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世界金融危機を振り返る「企業統治が機能していなかった」と英ジャーナリスト

小林恭子ジャーナリスト
経営破綻のシリコンヴァレー・バンク(写真:REX/アフロ)

(ウェブサイト「論座」が7月末で閉鎖されることになり、筆者の寄稿記事を補足の上、転載しています。) 

 今年3月、米銀行シリコンヴァレー・バンク(SVB)が経営破綻した。アメリカの銀行としては、2008年の金融危機以来で最大の経営破綻と言われている。

米シリコンヴァレー・バンク破綻、預金者を「完全に保護」と米政府

焦点:シリコンバレー銀破綻、超緩和局面終了で早くも金融システムにほころびか

 2008年9月15日、米大手証券会社リーマン・ブラザーズが経営破綻し、世界的な金融危機が一気に加速した。私たちはより安全な世界にいるのだろうか? 

 危機から10年後の2018年、危機の背景と今後同様の危機が発生するかについて、ロンドンの金融界を熟知する専門家に話を聞いた。

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 「リーマン・ショック」のちょうど1年前となる2007年9月、英国では住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックで取り付け騒ぎが発生し、金融不安に火が付いた。翌年9月15日、リーマン・ブラザーズが経営破綻すると、英国の複数の大手銀行がイングランド銀行から資金援助を得なければやっていけない状態に陥り、世界の金融センター「シティ」は大きく揺れた。

 英フィナンシャル・タイムズ紙の金融ジャーナリストとして40年以上の経験を持つ、ジョン・プレンダー氏に、シティを襲った危機の背景をじっくりと話してもらった。

 同氏は世界金融危機を最初に予測した数少ないジャーナリストの一人だ。金融業界、企業統治(コーポレートガバナンス)についての著作を多数上梓しており、最新作は『金融危機はまた起こる 歴史に学ぶ資本主義』(白水社、2016年)。

通貨政策が最大の要因

 2007年から08年にかけて、なぜ次々と銀行が危機に陥ったのか。金融危機の原因とは?

ジョン・プレンダー氏:今回の金融危機で驚くべきことは、いかに複数の異なる要因があったか、だ。中でも最も重要な要因は通貨政策だったと思う。

 米国は「非対称的な金融政策」をとっていた。つまり、米連邦準備制度理事会(BFRB)は市場に問題が生じると、直ちに流動資金を投入した。ところが、市場がバブル状態になると、これを抑制するための方策を取らなかった。2007年に信用収縮が発生する前までは、米国の金融政策は非常に非対称であり、非常に緩かったと言ってよい。

 これに加えて、グローバルな不均衡の問題があった。アジア諸国、欧州北部、産油諸国では過剰貯蓄状態となっている一方で、米国、英国、ドイツそれにほかの欧州諸国では銀行家たちが過度にリスクを取るビジネスを行っていた。

 リスクを顧みないビジネス慣行が横行したのは、銀行のボーナス制度が背景にある。業績に応じて報奨金を払うという制度の上に、ストックオプション(自社株購入権)もついてくる。市場が上向きになっているとき、銀行家は得をするようになっている。利益も上がる。しかし、市場が下落した時、損をするのは投資家と納税者だけだった。ここにも金融体制の非対称性がある。

 同時に非常にその仕組みが複雑な金融派生商品(デリバティブ)の取引市場が大きく成長していた。その中身は不透明で、理解が困難だ。金利や為替相場等の変化によってその価値が大きく変動するという特徴がある。

 現在のような金融市場の変化はいつ頃から始まったのか。

 1970年代後半から80年代初期だったと思う。その前は、市場は中央銀行か政府によって安定化されていた。為替は、1944年のブレトンウッズ合意に基づいた固定相場制度(金との交換が保証された米ドルを基軸として、各国の通貨の価値を決めた)の下で基本的に管理されてきた(1971年、金とドルの交換は停止)。

