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話題作『TENET テネット』で強烈な印象を残す身長191センチのヒロインの正体は?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
エリザベス・デビッキ、パリ生まれの今年30歳(写真:REX/アフロ)

彼女は人肌の温もりを感じさせる観客に最も近い存在

 公開が徐々に迫って来た話題作『TENET テネット』。これまでも、時系列の逆回転(『メメント』(00))や、夢の中への潜入(『インセプション』(10))など、常に映像表現の限界を超えて来たクリストファー・ノーランの最新作は、さらに、その先へと僕たちを連れて行ってくれる。ノーランが新たにチャレンジした時間の進行にまつわるコンセプチュアルな作品の中で、ともすると概念とその解釈に気を取られがちな観客の心を、人肌の温もりに引き戻してくれるのが俳優たちの存在だ。特に、かつてない困難かつ斬新なミッションを遂行するジョン・デイビッド・ワシントン演じる主人公と、彼が対峙するケネス・ブラナー扮する謎のヴィラン、セイターとそれぞれ深く関わるセイターの妻、キャットを演じるエリザベス・デビッキの存在感が抜きん出ている。言ってみれば、キャットは登場人物の中で最も感情に左右される、観客に一番近い人物であり、ドラマ部分の請負人とも言い換えられる存在だ。

 何しろ、登場シーンから目を奪われる。身長191センチ(公には6フィート3インチとなっているからセンチに換算するとそうなる)の体に、ハイウエストのジャケット・スーツを纏い、ヒールを履いて立つと、見た目は9頭身を超える。この圧巻のビジュアルは新しい空間演出を目指したノーランの狙いに、見事にマッチしているのだ。では、エリザベス・デビッキはどのようにして神から与えられた究極の肉体を武器に、コロナ禍に於ける映画の未来を左右する作品のヒロイン役に辿り着いたのか?ここではその異色とも言えるキャリアを紐解いてみたいと思う。

『華麗なるギャツビー』で監督のバズ・ラーマンが彼女に言ったこと

 デビッキは1990年8月24日生まれの今年30歳。ポーランド人の父親とオーストラリア人の母親を持ち、パリで生まれ、その後、メルボルンに移り住み、バレリーナを目指した後、女優デビューすることになる。長編デビュー作『A Few Best Men』(11/オーストラリア)は結婚式に出席した介添人がトラブルに巻き込まれるロマンティック・コメディで、デビッキに与えられたのは秘書役。出演時間は短かったがそこでチャンスが待っていた。彼女のオーディション映像を見た監督のバズ・ラーマンが、『華麗なるギャツビー』(13)の中で、キャリー・マリガン演じるデイジーがトビー・マグワイア扮するニックに紹介するプロゴルファー、ジョーダン・ベイカー役を探していて、デビッキに興味を持ったのだ。早速、ロサンゼルスで行われたマグワイアとのスクリーン・テストに臨んだデビッキは、監督の期待通り役を手に入れる。そして、黒いショートヘアと肩のラインが露出した黒のベアショルダー・ドレスでパーティを圧倒し、親切で気高いベイカーを好演して強烈な印象を残した彼女は、それを機に、一気に女優として花開くことになる。

 ベイカー役でかつてケイト・ブランシェットやニコール・キッドマンが受賞しているオーストラリア・アカデミー賞(AACTA)の助演女優賞を受賞し、オーストラリア版”VOGUE”でも特集されたデビッキ。2015年にはガイ・リッチー監督の『コードネーム U.N.C.L.E.』で核兵器の大量生産を目論む実業家の妻を、『エベレスト 3D』では登山隊に同行する意思を演じ、2017年には『ガーディアン・オブ・ギャラクシー:リミックス』でゾヴリンの女王、アイーシャを演じるなど、ハリウッドメジャー作品で個性的な脇役を次々と手にしていく。中でも、俳優のサイモン・ベイカーが監督デビューを果たしたサーフィンをテーマにした青春映画の傑作『ブレス あの波の向こうへ』(17)で演じた、主人公の少年にセックスの快感を教える謎めいた元アスリート役は、マイナーだが『TENET テネット』以前の出演作の中でベストワークと言える役作りだ。

 そんなデビッキの今があるのは、『華麗なるギャツビー』で彼女をキャスティングしたバズ・ラーマンの一言のおかげだという。少女時代から17歳まで学んだコンテンポラリー・ダンスを、高身長を理由に断念したり、10代は周囲から目立たないためにわざと腰を曲げて立っていたというデビッキに対して、ラーマンは「自分のありのままを受け入れるべきだ」とアドバイスしてくれたのだ。「それはまさに私にとっての祝福だった」と振り返るデビッキは、以来、事実と向き合う勇気を手に入れる。「だって、そのことについて私ができることは何もないから」とは本人の弁である。彼女が到達したある種の達観は、俳優のみならず、すべての人々に自らのルックスと向き合うための所作を教えてくれているような気がする。

雑誌"Vanity Fair"のハリウッド特集でデビッキと共に表紙を飾った豪華な面々

 昨年1月に発売された雑誌”Vanity Fair”の名物企画で、毎シーズン、ハリウッド映画の注目の俳優たちが表紙を飾る”Hollywood Cover Shot”で、デビッキは並居る注目のタレントたちと一緒に表紙に収まった。因みに、その他のメンツは、ニコラス・ホルトラミ・マレックシアーシャ・ローナン、『メン・イン・ブラック:インターナショナル』(17)のテッサ・トンプソン、『クレイジー・リッチ!』(18)のヘンリー・ゴールディング、『ROMA/ローマ』のヤリッツァ・アパリシオレジーナ・キングティモシー・シャラメ、『TENET テネット』で共演しているジョン・デイビッド・ワシントン、そして、先日、43歳で急逝したチャドウィック・ボーズマンだ。

今後の注目は「ザ・クラウン」で演じるダイアナ妃

 デビッキの待機作は、前作に続いてボイスキャストを務める『ピーターラビット2/バーナバスの誘惑』(21)と、Netflixの人気ドラマ『ザ・クラウン』(16~)。来年から配信が始まるシーズン5と6で、デビッキは故ダイアナ妃を演じることが決まっている。配信を控えるシーズン4でダイアナを演じたエマ・コリンから引き継ぐ形だ。やはり178センチと高身長でファッションアイコンでもあったダイアナ役はデビッキにはピッタリだが、何よりも、自分の肉体を熟知した上でコントロールし、歩き方と佇まいでその人物の性格や内面までも表現してしまう才能は、彼女ならでは。それは『TENET テネット』でも実感できるはずだ。

『TENET テネット』

9月18日(金) 全国公開

公式ホームページ

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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