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ジョンソン元英首相が残した叙勲リスト 「選ばれなかった」と説明求める議員も

小林恭子ジャーナリスト
ジョンソン元英首相(写真:ロイター/アフロ)

 6月15日、英下院の特別委員会は、2020-21年、新型コロナ対策のロックダウン中にボリス・ジョンソン首相(当時)がパーティーを開いていた件で、同氏が事実上議会にうそをついたとする報告書を発表した。

 ジョンソン氏は繰り返し「パーティーはロックダウンの規則を順守していた」と議会で述べていた。しかし、報告書は、「ジョンソン氏が規則を順守していないことを知りながら、そう発言した」と結論付けた。つまり、「議会で意図的に間違ったことを発言した」。平たく言うと、「うそをついた」(BBCのクリス・メイソン記者)のである。

 9日、ジョンソン氏は報告書を事前に受け取り、下議員を辞任することを表明している。もし辞任しなければ、「90日間の謹慎措置」が下るところだった。

 ジョンソン氏はパーティー問題をきっかけに、昨年9月末、首相の職を辞任したが、英政界を未だに騒がせている。

 パーティー問題の他に論争を呼んでいるのが、「叙勲リスト」である。

 英国では首相の職を降りる際、国に多大な功績をした人および一代貴族となる人への叙勲を推薦する候補者リストを作成することができる。

 報道によると、ジョンソン氏はこのリストに自分の父やジョンソン支持派の政治家の名前を入れていたという。実際には、父や「リストに入る」と言われていた何人かの議員の名前は入らなかった。しかし、「入ると約束されていた」はずの議員ナディーン・ドリス元文化大臣が、自分が含まれなかったことについて、説明を求める動きに出ている。

 「与えられるもの」であって、「もらう権利があるもの」ではないはずなのだが。

ドリス氏(左)とジョンソン氏
ドリス氏(左)とジョンソン氏写真:REX/アフロ

 辞任する首相が残す叙勲リストについて、昨年、「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラムの中で書いた。

 以下はそれに補足したものである。

辞任する英首相が残す叙勲リスト

 ジョンソン氏の首相としての最後の仕事の一つが、英国に多大な功績をした人および一代貴族となる人への叙勲を推薦する候補者リストの作成だ。リストに入れる人物の人数に制限はない。

 最初にこの制度を利用したのは1895年、ローズベリー卿だったが、全ての首相がこのリストを作成するわけではなく、ジョンソン氏で15人目になる。

 作成後、功績があった人物への叙勲推薦リストは内閣府内の勲章委員会に送られ、叙勲に足る品位と適性がある人物かどうかを検証した後、首相と君主の元に戻される。上院への指名については、上院指名委員会が吟味。リストに挙げられる人物は官邸職員、政治家秘書、議員などが多い。

 辞任時に提出されるこのリストは、これまでに何度か論争を呼んできた。

 著名な例が1976年のハロルド・ウィルソン首相による別名「ラベンダー・リスト」。リストを書いた紙が薄紫色だったことに由来するといわれているが、ウィルソン氏関係者は否定している。

 労働党党首だったウィルソン氏は1964~70年、74~76年と2度政権を担当したが、76年辞任の際の叙勲推薦リストには複数の富裕企業家の名前が入っており、この中には後に汚職で有罪となる人物、汚職疑惑がある人物もいた。労働党の倫理に反するという批判の声が党内から上がった。

 1997~2007年在職の労働党のトニー・ブレア首相は「爵位売買疑惑」に見舞われた。ブレア氏が辞任に向けて提出した上院への指名推薦リストの中には、労働党への巨額融資をした複数の人物が入っていた。上院指名委員会がその中の1人の指名を却下していたことが判明し、大騒ぎとなった。

 この事件もあって、ブレア氏は辞任に伴う推薦リストを出さないままになった。

 後任のゴードン・ブラウン首相はこのリストは提出しなかったが、「解散リスト」という名前で同様の趣旨のリストを出している。

 ブレア氏以降止まっていた叙勲候補者の推薦リストは、2010~16年在職の保守党デービッド・キャメロン首相の辞任時に復活し、テリーザ・メイ首相も19年の辞任時にこの制度を利用した。

縁故主義の害悪

 辞任時の叙勲の推薦リストは首相個人が自分の友人や利害を共にする人を優先する傾向があり、縁故主義の害悪が指摘されてきた。

 報道によると、ジョンソン氏が作成するリストは辞任を余儀なくされた一連の疑惑の間中もジョンソン氏に忠実だったナディーン・ドリス元文化相をはじめとする複数の保守党議員、パーティー疑惑を巡って事実上の引責辞任をした側近などを上院に推薦する人選になっている。

 上院議員の人数は現在761人で、内訳は世襲議員が87人、一代貴族が649人、聖職者議員が25人。最大の議席数を持つのが保守党だ。

 「タイムズ」紙(2022年7月11日付)の社説は、ジョンソン氏のリストには「厳しい制限」があるべきと主張した。特にジョンソン氏は「50人以上の閣僚らがジョンソン首相の下で働くことを拒否し、その品位と適性が問題視されるなか、不名誉な形で」去ったからだ。そんな首相は「縁故主義の人事」に手を付けるべきではない、と。

 辞任の際に首相個人が特定の人物を叙勲候補者として推薦する制度は、自分自身の私的利益と結び付きやすいと筆者は思う。廃止するべきではないか。

キーワード

PM's Resignation Honours

(首相辞任時の叙勲)

首相辞任に伴う叙勲。公的分野で功績を達成した人や英国に奉仕した人が対象の場合、国民は政府のウェブサイトを通じて候補者を推薦できる。政府各省庁での査定の上、内閣府の勲章委員会が精査し、首相と君主の承認を得て君主名で叙勲される。上院議員への指名は一代貴族になることを意味する。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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