 その後は民営化、規制緩和が進み、通貨の移動が無規制になったことで、銀行は市場安定化のための道を探らなければならなくなった。そこで出てきたのがスワップ取引(外国為替取引で直物為替の売りあるいは買いと、先物為替の買いあるいは売りを同時に同額で行う)やオプション(ある対象物を、将来の特定時点に特定の価格で買うまたは売る権利)取引などを開発することだった。通貨の動きを安定させる作業を実質的に民間企業がやっている。

 こうした金融商品は複雑でその中身が不透明であることが多い。店頭取引市場も巨大化しており、これも何が起きているのかを追跡するのは楽ではない。

 市場はこのように複雑化しており、規制監督当局が金融体制の中にどれほどのリスク要因があるかを判断することは困難になってきた。そこで、国際的な大手の銀行に監督をゆだねることになった。規制当局はリスク管理を民営化した、と言える。英国でも、米国でもそうだ。

絶対視された格付け会社の判定

  銀行の規制・監督と言えば、バーゼル銀行監督委員会(G10の中央銀行総裁会議で設立された銀行監督当局の委員会)がある。委員会は、国際的に活動をする銀行の自己資本比率や流動性比率などに関する統一基準「バーゼル合意」を定めている。

 バーゼル合意によれば、規制当局は銀行に対し実質的にこう言っている。「自分たちでリスク管理の体制を作りなさい。私たちはあなたたちに頼っていますよ」、と。

 私は、バーゼル合意は基本的に欠点があると思っている。リスク査定の基準が適切ではないことがしばしばある。例えば、政府の債務にはリスクがないとされている。果たして、そうだろうか。

 金融危機発生の最後の要因として、格付け会社の役割を挙げたい。

 例えば、金融派生商品の中には非常にリスクが高いものがあるが、格付け会社は過度に高い評価を与えた。サブプライム・ローンについて、最高ランクである「トリプルA」の評価を下した場合もあった。

 格付け会社と銀行には利害関係があった。格付け会社は金融派生商品を扱う投資銀行から報酬をもらう。銀行は格付け会社に報酬を払うことによって、より良い格付けをしてもらうことを望んだ。

 格付け会社の判断が広く信用された?

 金科玉条と見なされて、信用された。

 金融危機発生の直接のきっかけは、低所得者層を対象に提供されたサブプライム・ローンの焦げ付きだった。サブプライム・ローンの販売を支えたのが、住宅価格の上昇だ。改めて、なぜ住宅価格は上がり続けたのかを聞きたい。

 金融緩和政策が原因だ。これによって市場に大量のお金が流通した。銀行にとって余剰資金を処理するために最も簡単な方法は、不動産に貸し出すことだ。ビジネス用の不動産でも個人の不動産でもいい。例えば建設業に投資するよりもはるかに楽だ。建設業への投資の場合にはかなりの事前調査が必要になるが、不動産の場合は査定者に見てもらい、その査定に応じて不動産価格の3分の2あるいは90%を貸せばいい。

 こうして不動産への貸し付けが増えたが、市場に過剰のお金が出回り、不動産価格が上昇していくとバブルにつながるので危険でもあった。米国で住宅市場がバブルになりつつあるという話が出ていたが、まさか米国内ですべての住宅価格が落ちることはないだろうと思っていたところ、そうなってしまった。バブルは破裂してしまった。

 バブルの破裂はいつごろか。

 米国では2007年だ。銀行がサブプライム・ローンの貸し付けによって損失を計上し出したのが、2007年の年頭だ。この年の6月、米投資銀行ベア・スターンズが窮地に陥った。理由は不動産ローン関係の金融派生商品の焦げ付きだ。

 この時分、銀行は互いを信用できなくなった。ほかの銀行がどれほどサブプライム・ローンを扱っているかが分からないからだ。サブプライム・ローン市場は透明性がほとんどなく、不動産関連のローンは非常に複雑だった。互いへの貸し付けを停止してしまい、市場が動かなくなってしまった。

 2007年7月から、大規模な信用縮小(クレディット・クランチ)となった。翌年もそのような状態が続き、9月のリーマン・ブラザーズの破綻で、この世も終わりのような状況となった。

 英国の金融規制当局は、「ライトタッチ」つまり、緩い規制を行っていたといわれている。当時の政府もロンドンに国際企業を呼び寄せるため、あえてこの姿勢を支援していたのだ、と。

