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【英ブレグジット】メイ首相が辞任しても離脱の難題は変わらず 新首相に求められることは

小林恭子ジャーナリスト
24日、メイ首相は来月7日に与党・保守党党首を辞任すると表明した(写真:ロイター/アフロ)

 「いつ、辞めるか」という噂が絶えなかった、メイ英首相。24日、とうとうその日がやってきた。

 ようやく、官邸前で辞任表明をしたのである。

 参考:

 BBCニュース:メイ英首相、6月7日に与党党首辞任へ 次期首相は7月末までに就任

 このところ、メイ首相は「弱り目に祟り目」状況になっていた。

 5月上旬の地方選挙では、保守党は1300議席以上を失い、23日の欧州議会選挙でも大敗の見込みが出ていた。

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)に向けて、EUと英政府が決めた離脱協定案は、下院で3回も否決された。21日、首相は野党の支持取り付けを狙って、国民投票の再実施を含む修正案を発表。これが与野党議員の間で不評となり、辞任を求める声が一層高まった。

 22日、今後の下院議事予定を伝える役目を持つ、アンドレア・レッドソン院内総務が「修正案を支持できない」として、辞任。これがメイ首相の辞任劇の引き金を引いた格好となった。

 24日朝、保守党平議員で構成される「1922年委員会」の代表から、「辞任の日を特定してほしい」と迫られ、午前10時過ぎ、首相は6月7日に保守党・党首を辞任すると表明した。党首選の後、新・党首兼首相は7月末までには決まる見込みだ。

 「よく頑張った」という声が保守党内から出る中、「自分で自分の墓を掘った」という人もいる。

 新たな党首を決定するレースが始まりつつある。

誰が次の党首に?

 すでに事実上立候補し、最も首相就任の確率が高いと言われているのが、元外相、元ロンドン市長のボリス・ジョンソンだ。離脱を決めた国民投票(2016年)では、離脱運動を率先した人物。党内でもかなり人気があり、「選挙で勝つなら、ボリス」と考える人が多い。

 参考:プレジデント・オンライン(2016年8月16日)

 世界で最も注目される英外相ボリス・ジョンソンの履歴書

 ほかには、元離脱担当大臣のドミニク・ラーブ。政府が決めた離脱協定案のドラフトに賛同しないという理由で、大臣職を辞任した。

 環境大臣マイケル・ゴーブも離脱派で、前党首選に立候補した人物。以前はジョンソンと仲が良かったが、ジョンソンが党首選に立候補する直前に自分自身が立候補し、ジョンソン自身は立候補をあきらめた。「裏切者」として知られている。

 EU残留派ではジェレミー・ハント外相の名前が出ている。

 最後までメイ首相とEUの離脱協定案を支持し続けた、国際開発担当大臣ローリー・スチュワート、サジド・ジャビド内相も立候補すると言われている。

 参考:BBCニュース

 BBCによる立候補予定者のリスト

 

未解決の大きな問題=ブレグジット

 英国の多くの識者同様、筆者も、メイ首相が辞任することになって、ほっとしている。

 なぜかというと、メイ首相はこれまでに3回否決された離脱協定案をさらにまた下院に採決に出そうとしており、このままでは「採決に出す→否決される→時を稼ぐ→ちょっと変えて、また同じ法案を出す・・・」というパターンの繰り返しになって、先に進めないからだ。

 離脱予定日の10月31日(当初は3月29日だった)になって、また「延長」をEU側にお願いする羽目に陥るかもしれない。

 決まらない状態が続くことで、国民生活の上でも、ビジネス面にも影響が出る。

 国内は離脱派と残留派で真っ二つに分かれており、歩み寄りの気配はほとんどない。

 ここで心機一転、物事を先に進めるために新たな政治の指導者が必要となっていた。

ブレグジットの選択肢は

 メイ首相が官邸を去った後も、残された道は3つしかない。

 (1)政府案となる離脱協定案を可決させる(これまでに、下院が3回否決)。

 (2)どうやって離脱するかという合意なしに、離脱する(「合意なき離脱」)。これは離脱強硬派が支持しているが、下院では否決。

 (3)離脱をしない(離脱の決定を取り消す)。

 この中で、(1)は、何らかの修正を加えないと、可決されないだろう。

 しかし、一体どんな修正をするべきなのか?下院の意見はバラバラで、一つにまとまっていないのである。

 また、あえて太字にすると、「EU側は協定案の再交渉を一切拒否している」

 (2)については、先に書いたが、下院では否決されている。

 (3)は、もしそうなれば、離脱票を無視することになり、「民主主義を冒とくした」とされて、全国的にデモが発生するだろう(暴動が起きるという人もいる)。

 さて、新たな首相はこの中のどれを選択するだろう?

 危ういのは、例えばジョンソンやほかの離脱強硬派(ラーブなど)が、「EUと再度交渉する」、あるいは「合意なき離脱でもいい」と言っている点だ。

 まず、後者の「合意なき離脱」の場合、生活やビジネス面に多大な負の影響が出ると言われている。下院ではすでにこの選択肢は否決された。

 それよりもっと筆者が懸念を覚えるのは、(1)、つまり、「EUと再交渉し、英国により優位な条件を引き出す」という「夢想」である。再三、EUは「再交渉はしない」と言っている。

 (1)を主張する離脱強硬派の政治家は、「再交渉をしないと言っていても、EUは折れる」と主張している。「最後には、EUは折れる。英国はそれほど重要な国なのだから・・・」、と。

 英国人にしてみれば、こうした言葉は耳に心地よく響く。(2)の「合意なき離脱でも、大丈夫」も、そうだ。

 しかし、本当に(1)が実現できるのか?あるいは、本当に「合意なき離脱でも、大丈夫」なのか?耳に心地よい表現に、ついつい惑わされることになるのではないか。

新首相に求められることは

 新首相は、これも太字で書くが、「残留を選んだ国民に、何を提供できるのか」を示す必要があるだろう。

 メイ首相は、離脱派の国民、特に保守党内の離脱派・離脱強硬派の方を向いた政策を推し進めてきた。

 「(英国にとって)良い合意でなければ、合意なしでも離脱する」と繰り返したものだ。もともとは残留派の自分が「離脱を実現させる」覚悟を示すために、こんなことを言ったのかもしれない。

 しかし、メイ首相の後の首相は、離脱派の国民も残留派の国民もブレグジットで生活が好転するような将来図を描く必要がある。離脱派の国民だけを見ているような姿勢は許されないだろう。

 離脱派運動を主導した一人、ナイジェル・ファラージが「離脱党」を結成し、23日の欧州議会選挙では彼の政党が第1党になる(英国に割り当てられた議席の中で最大数を取得)と見られている。

 離脱党に対抗するには、保守党の新党首・首相はより強硬な離脱路線をアピールする必要が出てきそうだ。保守党の右傾化だ。

 しかし、そうなってしまえば、さらに国民を分断させるような気がしてならない。残留派の国民はどこへ行けばいいのか。

 メイ首相が達成できなかった、「離脱派も残留派も幸せに暮らせる英国」のビジョンを描く必要があると筆者は思う。

 果たして、それは誰になるのか。

 離脱強硬派、緩やかな離脱派、そして残留派が混在する、分裂状態の保守党の中に、そんな人がいるのだろうか。

 「離脱派も残留派も幸せに暮らせる英国」のビジョンを描ける人材は出てくるだろうか。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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