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英国のウクライナ戦争報道 前線を目指した兵士たちの声を伝える

小林恭子ジャーナリスト
チャンネル4の「前線の英国人」報道の紹介画面(ユーチューブ番組よりキャプチャー)

 (「新聞研究」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

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 2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

 2日後の2月26日、ウクライナのゼレンスキー大統領はカメラに向かってこう呼びかけた。「ウクライナのすべての友人の皆さま、防衛戦に参加したい方は来てください。武器を提供します」。

 ロシア軍による爆撃でウクライナ各地が破壊される様子を報道で目にした英国の若者たちは、続々とウクライナを目指した。

 英国の主要放送局「チャンネル4」がそんな若者たちを取材した。一方、BBCは志願兵となったウクライナの学生たちの動きを追った。どちらも、一体どのような思いで若者たちがウクライナの戦地に向かい、今何を感じているのかを市民に伝える貴重な報道となった。

「ウクライナ行きを後悔せず」と英青年

 義侠心に駆られて英国から多くの青年がウクライナ戦争に参加していると言われているが、その数は英政府も把握していない。ウクライナ行きを後押ししたのが、トラス外相による「英国の民間人がウクライナの戦争を助けたいと言うなら、私はこれを支援したい」という発言(2月27日)だった。その後、ウォレス国防相が軍事経験がない者の渡航は危険と指摘し、外務省は戦闘参加のためのウクライナ渡航は「テロ法などの違反で起訴される可能性がある」と警告。現役の英兵士はウクライナでの戦闘参加を禁じられている。

 スコットランド・グラスゴーに住むベン・アトキン氏(18歳)は、侵攻開始の報道を見て「すぐにでもウクライナに飛んで行きたい」と思ったという(「チャンネル4ニュース」、5月30日放送。のち、ユーチューブで「前線の英国人」として報道)。トラス外相の発言を「政府がゴーサインを出した」と受け取った。士官学校で学んだが、実戦経験はなし。それでも「正しいと思うことをしたかった」。

 3月中旬、ポーランドからウクライナに入り、外国部隊の入隊所までたどり着いた。到着後すぐに「パスポートを没収された」。当初は3カ月の軍役と言われていたが、入隊所で「3年は戦ってもらう」、これに同意しないと「参加できない」と言われたという。アトキン氏にとって予想外の展開だった。

 「ウクライナ市民を助けたい」と思って志願したのが、元英海軍エンジニアのカーティス氏(30歳、フルネームは紹介されなかった)だ。

 3月、同氏も外国部隊の入隊所に到着。「指揮系統が構築されておらず、軍事経験が皆無の人が多かった」。英国で使っていた携帯電話を用いてソーシャルメディアで情報を発信する志願兵がいたという。「敵に自分の居場所を知らせてしまう危険な行為なのに」。

 前線に出たカーティス氏は現場の指揮を執るようになったが、食料を含む必要な物資が十分ではなく、自腹でほかの義勇兵を支えたという。一旦は英国に戻ったが、近くまたウクライナに向かう予定だ。

 一方、3年間の兵役という条件を呑んだアトキン氏は、前線に向かう直前、近場で爆撃が発生し犠牲者が出たことを知った。「今回は自分は助かったが、次回はどうなるかわからない」。義勇兵ではなく、人道支援にかかわることにしたアトキン氏は「武器を手に取るよりも、もっとたくさんの支援ができることを知った」。

 振り返ってみて、「ウクライナに行ったことは後悔していない」、しかし、「100%考えが甘かった。正規軍の部隊の横ですべてが整えられて戦うと思っていた」。

「死ぬ覚悟さえ、できている」とウクライナの志願兵

 3月12日、BBCのジェレミー・ボウエン記者はウクライナの首都キーウで学生数人が志願兵として入隊する様子を報道した。友人たちと一緒に入隊したのが生物学を勉強する学生マキシム・ルツク氏(19歳)。学生たちは1週間の戦闘研修に参加するため、バスに乗り込む直前だった。皆カラシニコフ銃を手にぶらさげていたが、記者には「どこにでもいる若者たち」に思えたという。

 5月末、ボウエン記者は東部ドンバス地域での戦闘の合間に物資を調達に来たルツク氏とドネツク州バフムート市内で再会する。塹壕に身を隠しながらの戦闘は「地獄のようだった。防戦できる良い場所がない」とルツク氏は語った。ロシア軍の戦車からの砲撃が「日に25回はある。一人が戦死し、重傷を負った兵士は10人以上だ」。防戦が必要な限り、「塹壕で凍えても、聴力を失っても戦う。死ぬことさえも覚悟している」。

 ボウエン記者は侵攻開始前と今ではルツク氏がどう変わったかと聞く。「正確には答えられない。友人たちの何人かが自分の腕の中で死んでいった。その事実とともに生きることは非常に難しい」。

 両親は自分が志願兵として前線で戦っていることを「全面的に支持してくれている。僕を理解してくれる」という。「私たちは全世界の自由のために戦っている」「ウクライナとロシアの戦争じゃない」。同氏は全世界とロシア、「光と影」の戦争だと記者に語った。

 第2次世界大戦の例もそうだが、戦争の現場にいるのは常に若者たちだ。ロシアの兵士たちはどんな思いで戦っているのだろうかと考えずにはいられなかった。

英国の義勇兵に死刑判決

2人の姿を伝える、デイリー・テレグラフ紙(6月10日付、紙面を筆者撮影)
2人の姿を伝える、デイリー・テレグラフ紙(6月10日付、紙面を筆者撮影)

 6月9日、衝撃的なニュースが入ってきた。ウクライナで義勇兵として戦い、ロシア側の捕虜となった英国人2人とモロッコ人1人が雇い兵活動罪や権力奪取を狙った罪などで死刑宣告を受けたのである。

 ウクライナ東部の親ロシア派地域「ドネツク人民共和国」にある裁判所による判決だ。同共和国も裁判所も、国際的に正当だと認められていない。

 8月上旬、2人はスウェーデン人、クロアチア人の男性とともに新たに裁判にかけられることになったとBBCが報道した。

 英国人らの家族は2人がウクライナ軍に所属しており、雇い兵ではないと主張している。英国にとって、ウクライナ戦争がより切実な現実として姿を現してきた。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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