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欧州新聞ラウンドアップ -英大衆紙サンがサイト閲読を有料に、ドイツとグーグル

小林恭子ジャーナリスト
英サン紙の、有料購読をすすめる画面(ウェブサイトより)

英国の大衆紙最大手サンが、8月1日からサイト閲読に有料制を導入している。さっと画面を見たところでは、お金を払わないと1本もまともに記事が読めない方式だ。

サンを発行するニュースUK(旧ニュースインターナショナル社)は高級紙タイムズ、サンデー・タイムズも発行している。両紙がサイト閲読を有料化したのは2010年。サンの有料化はこの動きに沿ったものだ。

サンのウェブサイトに飛ぶと、最初の月は、「サン+(サン・プラス)」を1ポンド(約140円)で閲読できる、という説明が出ている。2ヶ月目以降は、週に2ポンドを払う。年間契約にすれば、10か月分で1年間、閲読できる。サン+の購読者になれば、携帯端末(タブレット、スマートフォン)でも読めるようになる。

英国では店頭で新聞を買う人が多いが、サンを小売店で買った場合、紙の新聞にサイト閲読用のコードがついてくる。これを入力して、サイト上で記事を読む仕組みだ。

サンは読者をひきつけるために、サッカーのプレミアリーグの試合をサイト上で見れるようにしているほか、ほかのサッカー試合の動画や生情報をどんどん出してゆくという。スポーツ好きに焦点を絞った戦略だ。

サンがプレミアリーグの動画を有料パッケージの中に組み込めるは、ニュースUKの親会社となる米ニュース社が英衛星放送BスカイBの株の一部を持っているためだ。BスカイBはプレミアリーグの試合の多くを独占生中継する権利を持つ。

タイムズやサンデー・タイムズがネット記事の閲読を完全有料化したとき、ユニークユーザーの90%が減少したといわれている。

ガーディアン紙に掲載された記事によれば、サンのデジタル・エディター、デレク・ブラウン氏は、サンの月間ユーザーは3200万人だったが、そのほとんどが「単に通り過ぎるだけ」の人たちだった。

アナリストは有料購読者が30万人を超えないと赤字になると予測している(上記ガーディアンの記事)。

電子版の有料化を率先して進めてきた英経済紙フィナンシャル・タイムズ(メーター制)は、現在までに、電子版購読者が紙版購読者数をしのぐようになっている。

一方、英国の高級紙最大手テレグラフ紙はウェブサイトを英国外から利用する際に、月に20本までは閲読無料、それ以上は毎月1・99ポンド(約300円)という課金制(メーター制)を昨年11月から導入してきたが、今春からこれを国内の読者にも適用している。

これで、ウェブサイトの閲読が過去記事も含めて完全無料なのは、英国の大手高級紙ではガーディアンとインディペンデントのみになった。

―増える有料制の導入

ウェブサイト上のニュース閲読に課金する新聞社は、英国を含む欧州各国、米国でも増えている。米国では300紙以上が導入中と言われている。

背景には新聞の発行部数の下落、インターネットでのニュース取得の常態化といったメディア環境の変化があるが、デジタル収入が紙媒体からの収入の落ち込みを挽回するほどには増えておらず、各国新聞界が本気で新たな収入源を模索している様子が見える。

スイスでは、独語日刊紙「ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング」が昨年、ウェブサイト閲読に有料制を導入し、今年3月にはそのライバル紙となる「タゲス・アンツァイガー」が有料制導入計画を発表。

ドイツでは地方紙「シュヴァーバッヒャー・タークブラット」が3月からサイト閲読に課金制を導入。国内で課金方式を採用する35番目の新聞となった。「もはや新聞を無料であげてしまうわけにはいかない」)(同紙編集長、ドイツ新聞発行者協会のウェブサイトより)。

ドイツの大手出版社アクセル・シュプリンガー社の全国紙「ウェルト」も昨年末から課金制を導入し、同社の大衆紙「ビルト」は6月から、無料と有料の記事を混在させる仕組みをスタートさせている。

