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性暴行のポランスキー氏が仏セザール賞で最優秀監督賞 著名仏女優らが続々と抗議の退場 

小林恭子ジャーナリスト
「セザール賞」の授賞式会場近辺で抗議デモを開催する女性たち(写真:ロイター/アフロ)

 2月28日、フランス映画芸術技術アカデミーは、フランス版アカデミー賞に相当する「セザール賞」の受賞者を発表した。

 最優秀監督賞は、未成年に対する性的犯罪で有罪となった過去を持つロマン・ポランスキー監督に贈られた。これを知った著名女優アデル・エネル(2014年、映画「ミリタリーな彼女」でセザール賞の主演女優賞受賞)が抗議の退場を行い、数人が続いた。

 第45回目となるセザール賞は、ポランスキー監督の映画「私は弾劾する(フランス語はL’Accused、英語はAn Officer and a Spy」が12部門にノミネートされたことで大きな批判を招いた。

 ポランスキー監督(86歳)はポーランド出身の映画監督で「水の中のナイフ」(1962年)、「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)、「テス」(1979年)、「戦場のピアニスト」(2002年)など、数々の名作で知られる。現在は、フランスとポーランドの市民権を持つ。

暗い過去と映画人としてのキャリア

 ポランスキー監督には、「暗い過去」がある。

 最初が、妻で女優のシャロン・テートの殺人事件だ。

 監督は「吸血鬼」(1967年)に出演したテートと結婚した。1969年、米ロサンゼルスの自宅でのパーティーの最中に、妻がチャールズ・マンソンが率いるカルト教団に襲われ惨殺されてしまう。当時、ポランスキーはロンドン滞在中で不在だった。テートは死亡時、ポランスキー監督の子供を身ごもっていた。

 そして、1977年、ポランスキー監督は13歳の少女を強姦した罪で起訴されてしまう。法定強姦(性的同意年齢未満の子供に対する性行為)で有罪となった。42日間の服役後、仮釈放中に米国から逃亡した(米当局は今でも身柄の引き渡しを求めている)。

 その後は米国から欧州に拠点を移動させ、映画を作り続けた。その努力を代表するのが「戦場のピアニスト」(2002年)。この作品はカンヌ国際映画祭のパルムドール賞(最高賞)、米アカデミー賞の監督賞、脚色賞、主演男優賞を受賞した。

 2010年には、「ゴーストライター」でベルリン国際映画祭監督賞も受賞している。

 しかし、性被害の告発を後押しする「MeToo」運動の高まりを受け、監督に性的に虐待されたとする女性が複数現れた。2017年にはセザール賞の選考委員に選出されたが、反発を受けて辞任する羽目となった。2018年には、米映画芸術科学アカデミーから除名されている。

セザール賞の選択に、論争勃発

 昨年9月、ポランスキー監督の最新作「私は弾劾する」がベネチア国際映画祭で第二席に当たる審査員大賞を受賞。

 11月、フランスの女優ヴァレンティ―ヌ・モニエが、1975年にポランスキーによる性的暴行を受けたと暴露した。当時、彼女は18歳だった。

 監督によって性的暴行を受けたとする映画関係者は彼女一人ではなかったが、一連の批判にもかかわらず、映画はフランスで大ヒットとなった。

 ポランスキー監督が今年のセザール賞のノミネーションに入ったことを受け、フェミニズムの活動家たちや女性を中心に彼の作品のボイコットを要求するようになった。こうした声を受けて、2月、セザール賞の審査委員会のメンバー全員が辞任している。

 同月28日の授賞式では、開催前に会場近くで女性たちが「ポランスキーを刑務所に」などと叫び、抗議活動を展開した。

 ポランスキー監督が最優秀監督賞を受賞したことを知った女優のエネルは、会場内の自分の席から立ちあがり、抗議の退場を行った。彼女は子供時代に別の映画監督に性的虐待を受けたことを告白しており、フランスのMeToo運動を代表する一人とされる。

 エネルは、会場を去るときに、「恥!」と言い捨てたという。エネルの後を映画監督セリーヌ・シアマが続いた。

 女優でコメディアンのフローレンス・フォレスティは授賞式の司会をしていたが、ポランスキー監督の受賞が発表された後、舞台に戻らなかった。のちに、インスタグラムのアカウントで真っ黒な画面を出し、「憤慨した」という言葉を付け加えた。

 ポランスキー監督やスタッフは会場には姿を見せなかった。「治安上の理由」である。

 監督の新作は、19世紀の「ドレフュス事件」(1894年、仏陸軍参謀本部の大尉でユダヤ人のアルフレド・ドレフュスがスパイ容疑で逮捕された冤罪事件)を題材にしている。

芸術作品と作る人

 芸術作品を作る人が過去に犯罪を犯した人であった場合、その作品を鑑賞する側の私たちはどうしたらいいのだろうか。

 ポランスキー氏が優れた作品を作る人物であることは確かだが、釈放中に逃亡したとすれば、罪を十分に償っていないということで、米国に送還され、法の裁きを受けるべきなのだろうか。また、もう作品を作ってはいけないのだろうか。

 思い起こすと、アメリカの俳優ケビン・スペイシーや監督ウッディ・アレンは性的ハラスメントや児童に対する性的虐待疑念をきっかけに、映画やテレビの制作活動が事実上停止状態となった。

 かつては飛ぶ鳥を落とす勢いだった米映画プロデューサーのハービー・ワインスティーンは2月末、強姦罪で有罪となった。経営していた会社は破産した。今後、映画界で活動できるかどうかについては、めどがたっていない。

 筆者は、ひとまずはポランスキー監督の最新作を見てみたい気がする。しかし、割り切れない思いをしそうだ。

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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