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スナク英首相 政治家として、人として 元閣僚はどう評価したのか

小林恭子ジャーナリスト
スナク英首相の就任から約1週間(写真:ロイター/アフロ)

 このところ、短期間に首相交代が続く英国。10月24日に与党・保守党の党首となり、25日に新首相に就任したのがリシ・スナク元財務相(42歳)である。

 リズ・トラス前首相が大型減税策で金融市場の大混乱を巻き起こして辞任に追い込まれ、その後始末をつける形で保守党下院議員の圧倒的な支持を受けて、トップの座についた。

 トラス氏の前のボリス・ジョンソン政権下での財務相だったが、ジョーク好きのジョンソン氏とは正反対の真面目さ、真摯さで知られている。

 英国では初のアジア系政治家による首相の誕生だ。42歳という年齢もこれまでで最年少である。スナク氏とアクシャタ・マーティ夫人の資産は8億ドル(約1185億円)以上と推定されている。「チャールズ英国王より金持ちの首相」と言う人も。

 さて、首相就任から約1週間が過ぎた。

 上記に挙げた特徴はすでに報道されているが、「本当のところは、一体どんな人?」という部分を在英ウオッチャーの一人として、紹介してみたい。

 元財務相のスナク氏は、トラス政権の後始末役には「最適」の政治家とみなされている。これは確かで、筆者もこれに同意する。

 しかし、筆者はスナク氏を「その力量が十分に試されていない、やや強硬右派の保守的政治家」と見ている。閣僚になったのはほんの2年前。予期できない危機発生時には十分に対処できるかどうか。さらに言えば、「この人の下で、英国で暮らしたくないな」とも。

 その理由をパズルのピースをご紹介する形で説明してみたい。

 その後で、元閣僚やBBC記者の評価を記してみたい。

頭脳は明晰だが

 政治家になる前からスナク氏を知っているほとんどの人は、その頭脳の明晰さ、数字に強いことなどを同氏の特徴として挙げる。

 同時に、常に完璧な印象を与える人物でもある。

 それが如実に表れているのがファッションだ。例えば高級ブランド、プラダの靴を履くことで知られているが、ぴっしりとアイロンがかかった真っ白のワイシャツもトレードマークだ。オーダーメードで作ったような、上半身にピッタリとフィットするワイシャツである。

 室内の運動マシーンで鍛えたとみられる細身の体をスーツで包んだスナク氏のヘアスタイルは綺麗に調髪されている。ボサボサの金髪頭で小太りのジョンソン元首相とは正反対である。

 たかがファッション?いや、そうではない。「そつがない」、「非の打ちどころがない」、「完璧」という印象をスナク氏はファッションを通して提供してきた。政治家としても「ジョークを言いながら、時々間違えたりはするけれども、愛される」というイメージのジョンソン氏とは正反対で、「間違ったことは言わない」、「常に真面目」を体現してきたのである。

党首選で見えてきた「完璧すぎる」手法

 しかし、完璧さにはケチもついた。

 今年夏の党首選(この時はトラス氏が勝利)で、いち早く選挙用動画などを出したスナク氏。完成度の高さが評価されたが、「完璧すぎる」という違和感が表明されるようになった。

 最終候補となったトラス氏とスナク氏は複数回の「テレビ・ディベート」番組で対決するが、スナク氏は、最初の番組で演説が得意ではないトラス氏の発言を何度も遮り、その政策を論破した。この時、スナク氏はディベートには勝ったと言えるのだろうが、「マンスプレイニング」(男性が女性に対して、上から目線で説明している)として、批判されてしまった。

 私自身、番組を見ていて議論を負かされたトラス氏が可哀想に思えた。トラス氏のパフォーマンスはぎごちなかったが、感情に訴えかける何かがあった。

 政治家としては、「ディベートに勝つ」よりも、「人の心に訴えかける」ことの方が重要なときがある。それをスナク氏あるいは彼のキャンペーンチームは十分にはわかっていなかったのかもしれない。

スキャンダルの対処は苦手?

 ジョンソン政権で財務相であった頃、ジョンソン氏を次ぐ存在としてスナク氏の人気が高まった。新型コロナ対策で、大型の経済支援策を打ち出したことが主因である。

 しかし、今年春、スナク氏はスキャンダルに見舞われた。妻はインドのITサービス大手インフォシスの共同創業者・富豪の娘で、「非定住者」として登録されていることで、海外所得の納税を免除されていたと報道されたのである。のちに「英国で支払うべき税金は払っている」とスナク氏は弁明したが、報道開始時からしばらくの間、メディア取材に応じず、「逃げた」、「スキャンダル処理が苦手」という認識が定着した。

 初めてのスキャンダル報道は清廉潔白のイメージがあるスナク氏には似つかわしくないもので、それを避けたかったというのは理解できる。しかし、筆者はここに政治家としての線の細さを感じた。英国では政治家は「面の皮が厚くないとやっていけない」と言われる。自分にとっては不都合な報道でも、堂々と取材に応じ、自分の言葉で対応していく姿が求められるのである。

