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台湾問題、ウクライナ戦争 西側メディアの報道姿勢を問う

小林恭子ジャーナリスト
世界新聞・ニュース発行者協会によるメディア会議の開催を報じる地元紙(撮影筆者)

 (「メディア展望」8月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 「欧米」という日本語があるが、英語圏でよく使われるのが、ほぼ同様の意味を持つ「西側(the West)」という表現だ。例えば「私たち西側は(We in the West)」と言う。

 昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、かつての東西冷戦下の西側陣営が今度は対ロ陣営として強く意識されるようになってきた。中国の台頭やウクライナ戦争を機に西側メディアによる反中国、反ロシア姿勢が鮮明になり、特に筆者が住む英国と海の向こうの米国メディアで反中、反ロ色が強いように思う。果たしてどれほど実態を伝えているのだろうか。

台湾でメディア会議

 6月28日から30日まで、台湾・台北市で第74回世界ニュースメディア大会が開催された。主催は世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA、本部パリ、独フランクフルト)。大会では台湾と中国の軍事的緊張をめぐるセッションが設けられ、開催自体が政治色を帯びた。約60カ国から900人を超えるメディア関係者が集まった。

 大会は毎年初夏に開催されてきたが、新型コロナによって2020年と21年は中止。2022年9月末、スペイン・サラゴサ大会で再開した。台湾大会は元々21年に開催予定だった。参加者は報道の自由、対話型のチャットGPTに代表される生成人工知能(AI)の活用、持続可能なビジネスモデルなどについて討議した。

 大会初日の開会式には台湾の蔡英文総統が登場し、AIが民主主義に与えるリスクを指摘。「真実と嘘を見極める、ファクトチェックが必要だ」。その日のセッション終了後のレセプションには頼清徳副総統が姿を見せた。「台湾のメディアは政権をどんどん批判できる」。蔡氏や頼氏の発言には「台湾は民主主義社会だが、中国はそうではない」、「台湾メディアは政権批判ができるが、中国メディアはそうはいかないだろう」など、常に中国との比較が暗示され、聴衆もこれを感じながら耳を傾けていたようだ。

 英米のメディア報道だけを見ていると、ロシアがウクライナに侵攻したように中国がすぐにも台湾に軍事的に歩を進める印象を持ちがちだ。

「この地域では誰も戦争を望んでいない」

 6月28日夕方のセッションは「台湾と近隣諸国との地政学的課題」をテーマにし、司会者の英フィナンシャル・タイムズ紙の特派員がパネリストたちに向かって、ずばり聞いた。「中国は台湾に軍事侵攻すると思うか」。

台湾の国立中山大学の辛翠玲教授(右)(撮影筆者)
台湾の国立中山大学の辛翠玲教授(右)(撮影筆者)

 台湾の国立中山大学の辛翠玲教授は「いつもこれを聞かれるが、答えは『神のみぞ知る』だ」と答えた。「戦争が始まると大混乱が起きる。海上封鎖だけでも大きな経済損失だ」。教授は個人的には戦争が起きるとは思っていない。「この地域では誰も戦争を望んでいない」。しかし「万が一に備えて準備をすることは重要だ」。

 一方、総統府直属の研究機関である中央研究院の呉玉山政治学研究所研究員は戦争は「ありうる」と見る。「国際社会の動向、費用、侵攻によるリスクなどが決め手になる」。

「軍事侵攻の可能性を裏付ける証拠がない」

王向偉氏(WAN-IFRA提供)
王向偉氏(WAN-IFRA提供)

 香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストの元編集長王向偉氏は「戦争はない。軍事侵攻の可能性を裏付ける証拠がない」という。数年後に中国による軍事侵攻の可能性があるとする見方があるものの、6月にブリンケン米国務長官が訪中してからは「米中の緊張関係は沈静化している」。米国側が中国との関係修復を望んでいる様子が見られるという。

 台湾に住む人自身は戦争の可能性をどう見ているのか。

 辛教授は「国民の意見は割れている。軍事侵攻が近いと主張する人もいる」。教授は「平和を築くためのジャーナリズムを実践するべき」と提案した。

 王氏は「台湾が率先して、中国側に平和のための提案を出したらどうか」と述べた。

 3日間のセッションの合間に、筆者はWAN-IFRAの参加者に軍事侵攻の可能性を聞いてみた。「台湾の要人は平和を第一に望んでいる」、中国脅威論が出るのは「米国が中国を国際社会から孤立させたいから」などの声があった。英米主導の中国脅威論に根差した「第二のウクライナになるかもしれない」という報道を受け取る側は、問い自体を問う姿勢が求められるようだ。

ウクライナ復興支援会議

 世界ニュースメディア大会の直前、6月21日から22日までロンドンではウクライナの復興支援についての会議が開催されていた。日本を含む60カ国の政府関係者や世界銀行、民間企業などが参加した。共同声明によると、パートナー国は総額600億ドル(約8兆円)の追加支援に合意。これまで軍事面でウクライナを支えてきた欧州は戦後の復興を見据え、今後も支援を続ける予定だ。

 終戦の見込みが立っていないのに、復興計画を考えるのは、数世紀前に欧州列国が世界を分割して行った歴史の再来のようにも見えたのだが、読者の方はどう思われるだろうか。

ロンドンで開催された復興会議の模様
ロンドンで開催された復興会議の模様写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 筆者が住む英国では、ウクライナ戦争開始後、メディアはすぐにウクライナ支援一色となった。侵攻したのはロシアであることから無理もないのだが、「ウクライナ有利」「ロシアはすぐに敗退する」という記事が非常に多く、真実を掴みにくくなった。

ヘイスティング氏の記事(ウェブサイト、キャプチャー)
ヘイスティング氏の記事(ウェブサイト、キャプチャー)

 英作家マックス・ヘイスティング氏は、「ウクライナへの西側のアプローチは妄想的」と題するコラムをタイムズ紙に寄稿している(6月22日付)。同氏は元従軍記者で、第2次世界大戦を含む多くの戦争についての著作がある。欧米各国の「美辞麗句と行動との間に亀裂が生じている」と同氏は指摘する。

 例えば、支援会議の公約実行には様々な条件がつき、ウクライナ政府が望む支援金額とは大きな隔たりがある。「ウクライナによる巻き返しの攻撃」が早期に目的を達成できると考える軍事専門家はほとんどいない。隣国ポーランドをのぞいて、欧州各国では支援の熱意の表明と行動が合致しない。「ドイツはほとんど何もしていないし、フランスもやっていることは非常に少ない」。英国は「米国が提供した武器や機材の7分の1を出荷しただけ」。ウクライナのゼレンスキー大統領への英国からの支援は「正しくかつ重要だが、十分ではなく、同様の支援が何年も続く」。英国民は果たしてこのことを十分に知らされているのか。

 戦争時、自国が属する陣営の意向に沿わなくても、市民の知る要求に応えるために正確な情報を伝えられるかどうか。報道の独立性を掲げる西側メディアの課題の1つに思える。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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