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混迷の英スコットランド与党 元自治政府首相が逮捕、新首相は切り返せるか

小林恭子ジャーナリスト
自治政府首相就任の誓いを立てるユーサフ氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 (「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラムに補足しました。)

 英国からのスコットランド地方の独立を掲げる政党「地域政党スコットランド民族党(Scottish National Party=SNP)」が揺れている。

 今年2月、英北部スコットランド自治政府首相(当時)ニコラ・スタージョン氏が辞任の意向を発表し、多くの人を驚かせた。SNPの党首の職も同時に辞任。

独立運動の「顔」だった

 ショート・カットの髪にスカート・スーツが定番のスタージョン氏は、自治政府首相として8年の歴代最長期間を務め、スコットランド独立運動の「顔」となってきた。

スタージョン氏
スタージョン氏写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 辞任の兆しが全くなかったわけではない。

 英国からの独立の是非を問う住民投票再実施の可能性が、昨年11月、最高裁によって妨げられ、性別変更手続き簡略化の法案も英政府に阻止されたことで求心力が低下していた。強気で知られるスタージョン氏がこの先どのように歩を進めていくのか、注目されていたところだった。

 党首選の結果、3月27日、後任党首として自治政府保健相のハムザ・ユーサフ氏(37)が選出された。英国の主要政党で初のイスラム教徒の党首だ。

 党首選には3人の候補者が立候補したが、決選投票では、52.1パーセントの党員票をユーサフ氏が、47.9パーセントをケイト・フォーブス財務・経済相が獲得。票差はほんの2000票で、党内が大きく二つに分かれていたことが見て取れる。

ユーサフ氏とは

 ユーサフ氏はスコットランド第2の都市グラスゴーで生まれた。パキスタン出身の父は1960年代に英国に移住。母はケニアの南アジア系家族出身で、同様に英国に移住した。

 ユーサフ氏は私立の中等教育機関ハッチンソンズ・グラマー・スクールに進学し、このころから政治に興味を持ちだした。

 グラスゴー大学で政治を学び、2007年に博士号を取得。在学中からコミュニティー・ワーク、慈善組織でのボランティア活動に従事し、05年にSNPに入党した。

 コール・センターで働いた後、複数のSNP議員のアシスタントとなり、11年、自分自身もスコットランド議会議員になった。当時、26歳。これまでで最も若いスコットランド議会議員だった。

 2012年、当時のアレックス・サモンド自治政府首相から国際事象・開発を担当する閣外大臣に抜擢され、サモンド氏の後を継いだスタージョン氏からも信頼を受け、運輸相、法相などを歴任する。直近のスタージョン政権では新型コロナウイルスの感染対策を講じる保健相として活躍した。

 3月28日、スコットランド議会での投票でユーサフ氏の首相就任が決定。スコットランド自治政府の首相としては最も若いことになる。

 スタージョン氏の側近の1人だったユーサフ氏は、新たな住民投票の実行など、これまでのスタージョン政権の政策を引き継ぐ。

 政策を実行していくには、二分された党内をまとめていく土台固めが必要となる。ユーサフ氏は「スコットランドの全ての人のための首相になる」と誓ったが、選挙中にユーサフ氏を厳しく批判したフォーブス氏は、ユーサフ政権には参加しなかった。

独立問題は?

 生活費高騰問題、国民医療サービス(NHS)のサービス向上などが当面の課題だが、スコットランド内外で大いに注目されているのは、スタージョン氏がプッシュしてきた独立問題がどうなるか。

 2014年9月の住民投票では投票率が84.6パーセントに上るなか、 44.7パーセントが独立賛成、55.3パーセントが反対だった。ロンドンの中央政府は再度の住民投票の実施に賛同しておらず、昨年秋、スタージョン氏は政府の合意なしに独立の住民投票を実施できるかどうかについて、最高裁に判断を仰いだ。11月、最高裁は「できない」という判断を出した。

 24年5月までに総選挙が行われることになっていますが、スタージョン氏はこれを独立の是非を問う国民投票にすると述べていた。さて、ユーサフ氏はどのようなアプローチをするか。

 しかし、最近になって、独立問題どころではなくなってきた。党に対する信頼性が下落するような事態が発生したのである。

 まず、4月に入って、スタージョン氏の夫で前SNP事務局長のピーター・マレル氏が逮捕され、エディンバラにあるスタージョン氏の自宅とSNP本部が家宅捜索されたのである。

 6月には、スタージョン氏自身が警察に逮捕された。両氏の逮捕はSNPへの献金と会計についての捜査の一環だという。二人ともに訴追されず、釈放されている。

 スタージョン氏は潔白を主張している。同氏の突然の辞任は今回の疑惑と全く関係ないのだろうか。

 関連記事:スコットランド警察がスタージョン前第一首相を逮捕、7時間後に釈放 党の会計疑惑(BBCニュース、6月12日付)

 捜査は継続中だ。

 ユーサフ氏が政治手腕を発揮する前に、前任者の逮捕問題が発生してしまったのである。

キーワード

スコットランド民族党(Scottish Nationalist Party)

通称SNP。1934年、スコットランド国家党とスコットランド党の合流で結党された、スコットランドの独立を求める地域政党。社会民主主義を基本とする。党員数は2021年の10万4000人から7万2000人に減少。スコットランド議会では64議席(総議席数129)、英議会では45議席を占める。前党首はニコラ・スタージョン氏。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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