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【英高層住宅火災】犠牲者は少なくとも79人 行政区不在の対応に住民の怒りが募る

小林恭子ジャーナリスト
火災犠牲者の追悼メモリーボードには花がたくさん置かれていた(撮影 筆者)

ロンドン西部の低所得者用高層住宅の火災(14日)で、少なくとも79人が行方不明・死者となった(19日午前時点、ロンドン警視庁発表)。それ以前の経過はこちらをご覧ください。→BBCニュース「少なくとも58人が推定死亡と警察 女王は「国中が深沈」と声明」)。

「グレンフェル・タワー」(24階建て、127戸)はケンジントン・チェルシー行政区が1974年に建てた公営住宅で、昨年5月に改修工事を終えている。火災の原因については調査中だが、防災設備が十分ではなかったと言われている。

タワーは「ソーシャル・ハウジング」の1つで、地方自治体となる行政区が区内の低所得者向けに提供している。犠牲となった人の写真や現地に実際に行ってみると、移民家庭出身者が目立つ。

「ケンジントン」、「チェルシー」と言うと高級住宅地のイメージがあるが、実は貧困地帯を抱えている。

ガーディアン紙が16日付に掲載したグラフィックを見てみよう。

画像

図の中の左下の灰色部分がロンドンで、中の黒い点がケンジントン・チェルシー行政区。

右の細長い部分がこの行政区を拡大したもの。赤紫の色が濃いほど貧困度が高い。緑に行くほど貧困とは遠くなる。グレンフェルタワーはノッティングヒルの少し北になり、この行政区の最も貧困度が高い地域の1つだ(「English Indices of Deprivation 2015 」調べ)。

タワーはこの地域のスラム化を防ぐために建設された高層ビルの1つだった。(ご参考:「英タワマン火災は、なぜ大惨事になったのか 火災で露呈した低所得者層向け住居の実態。)

タワーの防災対策が十分ではなかったことを有志の住民がこれまでに何度も指摘していた。今回の火災事件は、「低所得者の声に耳を貸さなかった政治、メディア、金持ちの実態を露わにした」、と受け止められている。

火災が沈静化後すぐに現地を訪れ、住民に声をかけたのがコービン労働党党首だ。一方、同じ日に現地に行きながらも、防災担当者との私的会合にとどめたメイ首相は非難の的となった。特に、後にエリザベス女王が孫のウィリアム王子とともに、住民が身を寄せていたスポーツセンターを訪れたことで、その差が顕著になった。

6月8日に行われた総選挙で、メイ首相率いる保守党は過半数の議席を取れずに終わった。第一党にはなれたものの、実質的には「負けた」という見方が圧倒的だ。

そんな選挙戦で、メイ首相は「メイボット」(ロボットのようなメイ)というあだ名をつけられた。同じ言葉を繰り返しがちで、人間味のある対応ができなかったからだ。

慎重な性格と言われるメイ首相は、台本がない状態で公的に人に会ったり、メディアでインタビューをされることが大の苦手らしい。派手なパフォーマンスも嫌う。

しかし、そんな性格、政治手法が今度の火災事件では大きく裏目に出た。「傲慢」、「臆病者」・・・そんな風に言われてしまったのである。

筆者は17日午後、タワー付近に足を運んでみた。

近辺の路上に住民や支持者が集まっている

英メディアが報道していたように、タワー近辺の路上には常に人があちこちに集まっている。

14日未明に着の身着のままでタワーから逃げた住民は、滞在場所をあてがわれたものの生活がめちゃくくちゃになった。また、自分の家族や隣人、友人らの消息が分からない。物資も必要だ。そこで、物資を得たり情報を交換するために、そして人を見つけるために通りに出てゆく。

通りのあちこちに人が集まる
通りのあちこちに人が集まる

ところどころに、行方不明者の情報を求めるポスター、花束などが置かれている。 

行方不明者の情報を探すポスターや花束
行方不明者の情報を探すポスターや花束

住民のほかには慈善団体関係者、地元の宗教関係者、タワーには住んでいなくても知人、親戚、友人らがタワーにいてその行方を探すためにやってきた人々などが通りを歩いていた。

コミュニティ教会の建物の少し先には台が置かれ、食べ物や飲み物が並べられていた。

様々な人が行き来する通りの中で、完全に欠けている存在があった。それは、行政区の人である。中央で管理する人がおらず、すべてがボランティアで助け合っているだけなのである。

住民の怒りは沸騰点に達している。「600人」のタワー住民のリストさえ、行政区は出しておらず、一体誰がどこにいるのかもわからない。複数の病院に収容されている負傷者をチェックしたり、通りで貼り紙を出して情報を募ったりなど、一人一人が個別にやるしかない状況だ。

