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女性で政治家「子供を持つかどうかで、選択肢が狭められるべきではない」ー意識の変革を目指す動き

小林恭子ジャーナリスト
スコットランド保守党党首デービッドソン氏に子供が生まれる(写真:ロイター/アフロ)

 (「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英スコットランド保守党の党首で、同性愛者として女性のパートナーがいるルース・デービッドソン氏が、先月末、妊娠したことを明らかにしました。出産予定は10月だそうです。

 体外受精によって妊娠したデービッドソン氏は半年間の出産・育児休暇を取り、来年春にはまた政治の場に復帰の予定です。

 現在39歳のデービッドソン党首は、エディンバラ大学を卒業し、BBCのジャーナリストになりました。同時に国防義勇軍で信号手としての経験を積み(2003~6年)、2009年にBBCを辞職してグラスゴー大学に入学。その後は保守党に入党し、政治家としての道を歩んできました。

 2011年5月にスコットランド地方議会で当選し、11月には前任者の辞任を受けて、党首に選ばれました。

 その気さくな人柄で知られるデービッドソン氏は、軍事経験があることが信頼感の醸成に一役買い、コミュニケーション能力の高さにも定評があります。昨年の下院選では、スコットランドでの与党保守党の議席増に大きく貢献しました。将来の首相候補の1人ともいわれています。

その大きな意味合い

 デービッドソン党首の妊娠発表は、社会的にも大きな意味がありました。

 1つには同性愛者について、もう1つは女性のキャリアについての意識を変える・深めることにつながっているからです。

 英国で成人の男性同士の同性愛行為が非犯罪化されたのは、1967年の性犯罪法によります。

 現職の国会議員が初めて同性愛者であることを公表したのは、1984年。

 2005年に同性同士のカップルの権利保護と婚姻の代替制度として「シビル・パートナーシップ」制が開始され、14年にはイングランド・ウェールズ地方及びスコットランド地方で同性婚が合法化しました。

 でも、同性愛者同士のカップルで子供を持つ(出産する)例はそれほど数が多くありませんし、あまり知られていません。

 デービッドソン氏は、BBCの取材に対し、同性同士のカップルでも「子供を持つことができる。普通である」と考えるようになってほしいと願っているそうです。

 現役の女性政治家が妊娠する例も珍しい状態です。

 「女性が政治家という忙しい職に就いても、子供を出産したり、育児をすることの妨げにはならない」ことを、デービッドソン党首は身をもって示すことが出来るのです。

 「子供を持つかどうかで、女性の選択肢が狭められるべきではないと思う。その人の仕事の能力が左右されるべきではない」。

 「調整をする必要があるが・・・家庭を持っても、仕事を続けることはできる。仕事と家庭の両立はできないというメッセージを女性たちに与えるべきではない」。

 デービッドソン氏はパートナーの女性と結婚していません。結婚式のために貯金をしていましたが、飼っている犬が交通事故に遭い、治療費に使ってしまったのです。それでも、結婚する予定はあるそうです。

「女性=子供を持つのが普通」と思わないで

 女性の政治家と子供・出産について、もう少し考えてみましょう。

 女性の政治家は、「子供を持つのが普通」という見方に時として悩まされることがあります。

 例えば、こんなことがありました。

 ニュージーランドで野党・労働党の党首となったばかりのジャシンダ・アーダーン氏(現在は首相)が、昨年8月上旬、テレビやラジオの番組の中で子供を作る予定を数度にわたって聞かれ、「2017年にそんな質問をして許されるわけがない」と答える場面が放送されました。性差別的ではないかという議論が、ニュージーランド内外でわき起こったのです。

 経緯を振り返ってみましょう。8月1日、アーダーン党首(当時)は就任後間もなくして、テレビの報道番組「ザ・プロジェクト」に出演しました。

 ここで、司会者から女性として職業と育児をどう両立させるべきかを聞かれました。アーダーン氏は未婚ですがボーイフレンドがおり、かねてから子供がほしいと発言していました。そこで、多くの女性が仕事と家庭のバランスを取ることに苦労していると答えました。「その日その日でベストを尽くしていくしかありません」。

