日英首脳会談に向かう、メイ英首相 ―期待を大きく裏切った政権の1年 ブレグジット行方も不透明

2012年以来、英国の首相が日本を訪れるのは今回が初めて(写真:Shutterstock/アフロ)

 メイ首相が30日、昨年7月の就任から初めて日本の土を踏んだ。31日には東京で首脳会談が行われる予定だ。

 英国側の意向で実現した訪日で、メイ氏は「ブレグジット」(英国の欧州連合=EU=からの離脱)後の日本との関係強化を望んでいる。

 もともと、英国のEUからの離脱には反対の残留派だったが、いったん首相に就任してからは「ブレグジットはブレグジット」(ブレグジットを何としてもやり遂げる)と繰り返してきた。

 しかし、今や政権運営には大きな疑問符が付き、ブレグジットの行方は曖昧模糊としている。

 改めて、メイ氏の1年を振り返ってみた。

「国民一人一人のための政治を実現したい」

 「特権階級のためではなく、国民一人一人のための政治を実現したい」ーー。

 1年前の7月13日、メイ英首相は官邸前でそう宣言した。英国で2番目の女性首相の誕生である。紺色とレモンイエローのスタイリッシュな洋服に身を包み、夫のフィリップ氏とともに報道陣に向けて手を振った。ブレグジット交渉を「この人になら、任せられる」と国民の多くが思ったものである。

 しかし1年後の現在、状況は180度転換した。6月11日付の左派系日曜紙「オブザーバー」は風刺画の中でメイ首相をゴミ箱に入れた。「こんな首相はもういらない」という意味だ。一時は保守党内からも辞任コールが相次ぎ、四面楚歌状態となった。

 国民投票は昨年の6月なのに、実際にEU側との交渉が始まったのは、その1年後の6月19日。何とも遅々とした動きである

 治安状況も懸念が大きい。過去3か月でイスラム系テロが3回発生し、次にいつ起きてもおかしくない状況だ。バッキンガム宮殿前で、男が所持していた刃物で警官を襲った事件が起きたのは8月26日である。

 6月中旬にはロンドンの低所得者用高層住宅で火災が発生し、多くの人が行方不明・死亡と推定された。死者数が三桁に達するという予測もある。「次は我が身」と心配する国民は少なくない。英社会の貧富の差がくっきりと映し出された一件だった。

 筆者は2002年から英国に住んでいるが、英国がこれほど相次いで不測の出来事に遭遇するのは珍しい。英国は現在、「指導者なき国」のような様相を呈している。

 メイ首相の天から地への失墜劇を中心に混迷の要因を探ってみたい。

まさかの総選挙で与党過半数割れに

 英国の混迷が始まったのは昨年6月のEU加盟続行か離脱かの是非を問う国民投票が行われたときだろう。この時、国内外の大方の予想を裏切って、離脱派が勝利してしまった。残留派と離脱派の票は僅差で、有権者は真っ二つに割れた。

 しかし、残留派のキャメロン首相が引責辞任し、引き継ぐ形で元内相のメイ氏が保守党党首・首相に就任すると、国民はメイ新首相の下で1つにまとまるかに見えた。自分自身は残留派でありながら「ブレグジットを断固として実行する」と述べたメイ首相は高支持率を達成してゆく。

 対する最大野党・労働党のコービン党首は党首就任前は万年平議員だった。反戦、反核運動に長年携わり、基幹産業の国有化、核兵器のボタンは押さないなどを公言する党内左派の1人で、英国が製造業に依存していた時代の「古い労働党」派だ。「コービン氏では選挙に勝てない」と確信した労働党下院議員らは「コービン降ろし」にいそしんだ。2度党首選を行って、コービン氏がいずれの場合も当選したので、しぶしぶ現状を受け入れた。

 メイ氏は当初、「総選挙はしない」と言っていたが、保守党と労働党の支持率に20ポイントもの大きな差がつき、自分は選挙のみそぎを受けていない(党首選では紆余曲折があり、最後には対立候補が選挙戦から撤退した)ことも自覚していたのか、4月になって突如、解散・総選挙を言いだした。当時100議席あった労働党との議席数の差をさらに広げ、ブレグジットの交渉のために「強く、安定した政権を作る」のが狙いだった。

