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委員会の報告書が、いよいよ出た -超パワフルな英新聞界が法による規制の可能性に、徹底抗戦! その2

小林恭子ジャーナリスト
レベソン委員会の報告書について声明を出すキャメロン英首相(中央)、BBCサイト

大衆紙での大規模電話盗聴事件の発覚を機に、英国の新聞の文化、慣行、倫理について検証していた独立調査委員会(委員長の名を取って「レベソン委員会」)が、昨年秋からの調査を終えて、29日、報告書を発表した。

犯罪行為すれすれの取材手法や度を越したプライバシーの侵害報道を2度としないように、という意味をこめて、キャメロン英首相がこの委員会を昨年夏、設置したので、報告書には、「今後、どうするべきか?」の提言が入っている。具体的には、「どうやって、新聞界の行過ぎた報道を規制するか」である。

現在のところ、監督機関的な存在は、あえて言えば「報道苦情委員会」(PCC)だが、これは読者からの新聞報道についての苦情を受け付ける団体で、「規制、監督」的な機能はほとんどないといってよい。

そこで、レベソン委員会が提唱したのは、新聞の報道水準を上げるために、新たな自主規制機関を作ること。設置は法令に基づくこと、と。

法制化については、キャメロン首相は29日午後の議会討論で、懸念を表明している。

ここ数日、あるいは数ヶ月、「どのような規制監督組織があるべきか?」について、活発な議論が交わされそうだ。

報告書は全体で約2000ページの長いもの。概略だけでも50ページ近くとなった。

要点は:

新聞については

「英国の新聞界はほとんどの間、非常によく機能してきた」

しかし、電話盗聴事件やプライバシー侵害の報道が続いており、「新たな、厳しい監督組織が必要だ。ただし、これは法によって新聞界を規制することを意味しない」

「新聞報道についての苦情を処理するために、裁定所を作るべき」

「ネタを追う中で、一部の新聞は(守るべき)規定がまるでないかのように振舞ったことが何度もあった」

「これが罪がない人々の生活に損害を引き起こし、権利や自由が踏みにじられてきた」。

新聞界と政界の関係については

「過去30年間、すべての政党が新聞界と緊密すぎる関係を維持してきた。これは公益ではなかった」

新聞界と警察との癒着については

「一部の警察関係者に問題となるような行動が見られたものの、警察内で汚職が広がっているという証拠はなかった」

報告書の発表にあわせて、レベソン委員長は、午後1時半過ぎからロンドン市内でスピーチを行った。スピーチが終わり、集まった新聞関係者や委員会で証言を行った人々が会場から少しずつ出てきた。

報道被害にあった犠牲者らを代表する弁護士は、会場近くで報道陣に囲まれ、法律に裏打ちされた独立報道規制機関の設置を高く評価したものの、「そんな機関の設置は難しい」「新聞界は行動を起こさないだろう」という意見も複数見受けられた。

PCCの委員長で、PCCをベースにした新たな自主規制機関の立ち上げを提唱していたハント卿も否定的な見方をした一人。「法律で報道の自由を規制するのは、受け入れられない」。

「法律で報道の自由を規制する、とは委員長は言っていないが」とBBCの司会者に指摘されても、「PCCを基にした機関の設置がよい」と主張した。

発表後、議会ではキャメロン首相が報告書についての見解を表明。各議員による質疑応答が続いた。首相と大手政党の党首らは、1日前に報告書を受け取っているので、練った見解が出せるのである。

首相は「報告書の原理を支持する」としながらも、「新たな法律の立法化には反対」と述べた。「そんなことになったら、まるで『ルビコン川を渡った』ような、元に戻れない事態になる」と表明。この「ルビコン川」という表現は、規制を嫌う新聞業界が良く使う。政治家、法律、国家の権力など、もろもろの大きなパワーの干渉には、英国の新聞界は常に反対の立場を取る。

一方、与党保守党と連立政権を組む自由民主党党首ニック・クレッグ氏、野党・労働党のエド・ミリバンド党首は、法律に裏打ちされた規制監督機関の設置に前向きの姿勢を見せた。

連立政権の中で意見が割れてしまった。次回の総選挙は2015年だが、クレッグ氏とミリバンド氏が意見をともにしたことで、これを一種の政治危機と見る人もいる。

―犠牲者の胸のうち

メディア報道の中心は、「規制・監督機関がどうなるか?」だが、報道の犠牲者のことを忘れるわけにはいかないだろう。

BBCのメディア記者トーリン・ダグラス氏は、BBCサイトのブログの中で、報告書から伝わってくるのは、「新聞報道への強い手厳しさ」だと書く。

例えば、報告書は、新聞が「センセーショナルな報道をすることを最優先し、人にどんな悪影響があるかについては気にかけない」として、ダウラー夫妻やマッカン夫妻の例を挙げた。

補足説明をすれば、委員会設置のきっかけとなった電話盗聴事件は、大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(既に廃刊)で発生した。この新聞の記者がダウラー夫妻の少女ミリーちゃん(後に、誘拐、殺害されたことが分かった)の携帯電話の伝言を盗み聞いたことが分かっている。また、失踪した子供を持つマッカン夫妻の場合は、メディアに執拗に追われたばかりか、地元警察に犯人視された母親が苦しい心のうちを語った日記の内容を、本人が知らない間に紙面で暴露されてしまった。