 金融危機が発生した理由として、規制が不十分だったという点は当たっている。

 英国で言えば、確かに、政府や金融当局がロンドンを国際的な金融センターとして振興することで、人を惹きつけ、金融界からの税収入を増やせると考えた。

 また、危機が発生した時、英中央銀行(イングランド銀行、BOE)は行動を起こすのが早くなかった。金融体制を安定化するために素早く行動を起こす必要があったのだが。それは、当時のキングBOE総裁が中央銀行の役割は通貨政策を実行し、インフレ目標を達成することだと考えていたからだ。中央銀行の伝統的な役割である、金融体制の安定化についてほとんど関心を持っていなかった。

 キング総裁は、なぜもっと早く行動を起こさなかったのかと聞かれて、「モラルハザードを起こしたくなかったから」と答えている(注:モラルハザードとは、「倫理の崩壊」などと訳され、中央銀行が安易に支援を提供することで金融機関側の規律が失われることを指す)。

 総裁はモラルハザードを発生させてはいけないという考えに取りつかれていた。モラルハザードが起きないようにと考えるべき時は、中央銀行が動かなくても市場が大丈夫な時だ。金融危機の渦中に考えるべきことではない。金融不安を増大させてしまう。

危機を早期に察知できた理由

 金融危機を早期に予想したジャーナリストの一人と言われているが、なぜそう思ったのか。

 2003年に出版した『レイルから外れる』(Going Off the Rail、未訳)の中で、危機が発生しうる理由を書いた。つまり、グリーンスパンFRB議長の非対称的な通貨政策が資本主義の免疫性を崩してしまうだろうこと、金融商品が複雑化したことで、中央銀行が民間の銀行に金融体制の根幹となるリスク管理を任せてしまっていること、金融機関のリスク管理に落ち度があること、流動性が生じることによるリスクを回避する方策がないこと、バーゼル合意は金融体制の浮き沈みをさらに悪化させることなどを指摘した。

 2007年の7月から8月頃、世界的な信用収縮がいよいよ顕在化した時、当時のFRB議長ベン・バーナンキはサブプライム問題は一時的な落ち込みだと発言した。私は当時社説を書いていて、これは一時的なものではない、深刻な問題になると主張した。

 先を読むことができたのは、年齢のせいもある。1970年代半ばの金融危機以降、いくつもの危機を目にしてきた。

 1929年、米ウォールストリートの株価大暴落で世界恐慌が発生したが、今回の危機はそれ以来の大規模な危機と言えよう。ただし、当時よりはグローバルな経済や金融サービスの規模が大きくなっているので、危機の規模も大きい。

 また危機は発生するのだろうか。

 エコノミストが今後を予想するとき、これからも金融危機があるというのはもっとも簡単だ。産業革命以来、何度も金融危機が発生したし、今後も再発するだろうからだ。しかし、いつ発生するかについて、予測は難しい。今年や来年はないとは思うが、規制体制が十分ではないので、今回の規模の危機が発生しないとは言えない。

「兆し」は自己資本不足、銀行文化、金利、膨らむ負債

どのような「兆し」が見えるのか。

 例えば、多くの銀行、特に欧州大陸にある銀行はまだまだ資本不足だ。米国の銀行は素早く資本増強に動いた。ドイツ、フランス、イタリアの銀行よりははるかに安全だ。

 銀行の貸出基準が低下傾向にあるというのも「兆し」だ。かなり緩くなってきている。

 こうした要素を考え合わせると、いつかは問題になってくるだろうと思う。そのうえ、過度のリスクを取ってでも利益を上げようとする銀行の文化が変わっていない。大きなリスクを取るほど高い報酬につながるという体制も同じだ。

 危機以降、中央政府が市場に介入し、金利が大きく下がっている。欧州ではマイナス金利を導入している場合もある。銀行としては収益が上がる道を必死で探さなければならない状況だ。中央銀行が銀行に対して、もっとリスクを取るよう奨励しているようなものだ。