 しかし、6月8日に実施された総選挙で、保守党は第1党になったものの議席数を減少させた(前回2015年の総選挙直後では331議席。現在は318議席、13議席減)。下院の定員数は650で、過半数を取るには326議席必要だ。保守党は過半数割れとなった。一方の労働党は30議席増の262議席。両党の差は56議席に縮小された。

 2大政党制の英国では過半数の議席を取った政党が政権を発足させ、過半数となる政党がない場合は「宙ぶらりんの議会」と呼ばれる。与党として過半数に達しなかったのは、「失敗」と見なされる。しかも、以前より議席数を減少させ、かつ最大野党との議席数の差も減らしてしまった。これで失敗の度合いが大きくなる。

 一方の労働党は期待が低かったコービン党首が議席数を拡大させた。第一党にはなれなかったので「負けた」わけだが、「大躍進」として高く評価された。

「メイボット」と呼ばれる首相

ゴミ箱に入れられたメイ首相の風刺画(オブザーバー紙、6月11日付)
ゴミ箱に入れられたメイ首相の風刺画(オブザーバー紙、6月11日付)

 メイ首相への辞任コールが高まっているのは、過半数を取れなかったばかりか選挙戦で様々な失敗を繰り返し、信頼感を大きく失ったからだ。

 敗因は主に3つあった。

 まず、選挙公約(マニフェスト)でつまずいた。

 高齢者の介護費用をどうするかが長年、保守党及び労働党政権の悩みの種となっていた。そこで、中流・富裕層により多くの負担をさせる狙いで、自宅で介護を受ける場合の自己資産の設定額を変えた。現状は2万3250ポンド(約325万円)以上の自己資産を持つ人は自己負担となっていたのを10万ポンドまで上げた。ところが、この「資産」に住宅を入れたことで大問題となる。住宅費高騰で自宅がこの金額以上になる人が少なからずいたのである。

 また、生涯に負担する介護費の限度額をマニフェストに入れなかったため、例えば認知症にかかって長い年月を過ごす高齢者は亡くなるまでに莫大な介護費用を払うことになる印象を与えた。野党政治家らがこの仕組みを「認知症税」と呼び、覚えやすい名称だったことであっという間に「ダメなマニフェストを作った保守党」というイメージが広がった。

 同時に、マニフェストは「児童への昼食無料制度の廃止」、「高齢者家庭への光熱費支援を住民の収入にリンクさせる(富裕家庭には支払われない)」と言った項目も含み、野党側は「保守党は金持ちの利益のために働く政党」として選挙戦を戦った。

 2つ目の要因は選挙戦略の失敗だ。保守党はメイ首相の高支持率に依存し、彼女を全面に出す選挙戦を展開した。「ブレグジットを成功させたかったら、私に投票して欲しい」とメイ首相はアピール。まるで米国の大統領選のようだとひんしゅくを買った上に、いったんメイ首相の評判が落ちてしまうと、すべてが下り坂となった。

 3つ目は、メイ氏の政治家そして個人の特質である。同氏はもともと、「慎重な性格」と同僚から言われてきた。内閣の閣僚だった人物によると「まるで潜水艦のようだ」とも。「表面的には何を考えているのか分からない」が、「周到に準備を重ね、突然浮上してくる」からだそうだ。

 政治家が慎重であって悪いわけではない。しかし、メイ氏は準備過程を外には見せないタイプで、側近数人と入念に政策を練り上げる。総選挙についての決断も事前に知っていたのは内閣でも一人か二人だったようだ。ファッションはヒョウ柄のパンプスを好むなど大胆であるのだが、政治家としては派手なパフォーマンスを嫌う。

