「取材対象が自殺したら、どうするか?」 オーストラリアの記者の声

「2Day FM」のDJたち(シドニー・モーニング・ヘラルドのサイトから)

 キャサリン妃がつわりで入院していたロンドンの病院の女性看護師が、7日、亡くなった。これが今、大きなニュースになっている。

 というのも、この女性(ジャシンサ・サルダナさん、46歳)は、4日、オーストラリアのラジオ局「2Day FM」のDJらによるいたずら電話を最初に受けた人物。キャサリン妃のいる病棟に取り次いだことで、同妃の容態にかかわる情報が外に漏れてしまったのだ。

 7日朝、通報を受けて警官がロンドンのウェイマス・ストリートの住所に行ったところ、サルダナさんが意識不明状態となっており、その場で息を引き取った。詳しい死因などは公表されていないが、ロンドン警視庁は「不審な点は認められなかった」としており、一部では、いたずら電話を取り次いだことを苦にした自殺説も出ている。

 8日朝時点で、サルダナさんがなぜ亡くなったのかは、不明だ。ただ、いたずら電話の一件で相当の恥ずかしさ、ショック、罪悪感などに悩まされていたと見るのは、自然だろう。ただし、繰り返すが、これが直接の引き金だったかどうかは、まだ分からない。病院側はサルダナさんに懲罰的な処分を下しておらず、英王室側も病院に苦情を出していないという。

 死因が不明でも、ラジオ局の親会社「サザン・クロス・オーステレオ」(SCA)側は動き出さざるを得ない。情報がネット上で急速に展開してゆくからだ。

 サルダナさんの死が報道されると、放送局のフェイスブックのページにはラジオ局やDJ2人への批判が殺到。キャサリン妃が住む英国のツイッター界ではDJ2人を局から追放するべきという声が相次いだ。2人のツイッターアカウントは、現在までに閉鎖されている。

 SCAは声明文を発表した。サルダナさんの訃報に「大きな悲しみ」を表明し、「ショック状態にある」DJ2人が、今後、「追って通知があるまでは」、局の番組には登場しないことを明らかにした。

―DJたちを守るべきという人も

 まず、事件の概要を振り返ると、いたずら電話事件が発生したのは4日午前5時半ごろ。エリザベス女王を装った「2Day FM」のDJメル・グレイグが「私の孫娘のケイトと話せるかしら」とエドワード7世病院に電話をかけた。この病院は王室が頻繁に利用している。

 同じ番組のDJマイケル・クリスチャンがチャールズ皇太子に成りすまし、グレイグとともに、病院側からキャサリン妃の容態を聞くことに成功した。

 当初、「2Day FM」側は、一連の電話の会話をウェブサイトで紹介するなど、「冗談がうまくいった」というスタンスであった。

 一部始終はこのアドレスに記録が残っている。

 しかし、サルダナさんの死、それも自殺である可能性が報じられると、事情が変わってきた。

 オーストラリアの公共放送ABCのウェブサイトなどによると、「2Day FM」の親会社SCAは、8日の時点で、この番組への広告をすべて停止する決定を行っている。停止措置は、少なくとも10日まで続く。マーケティング評論家アダム・フェレルによると、スポンサーからの非難を未然にかわすための措置だという。既に、一部のスポンサー、例えばオーストラリア最大の通信会社テルストラやスーパーのコールズが広告停止を宣言している。

 SCAの広報によると、局のフェイスブックから、「2Day FM」の表示も消す、という。「『2Day FM』によるいたずら電話の事件が悲劇的な結果に終わったことで、オーストリア国民が怒り、衝撃を受けていることを理解している」(広報)。

 8日、記者会見を開いたSCAの最高経営責任者(CEO)リース・ホレランは、「予想できなかった悲劇で、非常に悲しい思いをしている」と述べた。「今朝、DJ2人と話したが、2人とも大きな衝撃を受けている」、「2人は機械ではない、人間だ。私たち全員が(看護師の死に)影響を受けている」。

 記者団に放送は法律を違反していたのではないかと聞かれ、ホレランCEOは「どんな法律も破っていないと自信を持っている」と答えた。「ラジオの1手法として、いたずら電話は何十年も前から行われているー世界中で使われている」。

 オーストラリアのメディア通信監督局(ACMA)は声明文を発表し、今回のいたずら電話の一件を調査すると述べた。

 ABCによると、「2Day FM」は過去に、ACMAから放送内容について警告を受けたことがあるという。その一例は、14歳の少女にレイプされた体験を番組内で告白させ、地元コミュニティに怒りを引き起こした件だ。

 いたずら電話を行ったDJ2人に対する批判が、看護師サルダナさんの死後、殺到しているが、2人を弁護するオーストラリアの知識人も少なくない。

 うつ病や精神障害に苦しむ人を支援する豪非営利団体「ビヨンド・ブルー」の代表ジェフ・ケネット氏は、オーストラリア国民に対し、2人のDJを支えるよう呼びかける。「2人は人に危害を与えようと思ったわけではない」、「現在、2人には大きなプレッシャーがかかっている」。

 看護師の死は「大きな悲劇だが、大げさに考えすぎないことだ」。

 「いつかは2人は表に出てくる。そのとき、メディアは2人に余裕を与えるべきだ」、「このひどい2-3週間をしのぐためのプロとしての支援を与えるようにするべきだ」。

 豪テレビ局チャンネル9の司会者トレーシー・グリムショーは、DJ2人がソーシャルメディア上で怒りの対象となったことに触れ、「若いDJをいじめることで、看護師の悲劇的な死をさらに悪化させないで欲しい」。

 英国のメディア報道を非難する声もある。

 トラウマの分析を専門とする心理学者ポール・スティーブンソンは、単なるいたずらが英国のメディアによって扇情化されたと指摘する。「どうやってこの看護師が亡くなったのかまだ分からない」、「個人的悩みを抱えていたのかもしれない」。

 ある意味では、DJたちが「犠牲者」なのだ、という。「こんな結果を呼び起こすとは思っていなかったのに、責任を負わされている」。

 シドニー・モーニング・ヘラルド紙のジル・スターク記者は「取材相手が自殺するとき」と題する記事を書いている(8日付)。

 スタークの懸念はDJたちの健康状態だ。自分自身が、何年か前に、取材をした相手が自殺した経験があるのだ。その人物は人を癒す力があるふりをしながら、何人もの女性を性的餌食としていた。これを暴露した記事を書いたのがスターク記者。

 自分が記事を書いたから、その男性が自殺したとは必ずしも言えないが、もし記事が出ていなかったら、「まだ生きていたのではないか」と思うそうだ。「罪悪感はいまだに消えていない」。

 ジャーナリストやラジオのDJが誰かを取材するとき、相手にどんな背景があるのかをすべて知ることはできない。取材対象を守ることは取材をお願いする側の義務としても、「時として、どれほど善意でも、入念な事前チェックを行っていても、悲劇的な結末となることはある」と結んでいる。