 さらに、シャドー・バンキング(注:通常の銀行ではなく、投資銀行やヘッジファンド、特殊な運用会社などの金融業態)も大きく成長している。金融危機以降、先進国の間で負債が大きく増大していることも「兆し」だ。

 巨大に成長した中国経済は、大きな負債を抱えている。この国のシャドー・バンキング体制も大きい。

 ただし、中国が脅威になるのは、金融危機が発生して、それが世界の市場に影響を及ぼすというよりも、中国経済自体が影響を受けてしまうためだ。世界経済全体における中国経済の貢献度が下がってしまう。グローバル経済のけん引役ではなくなってしまう。それが私たちの経済への脅威になると思う。

 世界危機以降、何が変わったと思うか。

 金融政策にいくつかの変化があった。まず、バーゼル合意が厳しくなった。私は十分に厳しくなったとは思っていないが、以前よりは厳しくなった。

 リスクを取る姿勢を緩和するため、米国ではドッド・フランク法(米金融規制改革法)が制定され、欧州でも同様の法律ができた(注:ドッド・フランク法は大規模な金融機関への規制強化、金融システムの安定を監視する金融安定監視評議会の設置、金融機関の破綻処理ルールの策定、銀行がリスクのある取引を行うことへの規制などを定めた)。

 しかし、私からすると、規制体制には大きな穴があると思う。それは、国際的な業務を行う銀行の処理だ。国境を越えて巨額のビジネスを展開する銀行をいかに処理するかが非常に困難だ。リーマン・ブラザーズの破綻の際がそうだった。

 国際決済銀行(BIS)の場でどうするべきかの議論が何度もあったけれども、今でも異なる司法圏に属する国際的な銀行の最終処理を秩序立てて行うようにはなっていない。

 危機発生後、複数の銀行が、国際的な短期金利指標であるロンドン銀行間取引金利(Libor、ライボー)やそのユーロ版Euriborを不正操作した、いわゆる「LIBOR事件」が明るみに出た。総額350兆ドル にも上る市場規模を持つ金融商品の指標として使われてきたLIBORの決定には、複数の有力銀行が翌日の銀行間市場で借り入れる金利を英銀行協会に申告する形をとったが、英バークレイズ銀行のトレーダーなどが自行や他行の金利担当者に連絡を取って、自分たちが取り扱う商品のパフォーマンス向上に都合が良い数値を申告するように調整していた。金融危機の際には、故意に低い金利を申告し、いかにも財政状態が良好であるかのように見せかけていた。不正操作事件をどのように受け止めたか。

 私自身、衝撃を受けた。しかし、事件後、銀行経営陣の中で投獄された人が誰もいなかったことにも驚いた。罰を受けたのはトレーダーのレベルだった。

 LIBORは大銀行の文化を反映していた。大手銀行には倫理観が欠けていた。「道徳規範」という言葉が辞書にないのだろう。ボーナスを増やすためだったら、LIBORを不正操作することを含めて何でもやると考えていた。このような行為は間違っているという考えさえなかった。

 LIBOR事件は、銀行の経営陣が行内で何が起きているかを十分に把握できていなかったことも示す。LIBOR以外にも、昨今の金融商品は仕組みが複雑になっており、経営陣が提供する商品の仕組みやその影響を十分に認識していなかったという指摘がある。

 今回の金融危機では、企業統治が機能していないことが問題の1つだった。リスクを十分に理解している人が経営陣の中にほとんどいなかった。銀行の業務とは具体的にどのようなものなのか、金融派生商品の実態を知って、このような商品が銀行にどれほどのリスクを与える可能性があるのか、銀行員は報奨金制度の下でどのようなプレッシャーを感じながら仕事をしているのか。こうしたことを十分に分かっている人が少なかった。

 そこで、危機以来、金融についてより深い知識がある人、リスクを熟知している人が経営陣になって、企業統治が機能することが重要であることについて、政府もさらに自覚するようになり、改革が進められてきたと思う。状況は改善されてきたと思う。

 とは言っても、国際的な銀行業は非常に複雑な要素が絡み合い、全貌を理解するのは難しい。銀行大手の経営陣は不可能と言っていいほどの仕事に就いている。(終)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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