英国のEU離脱支持、移民強硬策

 政治姿勢を見ていこう。

 スナク氏は英政界では「保守強硬派」の部類に属する。

 まず、彼は英国の欧州連合(EU)からの離脱を支持した。筆者はEU離脱(ブレグジット)を否定するものではない。「経済上の利点よりも、国のありようを自分たちで決めるという政治上の利点を重視したい」という思いが離脱支持派の中にあった。英国民が投票によって離脱の道を選んだので、英国民ではない筆者はこれを尊重するしかない。

 「広くEU及び世界とつながる」という方向性ではなく、「EUとの関係を切る」方向性を強く支持したのが保守党右派であり、これが今や保守党の本流になってしまった。保守党は「右派に乗っ取られた」という見方もできる。スナク氏は右傾化した保守党を率いる位置にいる。

 ブレグジット派・保守党右派に共通するのが、移民問題だ。移民が増えることに否定的な見方を持つ。

 今大問題となっているのが、フランスからゴムボートなどでやってくる中東やアフリカ出身の難民申請者たちだ。

 こうした人々に対し、英国への渡航を思いとどまらせるためにジョンソン政権が出してきたのが、アフリカ・ルワンダに移送する、という政策である。英国から6500キロも離れたルワンダに移送する代わりに、英国はルワンダ経済に巨額投資をする。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は「戦争、紛争、迫害を逃れてやってくる人々には思いやりと共感が与えられるべき」で、「もののように取引され、海外で処理されるべきではない」としている。

 ジョンソン政権後、トラス政権もスナク政権もこの政策を継承した。

 スナク首相は「思いやりがある政権」の運営を誓ったが、さまざまな理由で英国に辿り着いた人々をルワンダに送るという政策は、筆者には「思いやりがある」には聞こえない。

 スナク政権に対し、英国居住者として一抹の不安を感じるのはこの点である。

元閣僚は「経験の浅さ」を問題視

 実際にスナク氏と共に仕事をした、元保守党議員ローリー・スチュワート氏のスナク評を見てみよう。

 スチュワート氏はテリーザ・メイ政権で国際貿易大臣だった人物だ。ポッドキャスト「ザ・レスト・イン・ザ・ポリティックス」(10月26日配信)で語ったところによると、アジア系のスナク氏が保守党議員の仲間に入ったことを非常に嬉しく思い、彼の頭脳とその才能に舌を巻いたという。

 しかし、42歳にして首相となったスナク氏と、43歳で首相になった保守党のデービッド・キャメロン氏(在職2010ー16年)、44歳で首相の労働党のトニー・ブレア氏(1997−2007年)を比較すると、3者は首相就任時の年齢こそ近いものの、スナク氏の経験が浅いことが気にかかるという。

 キャメロン氏は2001年に下院議員として初当選し、05年に党首に。2010年に政権が発足するまでの5年間、「影の首相」として経験を積んだ。

 ブレア氏は1983年に初当選し、94年に党首となり、97年に政権を獲得するまで、影の首相だった。

 スナク氏は2015年に初当選後、19年から財務省で経験を積み、20年、前財務相の辞任によって、後任に抜擢された。財務相は英国の内閣の中でも重職になるが、影の首相としての経験はなく、初閣僚となってから首相になるまでがほんの2年である。

 キャメロン氏にもブレア氏にも、もし自分が首相になったらどのような内政及び外交政策を繰り出すべきかについて、実務面も含めて練り上げる時間があった。支えるチームもあった。

 同ポッドキャストのもう一人の出演者でブレア氏の参謀役だったアラステア・キャンベル氏は、「スナク氏の外交方針やそのほかの分野についての姿勢が全くわからない」という。

 スチュワート元国際貿易相は、キャメロン氏とブレア氏が選挙の洗礼を受けて政権を発足させたのに対し、スナク氏はそうではなく、下院の保守党議員らの支持によってのみ党首となって首相に就任したことを指摘する。

 キャメロン氏もブレア氏も選挙で自分が率いる政党が第一党になったことの強みを政権運営に生かすことができた。スナク氏にはこれがない。第一党であれば、下院議員らに対して「有無を言わせぬ権力運営の正当性」というカードを切ることができるが、スナク氏はこのカードを手中にしていないのである。

 BBCのクリス・メイスン政治部長は「『まだわからない』政権にようこそ」と題する記事を11月3日付で公開した。

 「私たちには今、『まだわからない政権』がある」。スナク首相あるいは彼のチームは、今後の計画、見解、政策などほとんど全てのことについて、「わからない」、と答えるからだという。8月の党首選でのスナク氏の公約は「今や緩やかな状態に置かれている」。公約が消えてしまった、というわけではない。「ただ、絶対に実現されるというわけでもなくなってしまったのである」。

 11月6日から18日まで、エジプトで国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催されるが、スナク首相はつい最近まで欠席すると説明していた。理由は「他の差し迫った国内業務」に集中するためだった。

 しかし、2日になってこれを変更。前回の会議(スコットランド・グラスゴー)のレガシーを実現したい、とツイートした。

 政権運営の目玉となる新財政案を17日に発表することになっているが、泥縄式に政治問題を処理しているように見えるこの頃である。

 ルワンダ移送計画も見直しになるといいのだが。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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