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【英ブレグジット】英国とEUが離脱で合意と発表 英議会での承認が得られるかが最大の難関

小林恭子ジャーナリスト
英国との合意について会見を行う、バルニエ首席交渉官(写真:ロイター/アフロ)

 英国による欧州連合(EU)からの離脱を目前に控えた17日、英国とEUは修正離脱協定案の合意にこぎつけたと発表した。

 離脱協定は離脱後の条件を定めるもので、これが英国の議会で承認された場合、英国とEUは2年間にわたる移行期間に進む。この期間に自由貿易の締結に向けた交渉が行われる。

 離脱が決定された3年前の国民投票から今まで、離脱交渉の第1段階の歩みは遅く、メイ前英首相はEUと合意した離脱協定案を英下院で3回も否決され、退陣する羽目になった。

 予定日の10月31日に「必ず離脱する」と宣言して新首相となったジョンソン氏が、その約束を守ることができる可能性が出てきた。

 しかし、最大の難関はこの離脱協定案を英議会が承認できるかどうか。

 与党保守党は下院で過半数を割っている。英領北アイルランドの地域政党「民主統一党(DUP)」(10議席)の協力を得ることで法案を通過させようとしてきた。

 離脱日の延長法案を巡って、これに賛同した保守党議員21人を「追放」措置にしたため、さらに議席数を減らしてしまった。

 最大野党・労働党やこれに続く議席を持つスコットランド民族党、そして自由民主党の党首や代表者らがすでに「この離脱協定案を拒絶する」と表明している。

 労働党議員の中には、離脱支持者が多い選挙区を代表する議員がおり、賛成票を入れる可能性もあるが、どれぐらいの数になるかは不明だ。BBCの予測では、数人から20人で、承認への道は険しい。

 17日と18日、ブリュッセルではEU首脳会議が開催中だが、初日早朝、DUPが「現在の形では離脱協定案に同意できない」と発表したばかりだ。その後、欧州委員会のユンケル委員長が「合意ができた」とツイートし、バルニエ離脱首席交渉官が合意についての記者会見を開いた。

 国内で十分な支持が得られない間に、英政府はEUとの合意をほぼ達成してしまったことになる(正式には、首脳会議及び欧州議会での承認後、「合意」となる)。

新離脱協定案の争点とは

 英政府とEU側とが実質的に合意した離脱協定案は、メイ前首相とEUが合意した離脱協定案をベースにしたもので、BBCのクリス・モリス記者によると、「90%がメイ氏がまとめた離脱協定案だ」。

 修正離脱協定案は3つの文書で構成されている。

 (1)離脱協定の修正

 (2)政治宣言の修正

 (3)北アイルランドの同意について 

 「同意」というのは、(1)や(2)の中に入っている、アイルランド共和国と北アイルランドとの物流などの動きについての規制を維持するかどうかについて、北アイルランド議会の同意を得ることになっているからだ。

 要点は、まず、メイ前首相とEUが合意をした離脱協定の中で、最大のネックとなっていた「バックストップ(安全策)」の代替策をいれたこと。このバックストップ案は、もし英国とEUとが将来の通商交渉で合意がまとまらなかった場合でも、北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドとの間に、物理的国境(ハードボーダー)を置かないようにするための枠組みだった。

 修正離脱協定案の要旨は:

 

 -北アイルランドはモノの移動についてのEUの規則に継続して準する

 -北アイルランドは英国の関税圏に入るが、EU単一市場の「エントリー拠点」になる

 -北アイルランドの政治家が今後もこの状態を維持するかどうかを4年毎に決定する

 バルニエ交渉官は会見の中で、最後の点が最も重要であったと述べている。

 この「決定」は、北アイルランド自治議会での多数決による。

 実は、この議会は、プロテスタント系の最大政党DUPとカトリック系の最大政党シンフェイン党とがエネルギー問題を巡って対立したことをきっかけに、2017年以来、機能停止中だ。

 また、多数決による決定となると、第1党のDUP(離脱強硬派)が将来を決めることになりかねない。

今後、どうなるか

 筆者は(1)から(3)の文書に目を通してみた。離脱後も、英国とEUの協力関係を維持するよう最大限の努力をすると繰り返ししたためられており、教育、労働者の権利、安全保障など具体的な項目についても出来得る限り現状を維持するという。

 過去の北アイルランド紛争、そしてベルファスト和平合意の流れを汲んで、アイルランドと北アイルランドとの間にハードボーダーを置かず、両地域の協力関係を継続し、具体的な作業については、部会を設置する。

 協定案が離脱予定日(10月31日)までに英議会の承認を得られれば、2年間の移行期間が発生し、英国とEU側は移行期間終了後の自由貿易について、そしてそのほかの様々な事象について話し合いを開始することになる(離脱協定がない離脱となれば、移行期間は設けられない)。

 英国本土への帰属を重要視するDUPにとっては、「北アイルランドは英国の関税圏に入るが、EU単一市場の『エントリー拠点』になる」箇所がひっかかる。本土とは異なる扱いは受け入れがたいと考えるからだ。

 18日にEU首脳会議が終了し、翌19日、ジョンソン首相は離脱協定案を議会に提出する。この日の夜までに承認が得られなければ、首相はEUに離脱期限延長の手紙を書かなければならない

 労働党は協定案に反対の方針だが、「国民の意思を問う機会を与える」、つまり再度の国民投票という条件付きでは賛成に回る可能性がある。自民党は離脱自体を中止させる意思を明確にしている。

 筆者は多くの国民やビジネス界と同様の思いだ。「何とか、協定案が議会で承認されてほしい」。

 2016年の国民投票では、僅差で離脱派が勝利したため、残留支持派には相当の不満があっただろうと思う。

 しかし、今となっては、移行期間を経て準備が整ってから離脱し、その後は自由貿易を締結させるのが最善ではないか。

 

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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