 そんな彼女は選挙運動のアドバイザーが言う通りに「強く、安定した政権を作りたい」と何度も繰り返した。選挙戦中盤にはジョークになるほどであった。あまりにも定型の表現を繰り返し、臨機応変に自分の言葉を発することができないので、「メイボット(ロボットのようなメイ)」というありがたくないニックネームがついた。

 メイ首相は準備をせずに突発的に行動する、発言することが大の苦手な人物だった。選挙中のメディアインタビューやテレビ討論の場でそれが露呈した。テレビ討論と言っても、コービン党首やほかの政党党首と直接討論する機会は避けた。ボロが出るのを防ぎたかったのだろう。しかし、これで臆病な人物、対決を避ける政治家という印象を広めてしまった。

 コービン氏はメイ首相とは政治家としても人間としても正反対と言ってよい人物だった。

 万年平議員でキャンペーン活動に長年従事してきたコービン氏はメディアから鋭い質問を浴びせられても動じることなく、国民と直接話す機会では水を得た魚のように生き生きした。資金繰りがしっかりと計算されたマニフェストは緊縮財政の政治に飽き飽きした国民に大きなアピール力を持った。また、大学の学費免除などの政策で若者層を取り込むことに成功した。

連続テロに襲われた

 6月の総選挙の選挙戦中に、英国ではイスラム系テロが2回発生した。5月22日、北部の都市マンチェスターで行われていた米歌手のコンサート終了直後、青年が自爆テロを実施。22人の犠牲者が出た。

 6月3日には、ロンドンの中心部の1つロンドン橋上でワゴン車が通行人らに突っ込んだ。ワゴン車から降りた実行犯3人はレストランが並ぶバラ・マーケットまで走り、数人に刃物で傷を負わせた。3人は駆け付けた警察官らに射殺された。犠牲となった死者は8人となった

 選挙戦に入る前の3月22日にはロンドンのウェストミンスター橋をトラックが暴走。運転していた男性は議事堂の前にいた警察官をナイフで刺殺した。犠牲者は4人だ。

 3か月に3回とはいかにも多い。労働党は2010年以来の保守党政権で「警察の人員が2万3000人削減された」と指摘し、連続テロが保守党の責任であるかのような文脈を作った。今回の一連のテロ発生と人員削減は直接は関係ないという見方が今では圧倒的だが、選挙戦の過熱状態の中で労働党の戦略は成功した。しかも、メイ首相は元内相であった。非常に分が悪いことになった。

 3件のテロの実行犯はいずれもイラクとシリアに拠点を多くイスラム過激組織「イスラム国(IS)」の思想に心酔した青年達であった。直接あるいは間接的に指令を受けたのかどうかについては諸説がある。青年たちはまた、イスラム教の国からやってきた移民あるいは移民の2世、3世であった。

テロ対策は成功するか?

 メイ首相はテロ防止のために4つの方策を提唱した。「邪悪なイスラム過激思想の打倒」、「邪悪な思想がはびこる空間をそのままにしない」、「ISの一掃」、「テロ対策の見直し」である。

 このうち、ISの一掃については最近その勢力の衰えが指摘されており、一定の希望は持てそうだ。しかし、短期及び中期的な解決は困難なように見える。

 その理由は英国を含む欧州にはISなどの過激組織がターゲットにしやすい、イスラム系移民2世、3世という人的プールが存在していること、「疑わしいが十分な証拠がない」というレベルの青年たちを追い続けるマンパワーを捜査当局側が充分に持っていないことだ(8月にバルセロナ・テロが発生してしまったことは、記憶に新しい)。

 英国での3件のテロ事件の実行犯5人の中で4人までが捜査当局にその存在が知られていたにもかかわらず、具体的なテロ計画との関連付けをすることができなかっため、捜査対象から外されていた。

 情報局保安部(MI5)と政府通信本部(GCHQ)はデータベースに2万3000人の「注意するべき人物」のファイルを持っている。この中の3000人が「厳重な注意をする人物」となるが、このほかに年間3000から4000件の逮捕案件、路上質問による報告書が上がってくる。「テロは警察の手に負えなくなっている」(ガーディアン、6月8日付)という現実がある。

