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じわじわと広がる「BLM」運動による変化―「差別のひどさを知らなかった」と英白人知識人

小林恭子ジャーナリスト
ブリストルの街中にあるコールストンの像は台座だけになっている(撮影筆者)

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」8月号掲載の筆者記事に補足しました。)

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 5月末、米ミネソタ州ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイドさんが白人警官による暴行で亡くなった事件をきっかけに、世界中で反人種差別を訴えるデモが発生している。合言葉は「ブラック・ライブズ・マターBlack Lives Matter=BLM」(黒人の命も重要だ)である。

 筆者が住む英国でも若者層を中心にデモが多発し、南部の港湾都市ブリストルでは17世紀の奴隷商人エドワード・コルストンの銅像を倒し、海に投げ込む行為にまで発生した。ブリストルはロンドン、リバプールと並んで、アフリカ大陸から黒人住民を奴隷として連れてきた大西洋貿易の拠点の1つである。奴隷貿易やかつての植民地主義への批判が高まり、関係する人物の銅像・記念碑の撤去要求や大学の名称変更などの動きにつながっている。

 9月上旬、筆者はブリストルまで足を延ばしてみた。街中にあるコールストンの銅像は、台座が残るだけになっている。

 側面の1つには、うっすらと「BLM」の文字が見えた。

台座だけが残っていた(筆者撮影)
台座だけが残っていた(筆者撮影)

 

左上に、うっすらと「BLM]の文字が見えた(筆者撮影)
左上に、うっすらと「BLM]の文字が見えた(筆者撮影)

 ここからブリストル湾までは歩いて10分はかかる。銅像部分を転がして湾まで運んだ時には、相当の数の人が参加したことが想像できた。

 撤去や名称変更は「歴史を消す行為」として反対する声もあるが、フロイドさんの一件を境に「そうするのが当然」という見方が急速に広がっている。

 近年、米映画プロデューサー、ハービー・ワインスタイン氏による性犯罪事件をきっかけに性犯罪やセクシャルハラスメントを告発する「#MeToo運動」が世界中で発生したが、今回のBLM運動はこれをほうふつとさせる。

 英フィナンシャル・タイムズ(FT)紙のコラムニスト、ギデオン・ラッチマン氏は「BLMは世界を変える動きだ。過去500年間、西側諸国が国際情勢を牛耳ってきた。これが終わりになるのかもしれない」とさえ述べている(FTポッドキャスト、7月2日配信)。 

世界で広がるBLM運動

 人種間の平等を求める国際的な運動となったBLMは世界各地で独自の展開を遂げている。

 6月9日、ベルギー北部アントワープ市は元国王レオポルド2世(在位1865-1909年)の像を撤去した。19世紀末、同国王はコンゴ(現在のコンゴ民主共和国)を「私領地」とし、ゴム栽培で巨額の富を築きながら、現地の人々を劣悪な環境で搾取した。多くの労働者が殺害されたり手足を切断されたりしたといわれている。

 「植民地主義と人種差別の象徴」となった元国王の像の撤去を求めるオンライン署名が集まった。国内数か所にあるほかの像も同様の運命をたどる可能性がある。

 6月30日、コンゴ民主共和国が独立60周年を迎えた日に、ベルギーのフィリップ国王が王室として初めて、過去の植民地支配に「深い遺憾」を表明した。

 インドでは1970年代半ばから、肌を白くするクリームが販売されてきた。テレビのコマーシャルは色白のモデルを使い、白さを美しさや成功の象徴として紹介してきた。

 しかし、BLM機運の高まりを受け、色白クリーム「フェア&ラブリー」を販売してきたユニリーバ社は、今後同社の製品から「フェア(色白)」、「ホワイト(白い)」、「ライト(明るい)」といった言葉を取り去ると表明した。「このような表現は美しさの定義が一つであるかのような印象を与える」からだ。

 新たな表示は「グロウ&ラブリー」(女性用)と「グロウ&ハンサム」にする。「グロウ」には「輝く」という意味がある。化粧品メーカーのロレアルも同様の変更を行う予定で、製薬メーカー、ジョンソン&ジョンソン社は色白にすることを目的とする2つの製品の生産中止を発表した。

 一連の動きに対し、「名前を変えただけ」、「同様の製品が棚にたくさんあるので、影響はほとんどない」という批判も出ている。

黒人市民の思いを「発見」

 英国において、フロイドさん事件とそれに続いたBLM運動の高まりは、黒人市民にとってはフロイドさんの痛みを自分事として体験する機会となる一方で、社会の大部分を占める白人市民にとっては黒人市民の差別体験を「発見する」時となった。

