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プラットフォームは敵か、友人か? 国際新聞編集者協会の世界会議から

小林恭子ジャーナリスト
世界中で多くの人が利用するプラットフォームの1つ、フェイスブック(提供:Panther Media/アフロイメージマート)

 (新聞通信調査会発行の「メディア展望」11月号の筆者記事に補足しました。)

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 報道の自由の擁護とジャーナリズム向上のために活動する「国際新聞編集者協会」(International Press Institute、略称「IPI」、本部ウィーン)は、9月15日から10月13日まで「世界会議」を開催した。今年は新型コロナウィルスの感染拡大が続いているため、オンライン会議となった。

 「2020年の視点でジャーナリズムを再考する」をテーマとし、デジタル時代のビジネスモデル、メディアとプラットフォームとの関係、オンラインハラスメントへの対処法、政治圧力にどう対抗するかなど幅広いトピックを題材にアジア、アフリカ、欧州、米国からスピーカーや参加者が集まって活発に意見を交換した。いくつかのセッションの様子を紹介する。

プラットフォームは友人か、敵か

 9月17日のセッションは、フェイスブックやグーグルなどのプラットフォームとメディアの関係を考察した。

メディアにとってプラットフォームは「友人、敵、あるいはフレネミー(友を装う敵)」なのか?

プラットフォームについてのセッションの様子(IPIのウェブサイトより)
プラットフォームについてのセッションの様子(IPIのウェブサイトより)

 米研究機関「タウセンター・フォー・デジタル・ジャーナリズム」のディレクター、エミリー・ベル氏は「二者択一では答えられない複雑な問題」と見る。

 「テクノロジーによってさまざまなイノベーションが発生したのは事実だが、プラットフォーマーがニュースの編集から拡散までの過程をコントロールしている面もある。これでいいのだろうか」。

 トルコの大手新聞「ヒュリエット」の元デジタル記者エムリ・キジルカヤ氏は、同紙でフェイスブック・ライブを定期的に開催していたという。

 「私たちにとって、プラットフォーマーはジャーナリズムに新たな機会を与えてくれる存在で、商業的な意味では高く評価したい」。しかし、「個人としては、懐疑的な思いを抱いてきた」。公的言論空間への負の影響を見てきたからだ。

 エルドアン大統領による強権政治が続くトルコでは政権批判につながりかねない「400以上のサイトが封鎖され、数千人規模のジャーナリストが投獄中だ」。こうした中、「プラットフォーム側は政府におもねるPRに力を入れている」。

 例えば、あるラジオ局で勤務する女性がフェイスブックに動画をアップロードした。動画の背景の色の選択が「(トルコの少数民族)クルド人を連想させた」として、フェイスブックはこの動画を削除したという。

 女性はテロ組織の一員ではなく、クルド人の独立国家の設立を目指す武装組織「PKK」の旗が背景にあったわけでもない。政府から削除依頼があったのではなく、「政府と問題を起こしたくないために、削除したのだと思う」とキジルカヤ氏はいう。

 また、同氏の調査によれば、グーグルは「親政府のメディア組織が作る報道が検索結果の上位に出るようにしている」。

 ニュース組織が「間違った」のは、プラットフォームを利用することで「これまでにはないほど多くのオーディエンスにリーチできるようになった時だ」とベル氏はいう。「リーチ力の大きさを唯一の目標にすれば、ジャーナリズムが変わってしまう」。

 近年、グーグルやフェイスブックはジャーナリズム支援のための基金設置や様々なツールを提供するようになった。ベル氏もキジルカヤ氏も「プラットフォーム側によるPRの1つだ」という。

 しかし、両氏ともにプラットフォームが資金を提供する場合、メディア側は「これを受け取るべき」と主張する。

 「グーグルやフェイスブックが編集過程に関与しないという条件付きで、だ」(キジルカヤ氏)。また、「金銭的支援を得たら、これをメディア側は公表するべきだ」(ベル氏)。

 10月上旬、米下院の司法委員会は反トラスト法の調査報告書を発表し、巨大プラットフォーマーに対し企業分割を含む規制強化を求めた。これに先立ち、分割論の是非について聞かれたキジルカヤ氏とベル氏は「分割も1つの選択肢」と述べていた。

独裁政権がメディアを攻撃

 メディアを弱体化させ、市民の恐怖心を増大させ、ディスインフォメーションを広げる独裁政権の手法に、メディアはどのように対応するべきなのか。

独裁政権下のメディア報道について議論するセッションの様子(IPIのウェブサイトより)
独裁政権下のメディア報道について議論するセッションの様子(IPIのウェブサイトより)

 このテーマで議論が行われたセッション(9月24日)の中で、ハンガリーの調査報道サイト「HVG」のマートン・ゲーゲリー編集長は同国の悲惨なメディア状況について語った。

 同氏は2016年に経営会社が突然発行を停止した左派系大手新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長であった。発行停止の背後にはオルバン政権の意向があり、同紙が強硬な反移民政策を批判したことが廃刊の理由と言われている。

 現在、国内のメディアのほとんどが直接あるいは間接的に与党の支配下にあり、政権は権力から独立したジャーナリストらを「危険な人物」と位置づけるという。

「野党が弱く、政権に対抗する政治勢力がない」ハンガリーでは、「報道によって社会に変化が起きる、という見方が消えた。ジャーナリストとしては何をしたらいいのか、分からなくなる」。

独裁政権の3つの段階とは

 ロシア出身で現在は米ニューヨーカー誌で執筆するマーシャ・ゲッセン氏は、トランプ米政権も独裁的な政権の1つとしてとらえている。

 「独裁体制には3つの段階がある。『独裁体制を打ち立てようとする試み』、『ブレイクスルー(体制の発足)』、『安定化』だ」。選挙や司法機能を用いても体制を変えることができない段階が「安定化」で、「米国はこの段階に近づいているのではないか」とゲッセン氏はいう。

 「トランプ大統領の一挙一動がメディア空間を独占してしまう」。トランプ氏のツイートが不正確な内容を含んでいたものであっても、メディアとしては報道せざるを得ない。「メディアには報道しないという選択肢がない」。

 しかし、その報道の仕方でメディアの矜持を示すことはできるという。 

 「ジャーナリストとして、簡単にトランプ氏を『嘘つき』あるいは『人種差別主義者』とは呼ばないことだ」。代わりに、冷静に、客観的に自制心を持って報道するのである。

 ゲッセン氏は私たちがメディアの役割を根本から考えるべき時にいるのではないか、という。

 「公共サービスの1つと見てはどうか。例えば飲料水のように、だ。資金繰りも含めた抜本的な再考が必要だ」。

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IPIの世界会議のウェブサイトには各セッションの内容をまとめた記事(英語)が掲載されている

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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