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英ウェールズ地方で、国立公園名称を変更 その背景は

小林恭子ジャーナリスト
Bannau Brycheiniog公園のウェブサイトから、キャプチャー

 (「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラムに補足しました。)

 「Bannau Brycheiniog」

 この言葉の意味と読み方、分かるだろうか。

 英ウェールズ地方南部にあるブレコン・ビーコンズ(Brecon Beacons)国立公園の新しい正式名称で、ウェールズ語だ。

 英語の発想で「Bannau Brycheiniog」を読もうとすると「バナウ・ブリ……ええと、どうしよう」となってしまう。

 BBCでは読み方を「Ban-eye Bruckein-iog」と表記しているが、複数の発音サイトで聞いてみると「バナイ・ブラヒニョグ」「バナイ・ブラヘイニオグ」などと筆者には聞こえた。「ヒ」あるいは「ヘイ」はちょっと強い感じの発音で、例えば、「マレーネ・ディートリッヒ」の「ヒ」のようなイメージだ。

 ウェールズ出身の俳優マイケル・シーンによる、公園の紹介動画で、ウェールズ語の発音を確認できる。公園名は3分50秒過ぎから。

シーンはウェールズ出身を誇りにする俳優の一人だ
シーンはウェールズ出身を誇りにする俳優の一人だ写真:REX/アフロ

 Bannauは「山頂」を意味するウェールズ語「ban」の複数形で、Brycheiniogはウェールズ地方を5世紀に統治していた王様にちなみ、「国王Brychan(ブラヒン)の国」を指すので、Bannau Brycheiniogとは「ブラヒン王国の山頂」ということになる。

 Brycheiniogは英語化されてBrecknock、後にBreconという名称に変わってきたという。「のろし」を意味するBeaconsになった由来については、正確なところは分かっていない。

 正式名称をウェールズ語にしたのは、国立公園となって66年を迎えたのを機に、地球温暖化や生物多様性への脅威を回避する、新たな道を歩むための事業の一環であった。

 2035年までにネットゼロの実現達成を目指し、泥炭地の回復、100万本の植林、水質改善などを実行する予定だという。

 これまでは英語名にちなみ、のろしの火をロゴにしてきたが、「脱カーボン化を目指している公園に似つかわしくない」(公園管理組織)ため、廃止されることになっている。

 公園近辺の住民や公園内で働く人を対象にした半年間に及ぶ調査の結果、「ブレコン・ビーコンズ」という名称が「時代遅れ」、住民や働く人を「象徴しない」という結果が出た。ウェールズ語の名称にしたことは、以前の形に戻したともいえる。

ウェールズとは

 大ブリテン島南西部を占めるウェールズには古くはケルト系ブリトン人が住んでいたが、13世紀末にイングランド王国エドワード1世の侵入後、イングランドに併合され、16世紀には法制上も統合された。

 1990年代末になって労働党政権下で地方分権化が進み、ウェールズ自治政府と議会が発足している。

 現在ウェールズでは英語とともにウェールズ語も公用語となっているが、2021年の国勢調査によると、3歳以上のウェールズ住民でウェールズ語を話せると答えた人は約56万人で、全体の17.8パーセント。前回11年の調査時よりも若干減少した。

 ウェールズ政府は2050年までにこれを100万人まで増やす計画を立てている。

 2018年からはウェールズ議会で、また21年からは自治政府で、職務に就く人は基本的なウェールズ語の読み書き能力が最低限必要となった。

スノードニア国立公園も

 ウェールズ語への改名は北西部にあるスノードニア国立公園(旧名)でも行われている。

 2021年4月、地元グウィネズ・カウンシルのメンバーが公園の英語名スノードニアと、この呼称の由来となったウェ-ルズの最高峰スノードンの使用を停止し、それぞれをウェールズ語「Er yri」(エラリ)、「Yr Wy ddf a」(アル・ウィズヴァ)にするべきと呼び掛けた。5000人余りの賛成を示すオンライン署名が集まった。

 国立公園の管理組織ではすでに名称について議論が進行中だったので、この呼びかけ案自体は却下されたが、今後の名称について話し合いが続き、昨年秋、「必ずウェールズ語の名称を使う」ことになった。すでに2~3年前から英語のウェブサイトや出版物ではウェールズ語で表記され、かっこで英語名を入れる形を導入していたが、ウェールズ語名称の使用を明確にすることで、「ウェールズの文化的遺産に敬意を払う」ことになると公園管理側は説明している。

キーワード

Bannau Brycheiniog(バナイ・ブラヘイニオグ)

ウェールズ南部の丘陵地帯ブレコン・ビーコンズ及びここに位置する国立公園の正式名称。略称「ザ・バナイ」。約1340平方キロの中に美しい山並み、渓谷、湖、鍾乳洞などがある。エラリ/スノードニア国立公園、ペンブロークシャー海岸国立公園と並ぶ、ウェールズ内の三つの国立公園の一つ。公園西側のフォレスト・フォー・パークはユネスコによる地球科学的な価値を持つ大地の遺産であるジオパークに認定された。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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