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#BlackLivesMatter】英国代表選手に職務質問で手錠!? 警察は手法見直しへ

小林恭子ジャーナリスト
英国の短距離選手ビアンカ・ウィリアムズさん(写真:ロイター/アフロ)

 英国を代表する短距離選手の一人ビアンカ・ウィリアムズさんは、4日、パートナーの男性が運転する車でロンドンの自宅に帰宅途中で警察の職務質問にあい、手錠をかけられる羽目になった。ウィリアムズさんは自分と男性が「黒人市民なのでターゲットにされたのではないか」と話している。

 ロンドン警視庁によると、4日午後1時半ごろ、武器を使用した暴力事件の増加でロンドン西部付近をパトロールしていた警官らは、窓を黒くして中が見えないようにし、「道路の反対側を走っていた」車を目撃。職務質問をするために停止を求めたところ、車は急スピードで走り出したという。

 追いついた警官らは運転していたリカルド・ドス・サントス選手に車から出るように指示。乗車していたウイリアムズ選手は「私たちは何もしていないのに、いったいこれは何?待ってよ。子供が中にいるのよ」と叫び、眼前で起きている状況を携帯電話で撮影した。社内にはウィリアムズさんとドス・サントスさんの赤ん坊も乗っていたのである。

 撮影された動画は短く、正確な状況は不明だが、ウィリアムズさんによると車から出たドス・サントスさんにはすぐに手錠がかけられ、建物の外壁に後ろ向きに立たされたという。ウィリアムズさんにも外に出るように指示が出たが、生後3か月の赤ん坊が同乗していたので抵抗したところ、自分も手錠をかけられてしまった。

 警察によると、手錠をかけた理由は「車の運転具合、警察を避けようとしたこと、運転者が車から出たがらなかったから」。

 警官数人らはドス・サントスさん、ウィリアムズさん及び車の中を捜査したが不審なものが見つからなかったため、逮捕には至らなかった。

 のちに、ウィリアムズさんが撮影した動画がソーシャルメディアなどで公開された。

 英ガーディアン紙に対し、ウィリアムズさんは車が道路の反対側を走っていた、窓が黒くなっていたなどの指摘は正確ではないという。その道自体が狭く、一台の車が走るのがせいぜいで「反対側」も何もないこと、窓が黒くなっていたのは後部座席のみで、「この車(メルセデス)を買ったときからそうなっていた、(黒くすることは)違法ではない」。

 ポルトガル出身で400メートル競走の記録保持者でもあるドス・サントスさんは、これまでに何度も職務質問をされたことがあるという。「こんなこと、いつでも起きるさ。僕の世界にようこそ」とウィリアムズさんに話したという。

 警官がやってきたとき、ウィリアムズさんが心配だったのはドス・サントスさんの身に何が起きるかだった。しかし、警官らが自分を車から出そうとしたとき、息子のことが気にかかった。「私は何も悪いことをしていない。息子が車にいるのよ。外に出られるはずがない」。

 BBCのラジオ番組「ファイブ・ライブ」の中で、ウィリアムズさんはこう述べた。職務質問中、「警察はとても意地悪だった」、ドス・サントスさんに「まるで人間の屑であるかのように話しかけていた」。

 「警察はいつもこんな風に彼に話しかける。『お前に似た人を探している』、『6万ポンド(約1000万円)もする車をどうやって買ったのか』、『お前は疑わしい奴だな』って」。

 ウィリアムズさんとドス・サントスさんは、今回の職務質問が有色人種をターゲットにした行為だったと主張している。

 ロンドン警視庁は、すべての関連動画を検査した後で「警官らの行為は不当なものではなかった」と発表。

 8日、下院の内務問題委員会に召喚されたロンドン警視庁のクレシダ・ディック警視総監は職務質問によってウィリアムズさんの家庭に苦痛を与えたことを謝罪した。また、警官らがウィリアムズさんに直接謝罪したことを明らかにした。

 警視庁は警察官の行為に不当性はなかったとしているものの、イングランド・ウェールズ地方(人口の約5分の4を占める地方)の警察の行動に対する苦情を処理する「独立警察行為委員会(IOPC)」に対しこの事件の審査を依頼したという。

 今後の調査でより正確な状況が判明してくるだろうが、筆者は職務質問中に「手錠をかける」という手荒な行為に驚かざるを得なかった。

職務質問の実態とは

 英BBCニュースが職務質問について、分析記事(7月8日付)を出している。

 これによると、イングランド・ウェールズ地方において、警察が職務質問を行えるのはその人物が「違法ドラッグ、武器、窃盗品、犯罪に使えるような道具」などを持っていると疑われたときだ。人種、性、過去の犯罪歴を基に行うことはできない。

 職務質問の際には警察がその人物に対し、「なぜ、どの法律の下でこれが行われるのか」、「何を探しているのか」などを告げる必要がある。職務を妨害しない範囲で、対象人物は職務質問・捜査を記録することができる。苦情がある場合、連絡先を警官から取得する。

 昨年、同地方で行われた職務質問の回数は38万回。

 北のスコットランド地方やアイルランド島北部の北アイルランド地方の法律は異なるが、イングランド・ウェールズ地方の場合と似ている。2018-19年の間に、スコットランドでは4万1167回、北アイルランドでは2万5540回職務質問が行われた。

 BBCの「リアリティーチェック」班の調べによると、

 2018-19年の1年間で、イングランド・ウェールズ地方の警官が手錠を使ったのは30万回を超える。そのうちの16%が黒人市民が対象だった。

 2011年の国勢調査(最新)の黒人市民の比率からすると、白人市民と比べて約6倍の黒人が手錠をかけられている計算になる。

 また、手錠をかけられた後に逮捕につながる比率は、黒人市民の方が高い。2018-19年、45万2000人が逮捕されたが、手錠をかけられたのは21万人(約半分)。黒人市民の場合、6万人が逮捕されたが、4万9000人が手錠をかけられていた。

ディック警視総監の見方

 8日、下院の内務委員会に出たディック警視総監は、ロンドン警視庁が手錠を使った件数は過去3年間で5倍に増えており、その35%が黒人市民だったことを明らかにした。「手錠をかけることが慣習になるようにしたくない」というディック氏はその利用について見直しをするという。

 同時に、「黒人市民は職務質問の対象となる比率が不相応に高いが、ロンドンの犯罪事件の犠牲者でもあり、実行犯でもある場合が多い」と指摘。「犠牲者が25歳以下の殺人事件の場合、その72%が黒人市民だ。白人市民と比較して、黒人市民は殺人事件の被害者になる確率が4倍高く、実行犯となる確率は8倍高い」。

 職務質問を行う警官を弁護する意味で、ディック氏は「対象となる人の中には、非常に暴力的な犯罪を何度も犯していて、職務質問をしたその時には非合法なもの(ドラッグ、武器等)を持っていなかっただけという場合もある」。

 新型コロナウイルスの感染を阻止するため、英国全体に外出制限が敷かれた「ロックダウン」が続いていた5月、1万人に上る15歳から24歳の黒人青少年が職務質問の対象となったという。そのうちの約8000人は捜査の次の段階には進まずに終わった。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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