 ナイフ、トラック、ワゴン車など誰もが不審がられずに入手できる手段を使う、いわゆる「ローテク・テロ」であることも捜査を困難にする。

 ここでテロが起きたらどれほどの惨事になるだろうと思わざるを得なくなったのが、6月14日未明に発生した、低所得者用高層住宅での火災だった。

直接市民と会わなかったメイ首相

最寄り駅のプラットフォームから見た、グレンフェル住宅(撮影 筆者)
最寄り駅のプラットフォームから見た、グレンフェル住宅(撮影 筆者)

 高層住宅「グレンフェル・タワー」は24階建て(127戸)で、ケンジントン・チェルシー行政区が1974年に建てたものだ。ケンジントン、チェルシーと言うと高級住宅地のイメージがあるが、北部はロンドンでも貧困度が非常に高い地域で、従来労働者階級が多く住んできた。スラム化を防ぐために行政区が建てた4つの高層住宅の1つがグレンフェル・タワーだった。住民は移民家庭出身者が多い。

 火災の原因は4階の住人の冷蔵庫が爆発したのがきっかけと言われてるが、通常ならその部屋の中で納まるはずの火があっという間に広がった。昨年終了した改修工事の際に廉価の外壁材を使ったこと、約600人が住むビルに階段が一つであったこと、スプリンクラーが付いていなかったことが判明している。ケンジントン・チェルシー行政区や建設会社がコスト削減のために十分な防災設備を怠った可能性が指摘されている。原因究明のため、調査委員会が設置される予定だ。

 グレンフェル・タワーの防災不備については、住民の有志で構成されるグループが何年も前から行政区に苦情を申し立てていた。しかし、その声に十分に耳が傾けられることはなかった。南部には中流階級、富裕層が高級住宅に住み、北部には貧困層が不満足な防災体制の高層ビルに押し込められているという構図が露呈した。

 火災発生後、着の身着のままで住宅を出た住民を支援する物資が続々と送られ、慈善団体や地元の宗教組織関係者などがボランティアで助けた。不在は行政区の人員だった。火災発生から数日を経ても行政区は600人の居住者のリスト、誰が行方不明中なのかの情報を出さないままだった。行政区への不満は、住民や支持者たちが事務所前で抗議デモを実施するところまで発生した。一部のデモ参加者は事務所の中に入り込み、押し返される騒ぎとなった。情報を中央で一括管理する組織がないため、行き場がなく、住民らの行政への怒りが増した。

 ここでメイ首相は選挙戦の時と同じ失敗を犯してしまう。

 火災の翌日、コービン労働党党首は現地に出かけ、被災者と言葉を交わして励ました。同日、メイ首相も現地に出かけていたが、消防担当者と「私的な」会合を持ったのみであった。派手なパフォーマンスを嫌う首相は「自分の目で現状を見る」ことを重視したそうだが、住民を避けたと思われてしまった。

 16日、エリザベス女王がウィリアム王子とともに住民らが身を寄せていたスポーツセンターを来訪したことで、メイ首相はますます言い訳ができなくなった。後にやっと現場に出かけたが、視察を終えて車に戻る際に「臆病者」という言葉を投げかけられた。ロンドン市長やテレビの著名キャスターなども住民や支持者から乱暴な言葉を浴びせられた。メイ首相が被災した住民の痛みを共感できていたのなら、少なくともコービン党首と同時に現場に行って人と触れ合うことはできなかったのかと筆者は思う。

ブレグジット交渉の行方は不透明

 メイ政権のもたつきがもっとも顕著に表れているのが、EUとのブレグジット交渉だろう。

 「この人に任せたら、ブレグジット交渉はうまくいく」-そんな期待が大きく裏切られた格好だ。

 まず、いつ、「では離脱します」という通知をEU側に送るのか?

