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新型コロナウイルスの影響を被った2020年上半期を代表する秀作映画をピックアップ

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『バッド・エデュケーション』

 パンデミックによって映画の興行も大幅な変更と修正を余儀なくされた2020年も、あと少しで半分が過ぎようとしている。そこで、運よく新型コロナウイルスの感染拡大以前に劇場公開されるか、配信中の作品の中から、幾つかの主要メディアが”SO FAR(これまでのところ)”と断った上でベストに推している作品を列記してみたい。これらがすでに延期が決定している来るべきアワードシーズンを牽引する可能性は高い。

波に乗るスパイク・リーのベトナム戦争映画がやはり高評価

『ザ・ファイブ・ブラッズ』
『ザ・ファイブ・ブラッズ』

 まず、今年も話題をリードしているのはNetflixだ。”Vanity Fair”と” Harper’s BAZAAR”がベストの1作に挙げ、今は亡き映画評論家、ロジャー・エバートが厳選した目利きの評論家たちがレビューを共有する”Roger Ebert.com”が最高の4つ星を付けているのは『ザ・ファイブ・ブラッズ』(6月12より配信中)。スパイク・リーがベトナム戦争に数多く従軍していたにも拘らず、これまでほとんど描かれることがなかった黒人兵士たちにスポットを当てた作品だ。かつて共に戦ったベトナムに置き忘れた物を取りに来た4人の元兵士たちのロードが、過去と現在を行き来するうちに、やがて、劇的な幕切れへと雪崩れ込む。先が読めないスリリングな展開は秀逸だし、時間軸の変化をアスペクト比の使い分けで表現する演出も明確な効果を発揮している。フランシス・フォード・コッポラの『地獄の黙示録』(79)に捧げたオマージュも見どころの1つだが、何よりも、歴史のページから削除された黒人兵士たちの鬱屈を、反人種差別運動”Black Lives Matter”に繋げたタイミングこそが本作の肝。元兵士の1人を演じるデルロイ・リンドーの絶望的な演技も特筆に値するものだ。

同じNetflixが送り出した珠玉の青春映画がSNSで話題沸騰

『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』
『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』

 同じくNetflixの青春ラブロマンス『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』(5月1日より配信中)をベストの1本に推しているのは、”TIME”、”New York Times”の2大老舗媒体だ。監督デビュー作『素顔の私を見つめて…』(06)が第15回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭で上映され、好評を博したアリス・ウーが15年ぶりにメガホンをとった本作。アメリカの田舎町にある高校に通う中国系の女子高生が、アメフト部の選手からラブレターの代筆を頼まれるのだが、相手はなんと彼女が密かに思いを寄せている美少女だったという痛い設定から物語が微妙に捻れていく。ウー監督の演出は洗練されていて、繊細かつユーモラスで、新しい青春映画を探し求めているファンにはまさにうってつけ。手紙とスマホという新旧のツールを使ったアイディアも新鮮で、配信が開始されるや否や、SNSを中心に熱烈に支持する声が上がった作品だ。今年のスリーパーはもしかしてこれかもしれない。

ヒュー・ジャックマンが横領事件の容疑者を演じる『バッド・エデュケーション』

ジャックマンvsジャネイの演技対決も見もの
ジャックマンvsジャネイの演技対決も見もの

 HBO FILMS (C)製作の『バッド・エデュケーション』(BS10 スターチャンネルで6月26日夜9時~放送/Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX-DRAMA & CLASSICS」にて配信中)の評判も高い。2020年に学生新聞がすっぱ抜いた教育長による巨額横領事件の顛末を描いたダークコメディで、教育長を演じるヒュー・ジャックマンと、その同僚を演じるオスカー女優、アリソン・ジャネイの演技対決に注目が集まっている。今回が初共演の2人が醸し出す抜群のケミストリーもさることながら、総額1120万ドルが着服されたこの事件をいち早く報じたのが学生新聞部だったところが皮肉で、彼らのプロ顔負けの裏どりには舌を巻く。新聞部の当事者だったマイク・マコウスキーが手掛けた臨場感溢れる脚本も見事で、ここ数年続いたジャーナリズム考察映画の流れを汲む1作と言えそうだ。

