Yahoo!ニュース

スペイン・カタルーニャ独立問題 ―「EUは死んだも同然」とカタルーニャ語ネットサイトの創始者

小林恭子ジャーナリスト
ヴィラ・ウェブのオフィスのウィンドウに貼られていたメッセージ(筆者撮影)

EUの存在価値を問う独立問題

 欧州で今、最も注目を集めているのが、スペイン北東部カタルーニャ自治州の独立問題だ。

 10月1日の住民投票では、「スペインからの独立支持」が圧倒的多数を占めた。この住民投票自体を違法とする憲法裁判所の判断を盾に、ラホイ首相率いるスペイン中央政府は治安警察を使って、投票行為を妨害。丸腰の住民を押さえつけたり、ゴム弾や催眠ガスを使ったその行動に世界中から非難の声が上がった。27日、プッジデモン自治州首相(当時)がカタルーニャの共和国としての独立を宣言したことを受けて、ラホイ首相は自治権を停止させる憲法155条を行使し、現在カタルーニャ州は中央政府の直接管理下にある。

 

 民主主義社会の根幹をなす、市民による投票行為を「暴力を使って」止めようとしたこと、これはどこの国でもご法度になるが、スペインは欧州連合(EU)の加盟国であるから、なおさらである。「聖域を冒した」と言ってもよいだろう。何しろ、EUの存在価値は「人間の尊厳に対する敬意、自由、民主主義、平等、法の支配、マイノリティに属する権利を含む人権の尊重」(EU条約)にあるからだ。

 現在、プッジデモン氏ら数人の前閣僚らはベルギーに滞在中だが、11月3日、スペインの裁判所が「欧州逮捕状」を発行した。これによって、ベルギー当局は同氏らを逮捕し、スペインに身柄を移送することが可能となる。プッジデモン氏らは住民投票を実施したことで国家反逆罪、扇動罪、公金横領罪などに問われている。国内にいる前閣僚らはすでに当局によって拘束中だ。

 今後、独立運動はどうなってゆくのか。

 独立支持を表明する、カタルーニャ語のニュースメディア「ヴィラ・ウェブ」の創設者・編集長ビセント・パータル氏(56歳)に現状分析と今後を聞いてみた。

「ヴィラ・ウェブ」(ウェブサイトより)
「ヴィラ・ウェブ」(ウェブサイトより)

 

 パータル氏はカタルーニャの主要メディアで長年外国特派員として働いた後、1994年、カタルーニャ語で初めてのニュースサイト(これが後にヴィラ・ウェブに発展)を立ち上げた。欧州全体でも、最も初期に立ち上げられたサイトの1つだ。同氏は非営利組織「欧州ジャーナリズム・センター」の会長職も務める。

 インタビューはバルセロナ中心部ランブラス通りから数分のヴィラ・ウェブのオフィス近くで行われた。「バリバリの親欧州派」と自負するパータル氏だが、EUについては非常に厳しい見方をしており、「EUは死んだも同然だ」と述べた。

 カタルーニャ語のサイトの編集長でありながらも、母語を学校で学んだことはないという。フランコ将軍による独裁政権時代(1936-1970年代半ば)、カタルーニャ語の公的場所での使用は禁じられていた。学校で教わるのはスペイン語のみ。

 フランコ政権が終了し、カタルーニャ語の教育が可能になった時、パータル氏は17歳。すでに中等教育を終えていた。「初めて自由にカタルーニャ語を使えるようになった時のことを、今でも忘れていない」という。

 ここでお断りしておくが、パータル氏はプッジデモン氏らが解任されたとは認識しておらず、自治政府がまだ機能しているという立場を取る。同氏はプッジデモン氏、閣僚、州政府に「前」という言葉を付けずに意見を述べたので、以下でもそのように表記する。

***

―プッジデモン州政府首相と閣僚ら数人は今、ブリュッセルにいる。拘束を恐れて「逃げた」、「裏切者」と言う人もいる。10月27日にカタルーニャの独立宣言をしながらも、その後、実質的には何もしなかった。どう見ているか。

