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国際新聞編集者協会の世界大会  AIとジャーナリズム、報道の自由で議論 「仕事はなくなるか?」

小林恭子ジャーナリスト
シンクタンク「ポリス」の教授 (撮影:Ronja Koskinen, IPI)

 (「メディア展望」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 6月25日と26日、オーストリア・ウィーンで国際新聞編集者協会(IPI)の世界大会が開催され、300人を超えるメディア関係者、研究者、学生などが活発な議論を繰り広げた。毎年開催される世界大会の今年のテーマは「AI(人工知能)時代の新たな領域」であった。

 AIは、今まさにタイムリーなトピックだ。今年年頭、米起業家イーロン・マスク氏などが高度なAIの開発を一時停止するよう求める署名活動を始めている。5月、「AI界のゴッドファーザー」と言われる、英国生まれのコンピューター科学者ジェフリー・ヒントン氏がAIの危険性に警告を発するためにグーグル社を退社したという報道が出た。彼ほどの人物がAIの将来に危険性を感じているとは衝撃的である。私たちは、大きな曲がり角にいるのかもしれない。

参加者に共通する思いは

 初日の最初のセッション「新たな領域―AI時代の民主主義と情報の生態圏」では、ニュースの編集室でAIをどう使っているのか、ジャーナリズムはAIとどう対峙するべきかなどが論点となった。米ニューヨークタイムズ紙の調査報道ジャーナリスト、ジュリア・アングウィン氏は「AIを特別に怖がる必要はない」という。

「AIとは、平たく言えば機械を使った処理だ。人の手間を軽くするために機械を使うと考える対処法で良いのではないか」。南ドイツ新聞の編集者アンドリアン・クレイ氏は「巨大なデータの分析にはAIが欠かせない」と述べた。同紙はパナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」から流出した膨大な量の内部文書を入手し、国際的な報道を主導したことで知られている。

 会場から「AIの開発を一時的にでも止めることは果たして可能なのか」「規制されるべきか」などの質問が出た。欧州連合(EU)では新たなAI規制の導入を検討中だ。5月末には、「ChatGPT」を開発した米オープンAIの経営者が米議会でAI規制を呼びかけている。パネリスト側からまとまった答えは出なかったが、「何らかの規制はあるべき」「EUによる規制の行方に注目している」などの声が出た。

 次のセッション「今がAIの時期だ」では、数年前からAIとジャーナリズムの関係を研究してきた、英シンクタンク「ポリス」のディレクター、チャールズ・ベケット氏が壇上に立った。「みなさんが心配しているのは、AIが自分の仕事を奪う可能性ではないか」。

 ベケット氏によると「それほど心配する必要はない」。ただ、「無くなっていく仕事はあるだろう」。AIにできないこともある。「例えば、現地に出かけてその場所の雰囲気を感じ取り、人に話を聞いて伝えることだ」。AI時代のジャーナリズムには「以前にもまして創造性が必要とされるだろう」。

 午前中の最後のセッションになったベケット氏のワークショップ「AIを編集室に持っていく」にも出てみた。会場には参加者が溢れ、立ったままで聞く人もいた。

 「AIを怖いと思う人はその理由を教えてください」。何人もが手を上げた。筆者の隣にいた参加者が聞いた。「AIは事実ではない情報も拾ってくる。偽情報を作ることも簡単だ。フェイクニュースが増えるのではないかと心配だ」。参加者の数人が頷いた。「AI時代のジャーナリズムには、確かにフェイクニュースが増えるだろう。避けられない」とベケット氏。

 セッションの合間に数人の参加者と話してみたが、雇用市場の変化、フェイクニュースの増加など不安や恐れを感じている人が多かった。

報道の自由賞はメキシコのアリステギ氏に

カルメン・アリステギ氏(撮影:Ronja Koskinen, IPI)
カルメン・アリステギ氏(撮影:Ronja Koskinen, IPI)

 大会の初日セッション終了後、IPIと非営利のメディア支援組織「国際メディアサポート(IMS)」が選んだ「世界報道の自由ヒーロー賞(2023年)」などの授賞式が行われた。

 ヒーロー賞受賞者はメキシコの調査報道ジャーナリスト、カルメン・アリステギ氏。メキシコのニュース専門チャンネル「CNNエスパニョール」などの放送メディアを通じて、時の政府の腐敗問題を報道してきた。2015年、同氏はラジオ局「MVS」から解雇された。権力者による汚職を暴露する内部告発サイト「メキシコリークス」の立ち上げを支援し、ペニャ・ニエト前大統領の妻が関与した不動産疑惑を報道したためと言われている。後に裁判所が解雇を無効としている。

 メキシコの人権擁護組織の調査によって、アリステギ氏と10代半ばの息子、兄弟や同僚たちがイスラエルの企業NSOグループが開発したモバイル端末用スパイウェア「ペガサス」の監視対象になっていたことも発覚している。ペガサスは監視相手のスマートフォンからデータ、画像、会話内容、位置情報などを取得できる。

 MVSから2度目に解雇されたアリステギ氏はニュース組織「アリステギ・ノテシアス」を立ち上げ、ポルフィリオ・ディアス大統領や権力者による同氏を敵視する活動にかかわらず、果敢な報道を続けている。

 受賞演説の中で、アリステギ氏は麻薬カルテルや腐敗がはびこるメキシコでは2000年から22年までに157人のジャーナリストやメディア関係者が殺害されたが、「責任を取る人がいない」と述べた。「ジャーナリストの殺害は国民が知る権利を失うことを意味する。誰も処罰を受ける人がいなければ、殺害は続いてしまう」。 22年だけでも12人が殺害されたという。 

ミャンマーを忘れない

ウイン編集長(撮影:Ronja Koskinen, IPI)
ウイン編集長(撮影:Ronja Koskinen, IPI)

 IPIとIMSが選ぶ「自由なメディア・パイオニア賞(2023年)」は、人権侵害を暴露しながら報道を続けるミャンマーのニュースサイト「ミャンマー・ナウ」に贈られた。

 サイトが創設されたのは、2015年。総選挙が実施され、アウン・サン・スー・チー氏率いる国民民主連盟(NLD)が大勝した年である。権力批判をいとわないミャンマー・ナウは、2021年2月の国軍によるクーデター発生後、軍事政権から閉鎖を命じられた独立メディアの1つとなった。編集室は強制捜索され、出版免許が取り消された。ウェブサイトのアクセスが妨害され、ジャーナリストらが逮捕された。それでも、ミャンマー・ナウは活動を止めなかった。

 授賞式の場で、スウェン・ウイン編集長は賞を「危険を冒して報道を続けるジャーナリストたち、世界がミャンマーを忘れないようにしてくれるジャーナリストたちに捧げたい」と述べた。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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