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購読者数100万を目指す英フィナンシャル・タイムズ ――日経買収後、順調に成長

小林恭子ジャーナリスト
2015年末、買収手続き完了後のFTグル―プCEOリディング氏(写真:ロイター/アフロ)

 2015年末、日本経済新聞社が英高級経済紙フィナンシャル・タイムズ紙を買収した。買収見込みの第一報(この年の夏)は日本のみならず、英国そして世界中を驚かせた。フィナンシャル・タイムズ(FT)が身売りされる観測は出ていたものの、売却先はドイツあるいは米英のメディアではないかというのがもっぱらの噂だった。日本の新聞社が英語圏の著名メディアを買収するのは、前代未聞と言ってよいだろう。

 買収前後は「価格が高すぎる」、「日経にとっての利点が不透明」など、どちらかというと否定的な見方が大きく報道されたように記憶している。英国のメディアは日本の新聞社の経営陣がFTの編集方針に介入するのではないかと懸念した。英国では複数の新聞を経営する人物(「メディア王」とも呼ばれる)が新たに新聞を傘下に入れると、経営陣や編集幹部を入れ替えるのが珍しくないからだ。

 買収がどれほどの利点を2つの新聞にもたらしたのかについては、中に入ってみないと十分には分からない部分があるものの、これまでには

 *イベントの共同開催

 *取材面での協力

 *人材の交換(昨年4月のFTのプレスリリースによれば、20人ほどが互いのオフィスで勤務経験)

 などが報じられてきた。

 目に見えない部分として、日本と英国の経営陣や編集陣が意見交換あるいは様々な形で触れ合う機会を得ることで、組織内の仕事の進め方や士気の面で、大いなる刺激となった可能性は大きい。

 ここで、FTが今どのような状況にあるのかを確認しておきたい。

有料購読者は91万人に

 今年2月13日付のFTのプレスリリースによれば、月間あるいは年間購読料を払う人、および店頭で買う人を含め、何らかの形でお金を払ってFTを読んでいる人は91万人を超えたという。この中で、電子版購読者は71万4000である。お金を払って読む人の4分の3が電子版購読者だ。

 ライオネル・バーバー編集長は電子版の購読増加に力を入れてきた人物で、2005年に編集長就任時、電子版購読者は7万6000人。09年では12万、15年で50万。紙版よりも電子版の読者が初めて上回ったのは2013年だ(拙著『フィナンシャル・タイムズの実力』)。

 ひと月に無料で読める記事の本数を決め、これを時に応じて増減させる方式で、「もっと読みたい」という読者を増やしていった。

国外の読者が多い新聞

 FTは国外の読者の方が国内の読者よりも多い新聞だ。

 英国の新聞は多くの人が読む「大衆紙」(サン、デイリー・メールなど)とより真面目で質が高い「高級紙」(タイムズ、ガーディアンなど)に分かれる。後者の発行部数は前者に比べて、かなり少ない。そんな高級紙の中でも、FTは経済・金融専門紙であるから、さらに少ない。他の新聞と比べて、一部売りの価格が断トツに高い(例えば大衆紙は40ペンスほど、高級紙は1.40ポンドから2ポンドだが、FTは平日が2・70ポンド)ことも、一般人には手が出にくい理由となっている。

 英国の新聞の発行部数を記録するABCによると、FTの発行部数(紙版を指す)は平均すると1日に18万9579部(先のFTのリリースによれば、単純計算では紙版が19万6000部)。

 18万9579部の中で、英国での発行が6万2521部、アイルランド共和国が2367部、そのほかの国が12万4691部。

 英国とアイルランドを除く世界市場で、6万5958部が欧州、3万1445部がアジア、2万7261部が米国になる。日本がどれぐらいなのか、ABCは明らかにしていない。

 今年1月時点での18万9579部だが、買収前の2015年10月時点では、20万9134部であった。英国の新聞はどこも大きな部数減少に悩んでおり、これぐらいのレベルの減少は「微減」と呼んでよいだろう。逆に、2015年秋の時点で電子版は約50万であり、現在の約71万部へと大きく増加した。

 紙版は微減、電子版は大きく増加という傾向が続いているのが、FTと言えよう。

 FTは、安定した経営を行い、ジャーナリズムの投資に積極的な会社の傘下に入ることが必要だった。公表された情報を見る限り、FTはその目的を果たし、「100万人の購読者達成」(バーバー編集長談)に向かって、歩を進めているところのようだ。

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 (FTとはどんな新聞か、日本のジャーナリズムとはどう違うのかについて、「英国ニュースダイジェスト」に連載コラムを掲載した。これに補足した分をフェイスブックのページに掲載しているので、関心のある方はご覧いただきたい。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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