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新型コロナ 感染拡大を防ぐための「ロックダウン(閉鎖)」で市民の生活はどう変わったか

小林恭子ジャーナリスト
「母の日」のためか、英国の住宅街を花を片手に歩く父親と子供たち(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐため、英政府は学校の休校措置に加え、レストラン、カフェ、バーなどに閉鎖令を出した。スポーツクラブ、映画館、劇場、レジャーセンターなどもなるべく早く閉鎖するよう要請された。ただし、日用品の買い物はできる。

 海外渡航は禁止されてはいないが、「必須」の場合を除き、自粛するようアドバイスが出ている。

 英国では、21日午前9時時点で7万2818人が検査を受け、5018人が陽性となった。死者は233人である。

 事態を悪化させないため、英国に住む人全員ができうる限り、他者との接触を避けること(「ソーシャル・ディスタンシング」)が推奨されている。

 

 参考

 英政府の「ソーシャル・ディスタンシング」政策

 BBCニュース Coronavirus: What are social distancing and self-isolation?

 

 特に

 -70歳以上(健康状態の良しあしにかかわらない)

 -妊婦

 -70歳未満でも呼吸器系の持病、心臓病、神経系の病気、免疫が弱い人、糖尿病の人、超肥満の人(BMIが40以上)、例年インフルエンザの予防接種を受ける必要がある人などに推奨されている。

 「ソーシャル・ディスタンシング」の内容は、

 -新型コロナウィルスに感染していると思われる人を避ける

 -必要時以外、公共の交通機関を使わない

 -できうる限り、在宅勤務

 -レストラン、パブ、クラブ、劇場などに加え社交的なイベントに出かかけない

 -友人や(普段は一緒に住んでいない)家族と集まることも避ける

 -主治医に連絡を取るときは、電話やオンラインを利用すること。

逆に、やっていいことは

 -国民医療サービス(NHS)のウェブサイトなどを見て、自宅で運動する

 -家でできることを楽しむ。読書、料理、ラジオやテレビを視聴するなど

 -健康的な食事をとる

 -窓を開けて、新鮮な空気を家に入れるようにする

 -戸外を散歩あるいは走ること。ただし、ほかの人と2メールほど距離を取る

など。

 上記に加え、熱が37・8度以上あり、継続して咳が出る、呼吸困難になるなどの症状がある場合、自己隔離(self-isolation)の必要がある。

 一人暮らしであれば、7日、家族の中の一人がこの状態である場合は、家族全員が2週間自己隔離することが必要となる。

 人々の暮らしは、どう変わったのか。現在の状況をお伝えしたい。

散歩やジョギングする人が増えた

 22日は、英国では「母の日」だった。しかし、70歳以上の高齢者を家族といえども訪れることは控えるようにという自粛令が出ているので、「母の日を家族で一緒に祝う」ことが難しくなった。電話やオンラインでのコミュニケーションに限られてしまった。

 学校に加えて、レストラン、バー、パブ、スポーツクラブなどの閉鎖要請が出たために、市民は「自宅にこもる」、「自宅近辺を歩く・走る・車か自転車で移動する」、「日用品を買いに行く」など、行動範囲を極度に限定されてしまった。

 筆者が買い物のため外に出ると、散歩をしたり、ジョギングをしたりする人が多い。大きな買い物用バッグを下げて、スーパーに向かう途中の人もよく見かけた。

 ロンドンでは、バスや電車が動いているが、地下鉄駅が40ほど閉鎖されている。通りから走っているバスの中を見ると、乗客がほとんどいなかった。

スーパーはすぐに棚が空になる

 結構大変なのが、日々の買い物だ。

 トイレットペーパーや食料品の一部があっという間に売り切れるので、どのスーパーも早朝の1時間を「高齢者用」としているが、それでも瞬時にモノが売れてしまう。

 筆者は、高齢の隣人女性のためにこまごましたものを買いに出かけているが、いくつかの店を回らないと全部そろわない。

 スーパー大手は、それぞれ数千人規模の従業員を新たに雇用する計画を立てている。

 22日朝の時点では、筆者の家の近くの大手スーパーでは割とまだ商品が残っていた。ただし、トイレットペーパーは売り切れていた。もう2週間ほど、トイレットペーパーが棚にある様子を見たことがない。

隣人同士の協力体制

 隣人同士の協力体制が自然に出来上がり、地域の高齢者を助けるためにフェイスブックにページができた。

 ある隣人は私に殺菌剤が入った大きなボトルを持ってきてくれたり、「安く買えたから」とお米の袋をくれたりする。私も高齢の女性の買い物支援をしているので、お互いに助け合う関係だ。

 通常だったら、親しい人の間では挨拶として頬にキスする習慣があるが、今はできなくなった。微笑んで、「元気?」などというぐらい。握手さえもしなくなった。

少なくとも3か月はこのまま?