BILDPlus Digital がウェブ、スマホ、タブレットでの閲読用で月に4・99ユーロ(約650円)、電子ペーパー版を含むのがBILDPlus Premium で、月に9.99ユーロ。いずれも、最初の月は99セントという低い価格が設定されている。

また、サッカーのブンデスリーグの試合ハイライトなどの視聴を含む特別なパッケージ(月に2・99ユーロ)も提供する予定だ。

当初無料であったサービス(=ネット版の記事閲読)を有料にする場合、いかに利用者に納得してもらえるかが鍵となる。

サンのプレミアリーグ動画の視聴が一つのやり方とすれば、発想の転換によるアプローチで成功したのが、フィンランドの大手出版社サノマ社の例だ。

同社はスカンジナビア諸国で最大の発行部数を持つ日刊紙「ヘルシンギン・サノマット」を発行する。ネット版閲読に課金制を導入したのは08年だ。

そのやり方は、ヘルシンギン・サノマットの紙版とネット版(パソコン、タブレット、携帯電話含む)の閲読をセットで提供する仕組みだ。

セットの購読は年間340ユーロ(約4万3000円)。紙版のみは304ユーロだが、少しこれに上乗せするだけで閲読機器を選ばずに読める、として利用者を説得する手法を取った。39万人の定期購読者の中で、3分の1が前者を選択し、新たな収入源の柱となっている。

一定のブランド力がないと課金制は失敗する。英国の地方紙発行元大手ジョンストン・プレスは思ったほどの購読者が集まらず、10年、課金制を撤回した。

単独ではネット版課金を維持できないと考える出版者が複数参加し、1つの課金プラットフォームを作っているのが、スロバキア出版界の最大手プティット・プレスの経営陣が2011年5月に発足させたピアノ・メディアだ。

利用者は週に小額を払い、参加している新聞社の記事をネット上ですべて閲読できる。現在までに、スロベニアやポーランドのメディアも参加するようになっている。

ネットのコンテンツをお金を払っても読みたいと思わせるような仕掛け作りで知恵を競う時代となったが、英国で無料閲読を維持している新聞の1つがガーディアンだ。

今後の方針について、アラン・ラスブリジャー編集長がGIGAOMから取材を受けている

編集長は、今後、サイト閲読を有料化するかどうかについて、「オープンだ」(決してしないとはいえない)と表明している。しかし、英国ではBBCをはじめとした放送メディアがニュースを無料で発信している。英語での情報もあふれるほどある。こうした多くのメディアが出す報道以上のものを、お金をとって提供できるのかどうかー?こういう点をガーディアンは考えなければならない、という。

結論として、今のところ、「無料で行く」方針に変わりはないようだ。

有料か無料かという二者択一ではなく、「良いジャーナリズムをどうやって発信するか」を第一に考えるという。また、中核となる読者は、おそらくお金を払ってでもガーディアンのウェブ記事を読んでくれるだろうが、「ガーディアンの記事は無料で出すべきだ」という思いが強いという。こうした読者の気持ちを汲んでいる面もあるという説明をした。

―グーグルニュースと戦うドイツ新聞界

以前に、グーグルニュースと戦うドイツの新聞社の動きを紹介した。

グーグルニュースが、自分たちがお金をかけて作ったコンテンツを無料で利用している、だから何らかの見返りが欲しい、というのがドイツ新聞界側の発想である。

今年3月、ドイツでは、新聞社などがネット上で出したニュースを検索サイトに掲載する場合、使用許諾や使用料の支払いを義務付ける改正著作権法が成立している。報道機関は、1年間、営利目的でニュース記事を公開する独占的権利を持つ。

8月1日以降、グーグルニュースに自社サイトのニュースを拾われたくない新聞社は、「オプト・アウト」(抜け出る)を申請することになっていた。

しかし、今朝、どうなっているかを見ると、ほとんどの新聞社が「オプト・イン」(選択する)を選んでいる(AP電)。

アクセルシュプリンガー社は1日、グーグルからニュースの使用料が支払われることを期待する、と表明しているという。

(新聞通信調査会「メディア展望」掲載の筆者記事から一部を追加してあります。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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