 

パータル氏(筆者撮影)
パータル氏(筆者撮影)

 パータル氏:確かに、プッジデモン氏は今、ブリュッセルにいる。他の5人の州閣僚も彼とともにいる。

 

 10月31日、プッジデモン氏はブリュッセルで記者会見を行い、何故ブリュッセルに来たのか、何故共和国としての独立宣言後、実質的には何もしなかったのかについて声明を発表した。

 この時の声明によると、27日に共和国としての独立宣言をした後で、カタルーニャの首相として選択に迫られたという。

 投票日の妨害行為も含め、中央政府側の反応が非常に暴力的であったため、カタルーニャが独立政府として動き出せば、独立国の樹立を阻止しようとする中央政府の治安警察や軍隊に対し、州警察を動員せざるを得ない。暴力行為が発生することを良しとするのか、あるいは州政府が降伏するかの選択となり、後者を選択した。平和を維持することが何もよりも重要だったからだ。

10月31日のブリュッセルでの会見の様子を伝える地元紙ラ・バングアルディア(11月1日付、筆者撮影)
10月31日のブリュッセルでの会見の様子を伝える地元紙ラ・バングアルディア(11月1日付、筆者撮影)

 

 しかし、自治政府自体の機能は停止しないという説明だった。つまり、カタルーニャ州は独立を宣言し、合法的な政府は存在するが、その政府はいわば亡命状態にあるという解釈だ。政府閣僚の半数はカタルーニャにいて、残りの閣僚はブリュッセルにいるからだ。

 スペイン中央政府は直接統治を強制的に開始してしまった。私が見るところでは、これはスペインの憲法から見ても違法行為だと思う。

―中央政府と言えども、自治州の市民の声を無視できない、という意味か。

 そうだ。

 私が理解するところによると、スペイン中央政府は少なくとも半年はカタルーニャ州を直接管理下に置きたがっていた。しかし、欧州連合(EU)はこれを許さなかった。なるべく早期に議会を解散をし、選挙を行うように告げたのだと思う。

 プッジデモン氏はスペイン中央政府が違法に押し付けた州議会選挙の開催(12月21日)を認める、と記者会見で述べた。その結果も受け入れる、と。

 しかし問題は、スペイン中央政府が結果を尊重するかどうか?プッジデモン氏はスペイン政府に問いかけた。

ースペインの憲法裁判所が住民投票自体を違法としている。住民投票では独立支持が圧倒的と言う結果が出たが、これを基にして州議会で討議が行われ、ここでも独立支持の結果となった。そこで独立宣言となったわけだが、住民投票自体が違法であれば、その後の動きも違法なのではないか。

 私は国際法に照らして、住民投票は合法だったと思っている。スペインの憲法は国連憲章(その目的の1つは、人民の同権及び自決の原則の尊重)を最上の司法として認めている。

 スペイン政府はこれまで、独立か否かを決める住民投票の実施に常に反対してきた。しかし、市民の声に耳を傾け、これを受け入れるべき。そうしない限り、問題は解決しない。

 興味深いことがある。現在のカタルーニャ自治政府は2015年の総選挙の後で成立したが、独立派の政治勢力は当選したら18か月以内に独立宣言を行うことを公約として選挙戦を戦った。

 スペイン選挙管理当局はこのような公約を持って戦うことを承諾した。もし住民投票や独立を認めないなら、なぜスペイン政府はこれを許したのか。政権取得後に住民投票ができないなら、公約を果たせないことになってしまう。

―プッジデモン氏ら閣僚が「ブリュッセルに逃げた」という報道がある。

 スペイン政府がそんな文脈を伝えたがっている。「カタルーニャ市民の声は重要ではない、市民が何を選ぼうと、私たち政府は好きなことをする」と言っているようなものだ。

 問題は欧州レベルだ。EUは人権擁護を率先して行う組織であると宣伝している。カタルーニャで自決権という自由が抑圧されていることを、いつまで黙って見ていられるのだろうか。

 唯一の解決策は、スペイン政府がカタルーニャ州での住民投票を認めることだ。2014年、英国ではスコットランドが英国内に留まるか否かの住民投票を行った(残留派が僅差で勝利)。カタルーニャでもこれができるはずだ。

ーもしまた独立が選択されたら?

