日経会長、FTグループ買収後のメッセージとは 

4月13日のメディア会議。中央が日経の喜多会長。右はFTグループのリディング氏。

紹介が遅れていたが、4月12日と13日、経済専門紙「フィナンシャル・タイムズ」主催の会議「デジタル・メディア2016」がロンドンで開催された。ここにFTグループを所有する日本経済新聞社の会長兼CEO喜多恒雄氏が登壇した。

FTグループを買収するという報道が出たのは昨年7月末。11月末の買収処理完了後に、喜多氏が公の場で特に英語圏で買収劇について発言をするのはこれが初だ。同氏は買収価格を「高いとは思わない」とし、今後、FTとともに「コンテンツの価値を高めることに力を入れたい」と述べた。

喜多氏はFTグループのCEOジョン・リディング氏とともに、13日の最初のセッションに姿を見せた。司会は元FTジャーナリストで東京支局員でもあったジェームズ・ハーディング氏(現在はBBCのニュース部門のディレクター)。

ハーディング氏の紹介で演壇に立った喜多氏は買収の経緯について話した。

喜多氏はメディアの変化の速度はますます早くなっていると感じてきたという。「特に過去5年だ。5年のインパクトが1年になっているのではないか」。

こうした中で、メディア各社は「先を読んで戦略を立てる必要がある。伝統的なメディアと新しいメディアが入り乱れて、新しい市場を作ってゆく」時代にいる。

買収については、「みなさんを驚かせたのではないか」。喜多氏によれば、買収は必然だった。というのも、日経とFTはデジタル戦略やグローバル展開に力を入れているなど共通項がたくさんあるからだ。「日経とFTには優れたジャーナリズムを多くの人に届ける使命がある」。この使命を果たすためにパートナーシップを築くのが狙いだった。

「買収は短期間で行われたわけではなかった」

日経の前にFTグループを所有してきたのは英教育大手ピアソン社だった。同社と日経がFTグループ買収の合意に至るまでの時間が「あっという間だった」、「10分で決まった」などという報道が一部で出ていた。

喜多氏はこれを否定する。日経はピアソンと長い年月をかけて関係を築いてきた。信頼関係が培われてゆく中で、実際にピアソンにFTの買収の意思を伝えたのは2012年の12月だったという。買収合意までに少なくとも2年半以上の期間があった。

日経もFTも「質の高いジャーナリズムのメディア」である点が共通していると喜多氏はいう。「経験を積んだ記者を世界中に起き、事実を積み重ねて、多種多様な見方を提供する。そうすることで世界のビジネスや人々の生活に価値を生み出してゆく」。こうした「クオリティー・ジャーナリズム」の追求、そしてこれをより多くのひとに読んでもらうことが重要になる、と述べる。

この後、喜多氏は日経の説明に入る。英語圏の読者にとって、知りたかった情報である。

日経は日本にあるが、読者や企業はグローバルに仕事をしており、この点からメディア自体もグローバル化することが必要になったという。

日経がそのグローバル化で力を入れているのがアジア地域だ。日本を除くほかのアジア諸国の18の都市に支局を置いている。バンコクを総局とし、英語メディア「ニッケイ・アジアン・レビュー」を通じて、アジアの情報を世界に向けて発信している。

こうした情報発信の中核となっているのが「アジア300」。日経が選んだアジアの330社についての財務データなどを包括的に報道しているという。アジアの成長企業の実情の英文での発信をこれからも発展させるつもりだという。

「提携できるところとはどことも手を組む」

日経は成長戦略の軸にデジタル化を置いている。

日経の電子版の有料会員数は48万人弱。6年でここまでにした日経は(日本では)「唯一、電子版で成功した新聞」だと喜多氏はいう。

今後は「提携できるところとはどことも手を組んでいく」。具体例としてあげたのは情報を保存するアプリEvernoteとの協力体制だ。これを利用して文章を作成すると、日経の関連記事などが出るようになっているという。

日経から見ると、「FTは真にグローバルな視点で作られた、圧倒的な信頼感を持つ新聞」だ。デジタル化において世界で最も成功した新聞の1つ、ととらえているという。

日経とFTは互いの専門地域が補完関係にあるのも利点だ。日経はアジア、FTは欧米、といった具合である。成長戦略もデジタルでという意味で一致している。日経には140年の歴史があり、FTは約130年の歴史がある。日経+FTで、編集スタッフは2000人になり、紙版と電子版を合わせると「合計では400万部になる。世界で最も優れたビジネスジャーナリズムに一番近い」位置にいる、という。

日経は何を達成したいのか

喜多氏は買収の狙いとして「クオリティー・ジャーナリズムをできるだけ多くの人」に伝えたい、という。利益の極大化ではなく、コンテンツの価値を、ジャーナリズムの価値を高め、伝えたい、と。

そのためには「安定した経営基盤は前提」だ。短期的ではなく、長期的に成長への投資をしたいという。日経は非上場で、社員株主制度をとっており、これを生かしたい、という。

質問タイムとなった。

質問:買収価格をどう考えるか。

喜多氏は、価格については、「日経が10年後、20年後生き残るには、グローバル展開するしかない。日本では人口が減っている。必要だと思うものを手に入れる。高い安いではない」と答えている。

10年単位の長期的視点から考えていること、「必要だから買った」と言う部分に、筆者ははっとした。値段がどうだから・・ではないのである。

質問:報道のスタイルの違いについてはどうか。日本のジャーナリズムは記録を残すことに重点を置く、あるいはそれほど『権力に対して』挑戦的ではないと言われているがー。

喜多氏は報道のスタイルが違うと「よく言われる」ことを認めつつも、「欧米のメディアと(日本のメディアは)あまり変わらない」という。「実際に取材先とは常に緊張感を持っている。自分も(記者時代は)そうだったし。相手とは相当ハードにやり続けてきた。一般的に欧米で言われているのは違う。ここではっきりしておきたい」と述べている。

私自身は欧米と日本のジャーナリズムの違いを拙著『フィナンシャル・タイムズの実力』でも指摘していたので、ここもはっとした瞬間だ。

FTグループのリディングCEOは「日経にはダイナミックなジャーナリズム文化がある。FTと日経のジャーナリズムは変わらないと思う」と答えている。

質問:将来のビジネスジャーナリズムは、どうなる?

喜多氏は「コンテンツは変わらないが、いかに読者にとって役に立つように伝えらえるかという部分で変わっていくと思う」と答えている。

質問:若い人は経済ニュースへの関心が低いのではないか?

喜多氏は「以前より関心は低下しているが、企業に入ると、経済へのニーズを実感する。知ろうとする。そのニーズは高くなっていると思う」。

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喜多氏は冒頭のスピーチでは「編集権の独立」を宣言し、最後はデジタル化をFTに学びながら進めてゆくこと、そしてFTと日経とが協力することによって世界でも大きな位置を占める、質の高いビジネス・ジャーナリズムを提供してゆく決意を語った。