 筆者の友人でロンドン東部に住むアミーナさんは、父親がケニア出身、母親がフィリピン出身で、肌の色は褐色だ。夫は白人男性で、普段は音楽教師として働いている。

 アミーナさんは6月中旬、フェイスブック・ライブで思いを吐露した。当初「私はあきあきしている」という題をつけた動画が発信された。カメラに向かって息をするだけのアミーナさんの姿が延々と映しだされた。

 さらに動画を見ていくと、「通りを歩くだけでも危険な毎日」を送ってきた自分が、フロイドさんの動画を見て「体中に大きな衝撃を感じ、深い悲しみを感じた」という言葉が出てきた。フロイドさんの姿に、「何百年も前の黒人奴隷の姿」が重なったという。反人種差別デモに参加したほかの黒人市民も同様の感想を述べている。

 フロイドさん事件発生後、メディアには黒人のジャーナリスト、学者、専門家などが続々と登場し、それぞれの差別体験を語った。

 自動車レースの最高峰「フォーミュラ1」のレーシング・ドライバーで、英国出身のルイス・ハミルトン選手もそんな一人だ。ハミルトン氏の父はカリブ海の国グレナダ出身で、母はイングランド人である。

 ハミルトン氏は6月21日発行の英サンデー・タイムズ紙に寄稿し、人種偏見の対象になってきたことを記した。8歳からゴーカートレースに参加してきた同氏に観客が何度もモノを投げつけたという。レーシング・ドライバーになってからも様々な侮辱的な言葉を観戦席から投げつけられた上に、「顔を黒く塗って観戦する」、ハミルトン氏からすれば侮辱的な白人聴衆もいた。

  一方、白人市民の方は「黒人差別というと、米国の話だと思っていた」(英ガーディアン紙のポッドキャスト「トゥデー・イン・フォーカス」、6月29日配信)というのが本音だったようだ。司会役の白人女性がこう述べると、出演者も同意していた。

 また、30年近くFTの記者で、今は有色人種の比率が高い学校で数学を教える白人女性ルーシー・ケラウエイ氏は「今まで一度も人種差別をされたことがなかったので、ほかの人が英国の人種差別を指摘しても、重要視しないできた」(FT紙、7月10日付)という。

 ナイジェリア出身の歴史学者デービッド・オルソガ氏は著作『黒人で英国人ー忘れられた歴史』(2016年)の中で、英国では黒人の歴史がかき消されてきたと指摘している。

 BLM運動で「世界が変わる」かどうかの判断には時間がかかるだろうが、ものの見方が変わっていることを英国で生活をしながらひしひしと感じている。

  「変わっている」ことが分かる例はいくつもあるが、その1つはベストセラーリストに黒人作家が書いた本が並びだしたこと。著名文学賞の「ブッカー賞」の今年の受賞者、バーナディーン・エバリスト氏の「ガール・ウーマン・アザー」やレニ・エッド=ロッジ氏の「なぜ私は白人と人種について話すのを止めたのか」。先のオルソガ氏の本も改めてよく売れているようだ。

大英博物館の志

  また、新型コロナウイルスの影響を受けていったんは閉鎖され、8月末に再オープンした大英博物館は、創設者ハンス・スローン(1660-1753年)の胸像の場所を移動させ、奴隷貿易との関連がある展示の一つにさせている。

 大英博物館はスローンが世界中から集めた収集品を基にしているが、大量の収集のための資金の一部はジャマイカの砂糖プランテーションで行われた奴隷労働から得たものである。今回のスローン像の移動にはBLM運動の影響もあったと言われている。

 博物館のハルトヴィヒ・フィッシャー館長は、6月、博物館のブログの中で「ジョージ・フロイドさんの死は衝撃をもたらした」、その後に続いた抗議、痛みや怒りの表明は「多くの社会の中で人種差別の経験がいかに深いものかを示してくれた」と書いた。

 「英国の黒人コミュニティ、アフリカ系米国人のコミュニティ、世界中の黒人コミュニティと連帯する」と宣言し、博物館にあるコレクションの「見直し」を行うことを記していた。

 博物館に限らず、これからも様々な変化があるとみてよいだろう。黒人市民の差別体験を「発見した」英国の知識層は何をするべきなのか。

 教師のケラウエイ氏は、「どうしたらいいのか分からないが、できることは(有色人種の)生徒たちの声に耳を傾けること」、「私は教育する側だが、教育を受ける側でもある」と締めくくっている。

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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