 どう実施するかを中央政府と交渉する。これが唯一の解決策だ。ほかにはない。

ー改めて聞きたいが、なぜカタルーニャの人はスペインから独立したいのか。自治権の拡大ではダメなのか。

 さまざまな答えがあるだろうが、逆に聞きたい。どれほどの自治権を持つかを誰が決めるのか、と。

 国際法の問題の1つは、大きな原則として自決権を定めているものの、それをどうやって実行に移すかについて、誰も分からない点だ。

 ある国あるいはある地域の市民が、暴力を使わず、民主的な方法で自治権の範囲を変化させたいと思ったとき、合法的な解決方法は投票行為だろう。これの何が問題なのか。なぜあるところでは市民が決められ、他の地域ではできないのか。

 例えば、何故コソボは1つの国であり得るのに、カタルーニャはそうではないのか。何故ルクセンブルクが国でカタルーニャはそうではないのか。

―何故か。

 ある国あるいはある地域の境界は、2つの要素で決められてきた。1つは戦争だ。もう1つは王族同士の結婚だった。 

 戦争で国境を変えるのは馬鹿げている。21世紀の人権についての基本的な法律に反する。

 カタルーニャの人々がやろうとしているのは、民主的な運動だ。戦争を始めたくはない。

 

 フランコ将軍による独裁政権が終了して、スペインはカタルーニャ州の自治を認めた。カタルーニャのやりたいことに対応してきたと言われているが、事実ではない。人々はスペインとの関係に満足していない。

ー10月29日には、反独立派の市民による大規模なデモがバルセロナであった。スペインの一部であることを望む市民の声には十分に耳が傾けられなかったのではないか。

 そうは思わない。2015年の総選挙では独立支持派の政治勢力が勝利し、住民投票でも独立支持派が圧倒的だった。

 スペインの一部でいたいという人は、もちろんいる。独立支持者の住民と同様の権利を持っているし、その声は尊重されるべきだ。しかし、少数派の意見が多数派に押し付けられるべきではない。

ーカタルーニャは独立支持派と反独立支持派で2つに割れている。これを懸念する人もいるが。

 もし大きく2つに割れた場合でも、それが何故問題視されるのか。昨年6月、英国ではEUに残留加盟するか、離脱するかの国民投票があった。結果は僅差で離脱派が勝ち、ブレグジット(英国のEUからの離脱)が決まった。世論は真っ二つに割れたが、だからと言って何か事件が発生したわけではない。投票によって決まった結果に全員が従うのが民主主義だ。

ー投票日に衝突した場面を見ているから、心配するのだろう。

 スペイン政府の指示を受けた治安警察による、カタルーニャの市民に対する暴力だった。カタルーニャ側がスペインに暴力を働いたのではないことを指摘しておきたい。

-12月21日に、州議会選挙が行われる。結果をどう予測するか。

 近年、過半数の住民が独立派という傾向は変わっていない。どの選挙でもどの世論調査でもそうだ。12月に変わったとしたら、おかしい。おそらく、独立派が勝つだろう。

 州内の政党もほとんどがプッジデモン氏の声明を支持している。彼はこの国の大統領(President)なのだから。

ー国内では支持を得られるかもしれないが、EUはどうか。支持が得られるかどうか。

 それは欧州の問題だ。私たちの問題ではない。もしEUがカタルーニャの側にいないとしたら、外に出るだけだ。問題ではない。近い将来、英国もカタルーニャもEUから出ているかもしれない。

ーEUをどう見ているか。

 私はバリバリのEU支持者だった。現在は欧州ジャーナリズム・センターの会長でもあり、常に親欧州だった。

 しかし、EUは死んだと思う。

―え?何と言ったのか?

