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#BlackLivesMatter】英名門イートン校が過去の差別的処遇について、元生徒に謝罪

小林恭子ジャーナリスト
英イートン校の生徒たち(ファイル写真)(写真:Shutterstock/アフロ)

 反人種差別主義運動「Black Lives Matter=BLM」(黒人の命も重要だ)が広がる中、エリート層の子弟の中等教育機関(日本では中高一貫校に相当)として著名な英イートン校の校長が、6月末、1960年代末に発生した黒人生徒に対する人種差別的な行為を謝罪した。

 

 きっかけは、BBCのラジオ放送「ワールドサービス」の番組「レターズ・フロム・アフリカ」だ。この中で、ジャーナリストがナイジェリア出身の男性で、かつてイートン校の生徒だったディリビ・オニーマ氏をインタビューした。オニーマ氏は同校を卒業した初めてのアフリカ大陸出身者である。

 彼の父親はナイジェリア最高裁の判事や国際司法裁判所(本部はオランダ・ハーグ)の裁判官の一人でもあった人物で、自分自身はオックスフォード大学で勉学。1951年に息子が生まれると同時に、イートン校への入学を登録した。

 しかし、オニーマ氏は最初の入学試験に落ちてしまう。このために入学が遅れてしまい、別のナイジェリア人の少年に先を越されてしまった。この少年は2年ほどでイートン校を去ってしまったので、無事卒業に至った初めての黒人少年となった。

イートン校在学当時のオニーマ氏(BBCのウエブサイトより)
イートン校在学当時のオニーマ氏(BBCのウエブサイトより)

どんな差別的行為に出会ったのか

 オニーマ氏がイートンに在学したのは1965年から69年。在学中はほかの生徒から「なぜ黒いの?」「髪の毛にたくさん蛆が隠れているんじゃないの?」「君のお母さんって、鼻に骨を入れてるの?」などと言われた。

 学業でもスポーツでも特に秀でたわけではなかったオニーマ氏。それでも、国家試験で「Oレベル(普通レベル)」を取得した時、学校ではほとんどの人が驚いたという。「『どうやったの?』、と何度も何度も聞かれたものだ」という(1972年に出版した本『ニガー・アット・イートン』より)。「ずるをしたんでしょう」とも言われたそうだ。

 卒業後、オニーマ氏はジャーナリズム養成学校で学び、1981年にナイジェリアに戻った。出版社デルタ・パブリケーションズを立ち上げ、自分自身も28冊の本を書いた。

 しかし、イートン校時代の思い出をつづった『ニガー・アット・イートン』の出版とともに、当時のイートン校の校長はオニーマ氏に対し、母校への訪問を禁じた。禁止令が解かれたのは10年後だった。

学校側が謝罪

 インタビュー取材後、コメントを取るためにBBCがイートン校に連絡を取ると、サイモン・ヘンダーソン校長はオニーマ氏が人種差別的体験をしたことに「驚愕」した、と述べた。オニーマ氏の卒業後、イートン校は「大きな変化を遂げた」が、「まだまだやるべきことがある」。

 また、オニーマ氏をイートン校に招き、「直接、謝罪したい」。オニーマ氏の訪問を「いつでも歓迎することを伝えたい」。

現在のオニーマ氏(「クリエイティブライティング」のウエブサイトより)
現在のオニーマ氏(「クリエイティブライティング」のウエブサイトより)

 サンデー・タイムズの報道(7月5日)によると、ヘンダーソン校長は6月、保護者への手紙の中で教科内容の変更や職員の多様性を高めることを伝えたという。

イートン校とは

 1440年、国王ヘンリー6世が70人の貧困層の生徒に無料の教育を与える目的で創設。

 しかし、次第に王室を含むエリート層、富裕層の子弟が行く学校になった。現在の年間学費は4万ポンド(約538万円)を超える。生徒数は1320人。

 ガーディアン紙の調べ(6月23日)によると、現在の生徒の中で黒人は7%。8%がアジア系で5%が混合人種(ミックスト・エスニシティ)だという。

 参考:筆者記事:学費年間500万円の英名門イートン校、日本からはセレブの象徴として人気集めるも国内では「特権階級の学校」のイメージ払しょくに苦心(2019年9月9日付、BLOGOS)

「私立校よ、黒人生徒のために立ち上がって」

 オニーマ氏の体験は、遠い過去のものではない。特定の私立校の特別な体験でもない。

 先のサンデー・タイムズの報道によると、私立女子校からケンブリッジ大学に進学した黒人市民ティワ・アデバヨさんが調整役となり、元私立校の生徒たちが約1300の私立校の監査をする「独立学校監査局」に対し次々と自分たちの体験をつづる手紙を送ったという。

 また、6月上旬には左派系新聞「インディペンデント」の投書欄に190人ほどの私立校の黒人生徒及び卒業生の連名で書かれた手紙が掲載された。投書には「私立校よ、黒人生徒のために立ち上がってほしい、耳を傾け、敬意を持ってほしい」というタイトルが付き、英社会の支配層の大部分が私立校の出身者であることを指摘した。

 投書や卒業生が送った手紙の中から、私立校に通った黒人生徒たちの体験を拾ってみる。

 ある生徒は、「いつも名前を間違って発音される。『アフリカのアクセント』を再現される、黒人教師を馬鹿にする」。

 別の生徒は「私のロッカーの前にバナナが置かれていた(注:黒人生徒を猿と見なし、「猿はバナナを食べる」という発想によるいじめで、黒人生徒を侮辱する行為)、黒人の蔑称『ニグロ』と呼ばれた、『国に帰れ』と言われた、何かあったときの処罰が黒人市民である自分に特に厳しかった」。

 イートン校のある元生徒は「ジャングルの王」というニックネームを付けられた。別の元生徒は「黒人は父親がいない、と冗談を言われた」、「髪を触られて『ああ、ふわふわだね』と言われた」など。

 

 偏見に基づいた行動を取った人は罰せられず、教師らも「無関心だった」。

 では、何ができるのか。新聞に掲載された投書が提案したのは、「無意識の偏見をなくすための研修を行う」、「黒人生徒に体験を聞く」、「職員の人種に多様性を反映させる」、「人種差別が起きないよう、行動規定を作る」、「教える内容を多様化する」など。

 サンデー・タイムズによると、一連の手紙による訴えを受けとった独立学校監査局はアデバヨさんと会合の機会を持ち、2022年以降の新たな監査基準についての話し合いをすることになった。

 「無意識の偏見をなくすための研修が行われているかどうか」、「職員の人選に多様性があるか」などが論点になるという。

 もし「学校が生徒に対し他者に対する敬意を持たせる、かつ人種差別主義について実質的な対処法を取る」といったことを実施できない場合、「教育省が適切な行動を取る」という(独立学校監査局のリリース、7月3日付)。サンデー・タイムズは、場合によっては学校閉鎖の可能性も示唆している。

 

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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