行政区があまりにも無責任だということで、責任者の名前を紙に書き、これを貼りだした人もいる。

行政区の責任者の名前と給与を記した紙が壁に貼られていた
行政区の責任者の名前と給与を記した紙が壁に貼られていた

「これは政治問題だ」

行政の担当者が不在の中、「住民自身が立ち上がるべき」と呼びかけていたのが、共産主義を広めようとするあるグループだ。

拡声器を片手に通りの一角に輪を作り、住民らが耳を傾けていた。何か言いたいことがある人は前に出て、拡声器で話す。

黒の上下のトレーナーを着た黒人女性が拡声器を持った。

「私はここに住んでいたわけじゃないけど、タワーのような高層住宅にいる。今日来てみて、タワーを見て、その巨大さに衝撃を受けた。自分もあのタワーにいたかもしれない、自分も火災にあったかもしれないかと思うと・・。」涙声になる。

「もうこんなことは許されない。何が起きたのか、独立調査会を一刻も早く立ち上げてもらいたい。貧困層がこんな風に扱われてはいけない」。

最後に背の高い若い男性が拡声器を持つ。

「火災を政治問題化している、という批判がある。しかし、この火災事件はまさに政治問題ではないのか」。

大きな拍手が起きる。

「火災があって、問題が起きたわけではない。もう何十年もこんな状態が続いてきた。貧困層の声が聞いてもらえない、政治に反映されないという状況があった。貧困層がロンドンから追い出されるという状況も。今こそ、この機運を止めることなく、政治を変えていこう」。

「これは政治問題だ」という青年
「これは政治問題だ」という青年
スピーチを聞く住民たち
スピーチを聞く住民たち

翌日のミーティングの予定を確認しあって集会が終わったが、あるイスラム教徒の男性が主催者に話しかける。バングラデシュ出身だという。かなり早口で巻きたてている。

「こんなことはもう、許されない。区の担当者は罰せられるべきだ」。声が大きくなる。隣にいた女性が「声を低くして!」となだめるが、さらに男性の声は大きくなる。「私の知ってる人があそこで死んだんだよ」

「あいつらは、こんなことが起きてもいいと思っている。イスラム教徒の住民が命を落とした。イスラム教徒を殺すためにやったんだ」

「政府が500万ポンド(約7億円)を生存者の支援のために出すって言うけど、死んだ人はどうなるんだ?行政区の責任者はあのビルの中の火で死んで欲しい。あんなひどいことが起きたんだから、仕返しをしてもいいんだ。神がそう言っている」。

あまりの強い言葉に、側にいた数人がその場を離れていく。

「神がそう言っている」というのも、誤解されてしまうような表現だ。特にここ3か月でイスラム系テロが3度発生した英国ではとてもではないが受け入られない、過激な表現だ。

しかし、もし自分の家族がタワーで亡くなったら、感情を抑えられるだろうか?とも思った。

タワーを見上げる住民

コミュニティ教会の壁は犠牲者の追悼用メモリーボードになっているが、筆者が前回訪れた15日の時点では1面だけであったのが、17日には周辺の壁一体に広がっていた。花束も山のようにあった。

追悼のメモリーボードを見る人々
追悼のメモリーボードを見る人々

通りのあちこちで、人々が列を作り、上を見上げる光景が目についた。

視線の先を見ると、黒く焦げたグレンフェル・タワーがあった。

グレンフェル・タワー(17日午後)
グレンフェル・タワー(17日午後)
タワーを見上げる人々
タワーを見上げる人々

この火災がこれまでの火災と違って特別に悲劇的な印象を与えるのはなぜか。

低所得者がこの高層ビルに入らざるを得なかったと言う事実がまずあるだろう。

また、真っ黒に焼けたタワーが眼前にあるからという点もある。未だ解決されていない、現在進行形の悲劇なのだ。

今現在、自分の家族、友人、隣人あるいは親戚などが中で横たわっている可能性がある。室内にいるのか階段で倒れているのかは分からない。消防職員が鋭意、作業中だ。全員の身元は分からないだろうと言われているが、例えどんな形にせよ、目の前にあるタワーの中にいるかもしれないのだ。

自分の最愛の人がいるとなれば、タワーをじっと見ずにはいられない。自分の勘違いで、すでにどこかに収容されていて意識を失っているだけかもしれない―その願いは捨てきれない。しかし、もしかしたら、あの中にいるかもしれない。だとすれば、せめてタワーをじっと見て、一刻も早く救出されることを祈るしかない。

この一瞬一瞬にも、中にまだ捕らわれている人がいる―その事実をタワーが見せる。タワーは犠牲者の象徴だ。

教会の先の一角から歌声が聞こえてきた。

何人かの住民たちが歌い、踊っていた。

一時でも胸がすくような、うきうきするような雰囲気が広がっていた。

歌い、踊る住民たち
歌い、踊る住民たち
ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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