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【ブレグジット】ジョンソン英政権、10月半ばまで議会閉会 「合意なき離脱」ごり押しのためのウルトラC

小林恭子ジャーナリスト
「禁じ手」と思われた議会の長期閉会を実現させたジョンソン英首相(写真:ロイター/アフロ)

 「欧州連合(EU)から、10月31日までに必ず離脱する」と確約している、ボリス・ジョンソン英首相。

 離脱後、EUとどのような関係を築くかについての合意がなくても、「とにかく絶対に離脱する」と言い続けてきた。いわゆる「合意なき離脱(ノーディール・ブレグジット)」である。合意なしの離脱は「崖から飛び降りるような離脱」とも評され、さまざまな負の影響が生じると予測されている。

 最大野党・労働党を始めとする野党勢力や与党・保守党内の穏健離脱派勢力は、何とかして、この合意なき離脱を止めようと必死だ。

 27日、野党各党の代表者が集まり、このような離脱の阻止に向けて共闘していくことで合意した。具体的には、10月末に予定される離脱の延期をEUに要請するよう、首相に強制する法案の可決を目指すことになった。9月3日、夏休みで休会していた議会がいよいよ再開する。反ジョンソン勢力にとって、勝負の時がやってくる。

 いや、やってくる・・・はずだった。

1か月も続く閉会で、議論を封じる

 しかし、28日、政府は議会を約1か月閉会する動きに出た。ジョンソン首相はエリザベス女王に議会閉会への同意を求め、女王はこれを受け入れた。

 議会再開の第2週目にあたる9月9日から10日頃に閉会となり、10月中旬に新たな会期が始まる予定だ。

 離脱予定の期限は10月31日だが、もし合意なき離脱を止めようとする反ジョンソン勢力が先の法案を提出しても、議論をする日数はだいぶ少なくなる。

 10月14日の施政方針演説の後、21日頃に演説が採決される一方で、17-18日にはEU首脳会議で離脱についての協議が行われる。あわただしいスケジュールの中、十分な議論ができないままに「期限切れ」となって、離脱が実現してしまう可能性が大いに高くなる。

 「議論を封じられた」格好となった野党議員らは、一斉に反発。スコットランド自治政府のニコラ・スタージョン首相はジョンソン首相を「独裁者」と非難した。

 筆者自身、この成り行きに非常に驚いた。英国の政治の主権は議会にあり、議会を素通りして離脱を実現させるのであれば、「強権政治」、「独裁政治」と呼んでも不思議ではない。17世紀から発展してきた議会民主制を持つ英国で、こんなことが起きるとは、信じられないほどである。

 この閉会の英語名は「Prorogation」。議会の会期終了を意味する。通常、議会は最長5年間(1年の会期が5回)続く。議会の開・閉会の権限を持つエリザベス女王が施政方針演説を行うことで、幕があく。終了時には、女王が上・下院で演説を読み上げる。

 以前から、議会が合意なき離脱を阻止しようとした場合、ジョンソン首相が女王に対し会期を終了させるよう働きかけるのではないか、と言われてきたが、まさか本当にそんなことが起きるとは驚くばかりである。

政府の言い訳は

 閉会について、首相はどのように説明しているかというと、10月14日、新政権としての「大胆で、意欲的な政策」を女王の施政演説で発表したいという。施政演説が「延び延びになって来た」という首相の言い分には一理ある。2017年の総選挙後に始まった現在の会期は、すでに2年以上となっているからだ。

 しかし、本当の理由は合意なき離脱の実現を止めようとする下院議員の動きを停止させるためと言ってよい。

違法ではないが

 議会を1か月近く閉会状態にしておくのは、今まさに離脱に向けての最終議論を行おうとしている中で、非常に理不尽な動きに見えるものの、新たな会期が始まる前に1週間ほど閉会状態になること自体は珍しくはない。

 この時期に各政党の党大会が開催されるのが慣習で、もともと、9月の第2週から10月7日ぐらいまでは休会になる見込みだった。

 シンクタンク「インスティテュート・フォー・ガバメント」によると、野党勢力ができることはまだあるという。1か月にわたる「議論停止」を避けたいならば、来週中に内閣不信任案を提出し、ジョンソン政権を崩壊させることだ。

内閣不信任案はどうなるか

 来週、もし内閣不信任案が提出された場合、可決の可能性はあるだろうか。

 政権側は「可決されない」と見ている。理由は労働党のジェレミー・コービン党首への反発だ。

 不信任案がもし可決されれば、総選挙が行われるまで野党労働党が中心となる暫定政権が成立する見込みだが、その場合、首相になるのはコービン氏だ。労働党内左派系のコービン氏の首相就任を支持する保守党議員は、ほとんどいないだろうとジョンソン政権側は踏んでいる。

 もし不信任案が可決されても、その後の総選挙の時期を決めるのは政府になる。

 離脱が実現してからの総選挙(11月1日以降)になれば、ジョンソン氏率いる保守党が議席を大幅に増やすのは確実だ。

 「どっちに転んでも、勝つ」、というシナリオを描いているのである。

「閉会を許すな」という署名が約100万も

  政府は、ウェブサイト上で国民からの請願を受け付けているが、ジョンソン首相が議会の閉会に動いたという報道を受けて、閉会を許すなという呼びかけに対する署名活動が始まっている。

増え続ける、署名の数(政府の請願サイトより)
増え続ける、署名の数(政府の請願サイトより)

 

 英国時間の真夜中で100万を超える署名が集まり、刻々と数が増え続けている。署名が10万を超えると、議会は該当するトピックを議論する義務がある。

 ジョンソン氏は、2016年のEU離脱か残留かを巡る国民投票では、離脱派運動を主導し、「英国を国民の手に取り戻そう」と呼びかけて、圧倒的な支持を得た。

 しかし、国民の多くが不安感を持つ「合意なき離脱」をごり押しで実現させようとし、これに反対する議員らの口を封じる道を選択している。「どんな手を使っても、離脱を実現させたい」と繰り返してきたジョンソン首相。10月中旬まで閉会という奥の手を使うその政治手法は、どこかの国の独裁者の政治を彷彿とさせる。

 このようなやり方は、英国民の大きな反発を食らうのではないだろうか。離脱を望む国民からも、である。議会制民主主義を誇る英国民や知識人の逆鱗に触れる行為だったように思えてならない。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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