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英BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者」 英語圏メディアはどう見たか

小林恭子ジャーナリスト
英ガーディアン紙の番組評(ウェブサイトから、キャプチャー)

 (日本新聞協会発行の「新聞協会報」5月23日号掲載の筆者記事に補足しました。)

 今年3月7日、英BBCが放送したドキュメンタリー番組「Predator: The Scandal of J-Pop(J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル)」が日本で波紋を広げている。

 J-POPの捕食者とは日本の大手タレント事務所「ジャニーズ事務所」の前社長ジャニー喜多川氏(2019年死去)を指す。ジャニーズ事務所は1975年の設立後、数々の男性アイドルを生み出してきた。芸能界への影響力は強大で、喜多川氏による未成年者への性的加害はメディア界では大きく報道されてこなかった。

 BBCの番組の監督は日英で育ったメグミ・インマン氏。ナレーターはジャーナリストのモビーン・アザー氏。同氏は英国に住むイスラム教徒の生活を追った「ムスリムズ・ライク・アス(私たちのようなイスラム教徒)」(BBC、2016年)で2017年の英アカデミー賞テレビ部門リアリティテレビ賞を受賞している。

 番組冒頭で、アザー氏はジャニーズ事務所のスターが日本では数多くのメディアに顔を出している一方で、喜多川氏自身の情報が極端に少ないことに気づく。東京の街中でジャニー喜多川氏について聞いてみると、ほぼ全員が喜多川氏を日本のアイドル文化を作り上げ、芸能界に大きな貢献をした人物として認識をしていることが分かる。性的搾取の疑惑があっても、こうした認識は変わらなかった。

 アザー氏はかつてジャニーズ事務所にいた人物に話を聞き、性加害を受けた話を映像化した。1999年に性被害を記事化した週刊文春の記者にも会い、当時のメディア報道について聞いた。「ほかの媒体はほとんど取り上げなかった」(記者の一人)。事務所は名誉棄損で文春を訴えたが、2003年7月、東京高等裁判所は文春のセクハラ行為に関する記事はその重要な部分において真実と認定した。事務所側は上告したが、最高裁は2004年2月、上告を棄却した。

 アザー氏はほかにも数人の被害者に会う。ある青年は喜多川氏を「本当に素晴らしい」と未だに思っていると話した。また、被害を受けなかった元タレントはもし性的接触をされたら、スターになるためには「受け入れる」と答えてアザー氏を驚かせた。

 英国とアイルランドのメディア評を紹介したい。

「いかにグルーミングが成功したか」

 英日刊紙ガーディアンのルーシー・マンガン記者はこの番組のテーマを「警察、著名人、サッカー選手、政治家、スポーツコーチ、聖職者による虐待事件」に並ぶものとしてとらえる(3月7日付)。喜多川氏は「何十年にもわたって無数の少年たちを虐待している児童性愛者だった」。

 インタビューに応じた元所属メンバーが被害を語った後で「ジャニーさんは私たちを愛情で接してくれた」と述べた場面で、評者は「いかにグルーミングが成功し、虐待の心理がいかに深いかを示す、珍しくかつ息を呑むような洞察」を与えた、と書いた。

 その一方で、虐待を受けながらなぜ加害者に好感情を抱くのか、「日本社会の恥の文化や礼儀正しさの重要性」と結びつけてもっとじっくり考察してもよかったのではないか、と指摘した。

 英国では2012年、著名DJジミー・サビル(2011年死去)が数百人規模の少年少女に性的暴行を働いてたことが発覚した。2016年には少年サッカーのコーチに性的虐待を受けていたことを何人もの元選手が告白している。著名人らが自分の立場を利用して未成年に性的暴行を働く事件が次々と報道され、社会の中に児童を含む弱い立場に対する人への性的虐待は許されないという認識が根付いている。

「誰もが知っていた」

 複数のカトリック聖職者による年少信者への性的虐待事件があったアイルランドの日刊紙「アイリッシュ・インディペンデント」では、パット・ステイシー記者が番組の題名「秘められた」は日本国外にいる人には該当するが、国内では秘密ではなかったと指摘する(3月8日付)。

 「スターにしてあげると約束しながら、少年たちを引き付ける児童性愛者」という側面があることを「日本の誰もが知っていた」。しかし、「最も著名な児童性愛者としての存在を否定するか、真実を無視してきた」。

 番組の中に、事務所がBBCの取材に応じず、紋切り型の会社の声明文を返したことに対しアザー氏は憤慨し、驚愕する場面がある。ステイシー記者はこの場面に言及し「日本のメディアがこのような感情を抱いてくれればいいのだが」と締めくくっている。

 4月12日、元ジャニーズ・ジュニアの一人で今はミュージシャンのカウアン・オカモト氏が記者会見を開き、喜多川氏から性的被害を受けていたと証言した。事務所側は事態を調査中だ。英国のメディア報道が日本社会に何らかの動きを発生させる例は珍しい。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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