 EUは死んだ。解決策はない。マーストリヒト条約(1992年発効)締結によって欧州統合の動きは「EU」としてまとまったわけだが、この時、米国を思わせるような「欧州合衆国」ができる可能性があった。国家は二の次にされた。

 「ブリュッセル」(EUの本拠地が置かれている場所だが、EU全体あるいはその官僚体制を意味することもある)には政策はあるが、政治家はいない。欧州委員会のユンケル委員長も含め、官僚たちはEU市民に選ばれたのではない。それなのに、EUの政策を決めている。民主的ではない。国のレベルでは政治家はいるが、政策を決められないーEUの政策がこれを上書きするからだ。矛盾がある。

 ブリュッセルには欧州の国民の声を気にしている人は誰もいない。選挙で選ばれた人たちではないからだ。

ヴィラ・ウェブのオフィスのガラスに貼られていたポスター(筆者撮影)
ヴィラ・ウェブのオフィスのガラスに貼られていたポスター(筆者撮影)

 最近のEU危機の事例を思い出してみてほしい。

 

 世界中からやってくる難民が欧州大陸に行き着くまでに、海で毎日のように命を落としている。ギリシャ通貨危機の際には、貧困と飢餓をもたらした。英国ではEU市民の無制限の流入に不満を持つ人を生み出した。EUは欧州の大きな危機を解決できないばかりか、原因を作っている。

 カタルーニャ独立問題についての反応も同様だ。スペインの内政問題として不干渉の姿勢を取り続けている。

 10年前、私たちはEUを見て、完全に機能していると思ったものだ。スペインは好景気で、ユーロを導入し、東欧諸国もEUに入った。

 10年後、状況は変わった。英国がEUを去りつつあり、国境間の検査も広がり、ユーロは失敗だった。

 問題は、EUがカタルーニャをどうするかだ。これまでと同じことをやるのか。

 トゥスクEU大統領だけは若干の同情心を見せた。多分、自分自身が若い時に異端だったせいだろう。しかし、ほかのブリュッセルの幹部が見せたのは、カタルーニャ問題に対する無感覚ぶりだ。住民投票の投票日にはスペインによる暴力行為の場面が世界中のテレビで報道された。ブリュッセルも何が起きたかを見ていた。私たちは欧州の市民なのに、欧州の機関が何もしないなんて。

ーマクロン仏大統領、メルケル独首相、メイ英首相もカタルーニャ独立問題を内政問題として、不干渉の立場を表明しているが。

 では、ハンガリーが例えばゲイを禁止したとしよう。ポーランドが死刑を導入しようとするとしよう。これは内政問題だろうか?

ー違う。

 それならば何故、カタルーニャ問題が「内政」問題になるのか。

 一か月前、私はスペインの治安警察から訪問を受けた。ヴィラ・メディアは住民投票について報道してはならないという。私は処罰を受けるかもしれない。こんなことが欧州で起きている。もし私が自分が書いたものによって投獄されれば、それでも「欧州の内政問題」と言って、EUは何もしないのだろうか?

***

 インタビューを終えて、パータル氏のオフィスまで歩いていると、同氏の上着の襟に黄色いリボンが付いていることに気づいた。

襟に付いていた、黄色いリボン
襟に付いていた、黄色いリボン

 10月中旬から扇動罪容疑で投獄されている、独立派運動組織「カタルーニャ国民会議」(ANC)代表のジョルディ・サンチェス氏と「オムニウム・カルチュラル」の指導者ジョルディ・クイシャルト氏の釈放を求める運動のリボンだった。

 11月3日、ANCのツイッター・アカウントを通じて、サンチェス氏はこんなメッセージを送った。スペイン当局側は「私たちに屈辱を与え、破壊しようとしている。不可能だ。(それができるほどの数の)刑務所はない。民主主義は勝つだろう。12月21日、世界がそれを目にするだろう」。

 

 

 

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

小林恭子の最近の記事