『Emma.』『First Cow』と劇場公開された秀作も

 一方、今春劇場公開を目指していた作品の多くは主要都市のロックダウンによって秋以降に延期されたが、『Emma.』のように今年2月のバレンタインデーに合わせて英米で劇場公開された後、劇場閉鎖を受けて翌3月からはデジタルリリースされたケースもある(日本公開は未定)。ジェーン・オースティンの同名小説の映画化ではグウィネス・パルトロウ主演の『Emma エマ』がお馴染みだが、今回、話題の新星、アニヤ・テイラー=ジョイ扮するヒロインは恋のキューピッド役としてブラッシュアップされていて、特に、名優ビル・ナイ演じる父親との関係が爆笑を誘う。洗練された衣装とセクシーなダンスシーンも見どころで、ベストセラーを基にしたリメイクとしては上出来の仕上がりだ。”TIME”が2020年上半期のTOPに挙げている。

 同じ”TIME”が上位に選んでいるのが、ここ数年賞レースに数多くの秀作を送り込んでいる独立系プロ”A24”の『First Cow』(全米では3月6日から限定公開)だ。昨年のテルライド映画祭でお披露目され、明けて今年のベルリン映画祭で栄えある金獅子賞に輝いた、まさに2020年上半期を代表する作品だ。ジョナサン・レイモンドの原作「The Half Life」を基に、19世紀のアメリカ、オレゴン州を旅する料理人が毛皮ハンター集団と出会い、やがて、1人の中国移民と協力して裕福な地主が所有する乳牛を使って密かなビジネスを展開する。古き良きアメリカを背景に、男たちが人種を超えた友情で繋がっていく物語には独特のサスペンスと情緒があり、監督のケリー・ライカートの手腕も高く評価されている。同作は批評集積サイト”ロッテントマト”でも96%の高評価を獲得している。同じく”ロッテントマト”で満点の100%を取っているのがドキュメンタリー『On the Record』(今年1月に全米で限定公開後、5月からデジタルリリース)だ。ヒップホップ界の名門、デフ・ジャムの創始者、ラッセル・シモンズによる性的虐待疑惑を、被害者である20人以上の女性たちのインタビューで構成した作品は、# Me Too運動の一環として市場に放たれ、大きな反響を読んでいる。製作総指揮を務めるのはオプラ・ウィンフリーだ。

今年上半期を代表するハリウッド・メジャーは『透明人間』

『透明人間』
『透明人間』

 ハリウッド・メジャーで今年上半期を代表するのは、ユニバーサルの『透明人間』だ。全米では2月28日に公開され、日本では当初5月1日に公開予定だったが新型コロナウイルスの影響により延期され、いよいよ7月10日の公開が決定した。かつて幾度となく映画化された物語を、『アス』(19)等で知られるジェイソン・ブラムが製作し、ブラム製作の『アップグレード』(19)や『アクアマン』(19)で知られるオーストラリア人、リー・ワネルが監督した最新作は、冒頭から異様な退廃感を漂わせる。何よりも、透明人間の描写が画期的で、観客を画面に集中させる演出力は半端ない。見えない何かに翻弄されるエリザベス・モスの献身的な演技も見もので、”Rolling Stone”誌を始め、今回参考にした多くの媒体が上半期の上位に選んでいる。

 以上は、緊急事態の下で人々の目に触れた秀作の一部に過ぎない。これから訪れる2020下半期も映画にとっては予断を許さない状況だが、あまり悲観することはない。映画ファンにとって、これほど劇場の大画面で映画を見ることの素晴らしさを実感させるシーズンはかつてなかったからだ。そして、見たい映画はストリーミングで見られるのだ。果たして、来年4月25日のオスカーナイトにはどんな作品が並ぶのだろう!?

HBO FILM(C) 『バッド・エデュケーション』

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『ザ・ファイブ・ブラッズ』『ハーフ・オブ・イット 面白いのはこれから』Netflixで配信中

『透明人間』7月10日(金)公開

(C) 2020 Universal Pictures

配給:東宝東和

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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