 このソーシャル・ディスタンシングの方策がいつまで続くかは不明だ。

 英首相は「今後12週間」、つまり3か月ほどを一つの区切りと考えているようだが、見通しはしにくいという。「年内いっぱいは続く」という専門家もいる。

 

 22日時点で、世界中で新型コロナウィルスに感染した人は30万人を超えた。死者は1万3000人以上。感染後に回復した人は約9万3000人となったが、イタリアでは約5万3000人が感染し、死者は約4800人。

 今後、英国はイタリア並みになるのだろうか。

 22日、市内で見かけた人々の様子からすれば、英国民はソーシャル・ディスタンシングを上手に利用しているようだった。

 しかし、一歩商店街に足を踏み入れると、印象はがらりと変わった。

ほとんどの商店が「閉店」に

 筆者の近辺の商店街は100メートルにも満たない道路に沿って広がっている。こまごました店が多い。

 日曜日は午後4時半にはどこも営業を終えてしまうので、毎日曜日の夕方以降、寂しい感じになるのが常だ。

 それでも、今回は特別だった。複数あるチャリティー・ショップ(中古の品物を販売する)が新型コロナウィルス感染予防のため、閉店する旨の張り紙を出していた。

閉店を告げるチャリティー・ショップの張り紙(撮影筆者)
閉店を告げるチャリティー・ショップの張り紙(撮影筆者)

 英国のチャリティー・ショップは、有給のマネージャーが一人いて、あとは無休のボランティア(ほとんどが女性)数人が店内で働く場合が多い。

 こうしたチャリティー・ショップが閉店になれば、それが一時的ではあっても、ボランティアたちが戻ってくる可能性は低い。高齢のボランティアが多いので、新型コロナウィルス旋風が続く限り、働けないことになるし、ボランティアがいなければ店は成り立たない。店そのものがなくなる可能性もある。

 筆者は、よくチャリティー・ショップに足を運んでいた。店舗閉鎖の影響が一気に身近に思えてきた。

 歩を進めると、パブ、カフェ、サンドイッチショップ、ネイルショップ、靴屋、美容サロンなどが閉店の張り紙を出している。銀行や薬局、一部スーパーは閉店の予定はないようだったが、ある銀行は店舗内に入るには「咳をしないこと」など、注意事項を書いた張り紙を出していた。いったん入ったら、「ほかの顧客との間に1メールの間隔をあけてください」というメッセージも。

 レストランやカフェはテイクアウト専門に変わっていた。

カフェはテイクアウト専門に(撮影筆者)
カフェはテイクアウト専門に(撮影筆者)
パブも閉店に(撮影筆者)
パブも閉店に(撮影筆者)

 全体の7割ほどは閉店を予告していた。これが、「レストラン、バー、パブ、日用品販売以外の店舗を閉鎖してください」という政府の要請の結果なのである。

 たった一つの商店街だけで、100人以上が求職あるいは解雇状態となったことになる。3か月後、元の職に戻ることができる人は何人いるだろう。

 新型コロナウィルスの感染が急に拡大すれば、医療の現場で緊急事態が発生するのかもしれないが、それ以前にすでに、経済的な緊急事態が今まさに起きている。家賃が払えなくなる、食料を買えなくなる人が出てくる事態が、今発生しているのである。

 政府は、20日、ソーシャル・ディスタンシングによって影響を受ける人に向けた財政支援を約束した。従業員の雇用を維持した企業に対し、その給与の最大8割(1人あたり月額最大2500ポンド=約33万円)を支給するという。

 これは一定の評価を得たけれども、「フリーランスをカバーできていない」といった声も上がっている。また、筆者の近所の商店街を見ただけでも、いくらお金を投入しても足りないぐらいの状態になっていることが推察される。

 NHSスタッフに十分な医療器具が支給されるかどうかも大きな懸念だが、それよりも今、資本主義経済が大きな危機を迎えていることを実感した一日だった。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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