 あるウェブサイトのコラムニストは、このような質問は「育児以外の分野でどれほど功績があっても女性の主な役割を母と見なす、性差別的考え方である」と指摘しました。

 翌日、今度は「ザ・AM ショー」に出演したアーダーン氏に対し、男性の出演者が「首相になるかもしれない人物に子供について聞くことは真っ当なことだ」と述べた上で、「企業は雇用する女性にこうしたことを聞く必要がある――つまり、一国の首相が育児休暇を取っていいのですか」と聞きました。

 アーダーン氏は育児や仕事について意見を述べてきた政治家である自分に対し、こうした質問が投げ掛けられるのは良いが、ほかのすべての女性が聞かれるのはおかしい、と反論します。

 「2017年にもなって、こんな質問を女性が職場で聞かれるのは承服できません。いつ子供を持つかは女性が決めることで、雇用と結びつけられるべきでありません」。そして、「男性に将来、子供を作るかどうかを聞くでしょうか?」といって、とどめを刺しました。

男性には聞かれないのに、なぜ?

 男性の政治家だったら聞かれない、プライベートな事柄についての質問を女性の政治家であるがゆえに聞かれたことがアーダーン党首やその支持者たちの怒りの根っこにあります。

 とはいっても、雇用する側から見れば妊娠年齢にある女性が突然子供を産むことを決め、出産・育児休暇を取られては困るという面もあるかもしれません。この点が男性出演者の質問の意図でした。

 一方、子供を持たない女性の政治家が批判されることが多々あります。

 オーストラリアの首相だったジュリア・ギラード氏(在職2010~13年)もそんな1人です。「人生を仕事に捧げた、子供がいない独身の女性だから」一部の有権者の期待に沿わない、と地元紙に書かれました。

 フランスでは2017年5月に大統領選が行われましたが、子供を持つルペン国民戦線党首は子供がいないマクロン「前進!」党首(当時。現フランス大統領)をこの文脈で批判しました。

 英国のメイ首相も既婚ですが、子供がいませんよね。2016年夏の保守党党首選では、対立候補レッドソム氏(女性)が子持ちである自分の方が、子供がいないメイ氏よりも英国の将来に「より差し迫った利害関係がある」と発言しました。(これが問題視され、レッドソム氏は党首選から離脱しました。)

 母であることを政治的な武器に使う人もいます。

 ドイツの極右政党「ドイツのための選択肢」のペトリー党首(当時。昨年9月、同党を離党)には5人の子供がいます。7月26日、生まれたばかりの赤ちゃんと一緒の自分の写真をツイッターに投稿し、「あなたはどうしてドイツのために戦うのですか?」というキャプションを付けました。将来の世代である子供たちのために戦うのであれば、母親でもある自分が党首の政党が良い、というメッセージが伝わってきます。

 男女ともに、政治家に子供がいないと「社会と十分に深くかかわっていない」として批判されることがあります。でも、子供がいない政治家で政界のトップに立つ人は少なくありません。

 メルケル独首相(既婚、子供なし)、オランダのルッテ首相(未婚、子供なし)、アイルランドのバラッカー首相(未婚、子供なし、同性愛者であることをカミングアウト)など。

 子供がいる、いないで政治家あるいはほかの職業人の仕事上の能力を評価したり、性のステレオタイプを押し付けるのは時代に合わなくなってきました。

 性のステレオタイプを解く、という意味でも、未婚ですが同性のパートナーがいるデービッドソン氏が妊娠を発表し、これからも変わりなく政治家として活動を続けていくと宣言したことには大きな意義があった、と言えるでしょう。

 それでも、将来的に考えなければならない問題も出てきそうです。「女性2人」あるいは「男性2人」が「両親」になるカップルが一定数の割合を占めることになった時、「子供は男女のカップルから生まれるもの」という前提が崩れていくかもしれません。「妊娠」、あるいは「出産」という言葉の意味が変わってくるでしょう。一体どんな社会になるのか、現実は想像範囲を超えて、どんどん変化しているようです。

 先のニュージーランドのアーダーン首相ですが、今年1月、パートナーの男性との間に子供を妊娠したと発表しました。6月に出産予定です。彼女は6週間の産休を取り、その間はピーターズ副首相兼外相が首相代行を務めるそうです。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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