手を育てたいと考えている日本人コーチがもっと見るべき大会なのである。神谷コーチもRtWの趣旨に賛同している一人だ。

「日本人コーチにも見てもらいたい。もともとテニスは芝生が原点なんですよ。グラスコートは生きているコート。場所によってバウンドが違ったりするが、それに適応するのがテニスなのに、(近頃の日本では)適応を除外する方向に進んでいる。太陽もない、風もない、(ボールの弾み方の)イレギュラーもない。それで、世界の荒波で勝ち残れるのか、といったらたぶん無理。本来は自然と会話しながら向き合うのがテニス。子供や選手に誤解させているコーチが多く、選手の環境を良くするのと甘えさせるのは違う」

 一から十まであまりにも教えすぎると、子供たちのプレーが誰でも同じになってしまい、没個性になってしまうことを神谷コーチは危惧している。

 さらに、ジュニア大会でのセルフジャッジを悪用して、バレないように誤審をしてでも勝って来いと間違った勝ち方を植え付けようとする日本人コーチがいるという。もし実在するのなら、そのコーチに子供たちを教える資格はない。そんな間違ったことがまかり通るなら、それはもはやテニスでもなくスポーツでもない。最近の日本ジュニアテニス界では、まずトーナメントで勝つことありきで、この勝利至上主義に神谷コーチは警鐘を鳴らす。

「勝ち負けはもちろん大事なんですけど、ウィンブルドンは、子供時代の礼儀やしつけの習得を大事にしている。それは、佐賀でのグラスホパーとRtWの共通理念でもあります。選手として成功してほしいし、最終的に上に行くには勝ち負けだけど、その前に(子供たちもコーチも)もっと覚えなきゃいけないことがある。子供たちの可能性を伸ばしてあげるのが大人の使命です。本当に世界に通じるテニス選手を育てたいのなら、(コーチは子供のために)もっと先のことを見据えて教えるべきです」

 14歳以下の子どもたちが、RtWで学んだことや体験をすぐに理解して、すべてを自分の力に変えるのには時間を要するだろう。時間の経過と共に、RtWで学べたことの有り難さがより実感できてくるのかもしれない。もちろん引き続き大人たちのサポートも当然必要となる。

 そして子供たちは、テニスと共に成長していく過程の中で、さらに学びながら大人たちの言っていたことが間違いではなかったのかどうか、自分にグラスコートでの適応と技術習得が必要なのか、自分が目指すべきテニスの方向性はどこなのか、本当にウィンブルドンが世界最高峰なのかどうか、子供たち自身の目で見て確かめて、自分の頭で判断を下していってほしい。その積み重ねがさらなる子供たちの成長につながり、大人のテニス選手へと進化を促していくはずだ。やがて成長を遂げたテニス選手たちは、令和という新しい時代の礎となり、新たな日本テニスの未来を築く役割を担っていくことになるに違いない。

ITWA国際テニスライター協会メンバー、フォトジャーナリスト

1969年2月15日生まれ。東京都出身。明治大学商学部卒業。キヤノン販売(現キヤノンMJ)勤務後、テニス専門誌記者を経てフリーランスに。グランドスラムをはじめ、数々のテニス国際大会を取材。錦織圭や伊達公子や松岡修造ら、多数のテニス選手へのインタビュー取材をした。切れ味鋭い記事を執筆すると同時に、写真も撮影する。ラジオでは、スポーツコメンテーターも務める。ITWA国際テニスライター協会メンバー、国際テニスの殿堂の審査員。著書、「錦織圭 15-0」(実業之日本社)や「STEP~森田あゆみ、トップへの階段~」(出版芸術社)。盛田正明氏との共著、「人の力を活かすリーダーシップ」(ワン・パブリッシング)

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