レベソン委員長のニューズ・オブ・ザ・ワールド紙への批判は鋭かった。

「従業員がビジネスのために犯罪行為を働いたら、ほとんどの企業が驚愕するはずだ。ところが、ニューズ・オブ・ザ・ワールドはそうではなかった。警察が(後に逮捕される王室記者に)逮捕状を出したとき、同紙のスタッフが逮捕を阻もうとしたのである」。

倫理に反する行為に従事していたのは、この新聞だけではなかった。「あまりにも多くの新聞のあまりにも多くの記事が、あまりにも 多くの人から苦情の対象になってきた。そして、新聞の責任、あるいは巻き込まれた人への影響という点から、ほとんど何も行われなかったのである」-。

ダウラー夫妻の弁護士マーク・ルイス氏は、民放チャンネル4の取材で、「キャメロン首相が、法律を規定して、新聞界を規制する組織を立ち上げる提案をそのままは支持しないといったので、がっかりした」と述べている。

―公益とは?

さて、果たして新聞界はどんな動きを見せるだろうか?明日の新聞が楽しみになってきたが、注意したいのは、言葉の魔術だ。

例えば、「公益」という言葉である。「公にとって良いこと」を普通は指す。少々手荒な手段を使っても、公益のために真実を探り当てるー。これは良いことであるに違いない。

しかし、大衆紙のいいわけ的な常套句に、「たくさんの人が新聞を買っている=公益がある」とする解釈がある。「読者が関心があること=公益があること」という論理だ。すると、どんなに破廉恥なゴシップ記事でも、新聞が売れている、「読者が買ってくれている」、だから、「公益があるのだ」というわけである。詭弁?確かにそうであるが、まじめな顔でそういう記者や経営陣が結構いる。

「新聞に法的規制を課したら、英国は言論の自由がない国になってしまうージンバブエのように」。これも詭弁ではないだろうか。簡単に、一斉に口を閉じてしまうような新聞業界ではないのだから。

先にも書いたが、今後の議論の最大の焦点は、新聞の規制監督をどうするか?

レベソン委員長は、「新聞業界がよく話し合って、業界から独立した規制・監督機関を作って欲しい」、これまでのような「報道の犠牲者が出ないように」とスピーチで述べていた。ただ、こういう機関の設置には「法的根拠があるべき」という立場。

これを新聞業界は、「法律によって、新聞の報道の自由が大きく規制される、ルビコン川を渡るようなものだ」と主張しながら、強く抵抗する可能性がある。(実際に、28日昼のBBCラジオの番組で、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を発行していたニューズ・インターナショナル社のCEOがそう話していたのである。)

経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)のライオネル・バーバー編集長も、「報告書で新聞業界の醜さが出た、衝撃を受けた」とFTサイトの動画で語っているが、「法的規制の介入には懸念がある」と話している。

ー外国はどう見たか?

報告書が出る前日の28日、BBCラジオの「メディア・ショー」が、在英外国メディアにレベソン委員会や法的規制について聞いている。外国メディア協会の会長は「報道の自由がある英国で、新聞の報道に法的規制がかかるようにもしなれば、大きな衝撃となる」、「世界には報道の自由があまりない国がたくさんある。英国の例を見て、早速、報道規制を強めようという国が出てくるだろう」と述べた。

民放チャンネル4のニュース番組に、29日、出演したのが米国のジャーナリスト、カール・バーンスタイン。ニクソン元米大統領失脚につながる報道を行った、元「ワシントン・ポスト」紙の記者だ。

「報道に法的規制をかけるなんて、大間違いだ」という。

英国の新聞では「盗聴行為など、犯罪行為が行われていた。どうして逮捕し、罰しなかったのか?報道の自由を守るには、刑法をちゃんと行使して、違法行為を取り締まることさ」。

ーインターネットはどうする?

新聞報道を検証したレベソン委員会の存在自体に古めかしさを指摘した人もいる。ガーディアンの元編集者の一人で、今は米国で教える、エミリー・ベルだ。レベソン委員会は「もう関係ない」というわけだ。

インターネットで情報を収拾することが普通になった今、紙の新聞のあり方を云々すること自体が古いし、第一、どんなに新聞報道を規制しても、ネット界ではさまざまな情報が出てしまうのだ、と。

確かに、英国の新聞業界の最大の敵は、紙の発行部数がどんどんと減っていることだ。その代わり、ウェブサイトの利用者はぐんぐん伸びてはいるのだがー。

私自身は「いまやネットの時代なんだから、紙の新聞報道の規制云々を考えること自体がナンセンス」とは、まったく思わない。

確かにネットオンリーの言論が無数にあるけれども、新聞が発信するネット情報も膨大だ。紙の新聞を手にする人はまだ多いし、市民が報道の犠牲になる場合、ネットが情報元である場合よりも、紙の新聞がそうであった場合が、圧倒的だ。

放送局がニュース番組を作るとき、参考にするのは新聞報道。新聞の調査報道は健在だし、スクープも多発している。言論全体で、「新聞自体が関係ない存在」には、まだなっていないのが現状だ。

数百万あるいは数千万規模の人の目に毎日触れる言論について、そのあり方をしっかりと考えてみることには意味があるように思う。

それでも、主として紙の世界でルールを課しても、ネットには出てしまう・・というのも事実だ。

最近、英国では、ツイッター上で名誉毀損があったとして訴える人が目立つ。勝訴して賠償金を得る人も。ネット上での情報発信は、意外と発信者が判別しやすい。今後、人を傷つけるようなネット情報をどうするかに、ますます、関心が向くようになるだろう。

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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