 昨年7月の首相就任以来、「いつか?」を心待ちにしていた国民やEU側に対し、メイ首相は「翌年=2017年=3月に通知する」と宣言。いかにも遅い感じがしたが、それでも、当初は信頼感がまだあった。

 いよいよ、今年3月末、政府官僚が「離脱通知」の書簡を欧州理事会のトゥスク議長に届けた。この書簡の受理をもって、離脱交渉が始まったと見なされる。そして、この通知から2年で英国はEUから離脱することになった。Xデーは2019年3月末だ。

 デービス離脱担当大臣とEUの交渉役となるバルニエ首席交渉官との間で、政治的・事務的な交渉が実際に始まったのはいつか?

 なんと、今年6月19日である。通知書簡から約3か月後である。

 

 この月から、毎月、両者と事務方が数日間にわたり、交渉を行うことになった。

 さて、8月末である。第3回目の交渉が行われている真っ最中だ。

 何が決まったのか?

 実のところ、まだ何も決まっていない。方向性も見えてきていない。43年間も続いてきたEU加盟の歴史があるわけだから、3回の交渉だけでは決まったことが出てくくるわけがない、と思われるだろうか?

 しかし、問題は「英国が何を望んでいるのか」がはっきりしないのである。

 まず、EUの単一市場にも、関税同盟にも加盟しない、「ハードなブレグジット」と言う考えがあり、いずれかにあるいはどちらにも加盟する「ソフトなブレグジット」という考え方がある(どちらにも加盟するなら、ブレグジットの意味がないという考え方も、もちろんある)。さらに、2019年3月の離脱後、一定の「調整期間を置く」という考えがある。こうした点について、内閣内でも意見がまとまっていないのである。互いに相反する意見が時折、メディアを通じて報じられる。何が「ハード」か、「ソフト」かについての定義も確固としたものがあるわけではない。

 これに対し、EU側は「自分たちはこうしたい」という意思を様々な書類を出すことで示してきた。

 EUによると、交渉は第1段階と第2段階に分けられる。

 第1段階は離脱のための交渉で、(1)EU市民の権利保障、(2)英国による分担金の支払い、(3)英領北アイルランドと南のアイルランド共和国との国境問題、(4)そのほかの離脱のための問題についての解決を目指す。この第1段階で「ある程度の進展が見られた場合」、離脱後のEUと英国の関係についての議題、つまり通商問題などに移行する、というもの。

 今は、この第1段階の交渉中だ。

 ところが、英側は先に第2段階、つまり通商交渉をしたくて仕方ない。EU側は頑として、「第1段階が終わってから」という。

 英国にいてやきもきするのは、EU側が交渉は「段階的に行う」と当初から提示しているのに対し、英国側はこれに表立って反対するのでも賛成するでもなく、「離脱交渉と通商交渉を同時にできる」と間接的に話すのみだったことだ。のらりくらりなのである。

 第1段階に(2)分担金の支払いが入っていることは、英国側にとっては痛い。何しろ、離脱すれば得をするというのが離脱派陣営のキーワードであったし、離脱するのにお金を払う必要があるなんて、決して認められない。この点についても、英政府側はつい最近まで「見ないようにして」話を進めてきた。ようやく、「分担金の支払い」について「活発な議論を交わした」とデービス担当相が言い出したのは、7月である。それから、ことは進展していない。

 重要な交渉が続行中に、敵に手の内すべてを見せるわけには行かないという政府の主張は分かるが、それにしても、EU側から言われるまでもなく、英側は「まともな議論をがっぷり組んでやる」のではなく、「細部があやふや」、「見ないようにする」・・・といった態度でこれまで歩を進めている(「足を引きずっている」というのがより正確な表現ではあるが・・・。)

 こうした英国の事情を日本の政府・官僚の方はよくご存じだろうと思う。是非とも、現実的な、具体的な行動を英政府に迫っていただきたいと思っている。

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「メディア展望」7月号(新聞通信調査会発行)に掲載された、筆者記事に補足しました。)

参考まで

EU、離脱交渉での英政府の「あいまいさ」に懸念表明

英国がこれからもテロから逃れられない「複雑な事情」

グレンフェルタワー火災事件の背景 なぜ高層住宅なのか?