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ティモシー・シャラメが案内する雨のニューヨークの楽しみ方

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、ニューヨークでは3月以降、小売店が閉鎖された状態にある。市の経済活動もすべて停止していて、有名ブランド店が立ち並ぶソーホーでは、ほとんどの店のガレージか閉じられたままだ。さらに、ここ数日はミネソタ州で黒人男性が拘束時に受けた暴力によって死亡した事件を機に、全米各地に広がった抗議デモにより、マンハッタンでは略奪が横行している。シャネルが襲われ、H&Mなどの店のガラスが叩き割られ、服が剥ぎ取られたマネキンが路上に転がっているという。これらの痛ましいニュースは、かつてコロナ以前にニューヨークを訪れた人々の旅の記憶を否が応でも呼び覚まし、同時に、現状、そして将来的にもニューヨーク再訪が容易ではないと感じさせる。ローマやパリやロンドンも同じことだ。

 そこで、在りし日のニューヨークへ旅してみたいと考えている人のために、絶好の映画がこの夏公開される。案内人は生粋のニューヨーカーで街を隅々まで熟知しているウディ・アレン。彼にとって50本目の監督作であり、原題にニューヨークが初めて使われた長編映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19)だ。不思議に思うかもしれないが、かつてニューヨークを舞台にしたアレン作品では、マンハッタンが2回(『マンハッタン』(79)と『マンハッタン殺人ミステリー』(93))、ブロードウェイが2回(『ブロードウェイのダニー・ローズ』(84)と『ブロードウェイと銃弾』(94))使われているが、ずばりニューヨークはこれが初めて。それだけに、映画には彼のニューヨーク愛がぎっしり詰まっている。そこがまた、今見るのには最適なのだ。

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ブルジョワ大学生が彼女のためにNYツアーをデザインするが

 物語はこうだ。アメリカ東部ペンシルベニアのヤードレー大学に通うブルジョワ大学生のギャツビー(ティモシー・シャラメ)は、キャンパスで知り合った恋人で同じく富豪の娘、アシュレー(エル・ファニング)に付き添って、故郷のニューヨークを訪れることになる。アシュレーが学校の課題で著名な映画監督にニューヨークでインタビューすることになったためだが、ギャツビーはニューヨーク初体験のアシュレーのために、超豪華な、とはいえ、彼にとっては普通のニューヨーク旅行を企画する。アッパー・イーストサイドにある5つ星ホテル、ピエールのパークビュー・ルームにステイして、父親のコネで人気ミュージカル『ハミルトン』のチケットを2枚取ってもらい、近代美術館MOMAの写真展にもできれば足を運び、夜はセレブ御用達のホテル、カーライルにあるベメルマンズ・バーで一杯、というのがギャツビーの計画だった。

 しかし、計画は大幅に狂う。アシュレーは取材相手の監督に一瞬にして気に入られ、その流れで訪れたクイーンズにあるカウフマン・アストリア・スタジオで出会った人気スターに夢中になってしまう。一方、アシュレーから立て続けにドタキャンを喰らったギャツビーは、旧友が撮影する学生映画にエキストラ出演することになり、そこで共演した元カノの妹、チャン(セレーナ・ゴメス)といい感じになる。このあたり、そもそも中に抱え込んでいた矛盾と欲望が、偶然の連続によって表面化していく人間の可笑しさを描き続けるウディ・アレンならではのタッチだ。

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 前記の人気スポット以外にも、劇中にはニューヨークのランドマークが随所に登場する。アシュレーとなかなか連絡が取れないギャツビーが足早に通り過ぎるのは、今年4月、新型コロナの影響もあって民事再生法の適応を受けた高級デリ、ディーン&デルーカのソーホー本店の前だ。ギャツビーとチャンがデートするのはメトロポリタン美術館のエジプシャン展示室だし、ギャツビーとアシュレーはセントラルパーク周辺を走る馬車に相乗りし、セントラルパーク動物園にある時計台、デラコート・クロックが重要なシーンで印象的に使われる。すべてが、ニューヨーカー、またはニューヨーク通の旅人にとってはお馴染みの場所ばかりだ。また、ギャツビーがアシュレーに教える、アーティストたちがソーホーからトライベッカを経て、今はブルックリンに拠点を移したという情報もベタすぎる。

外は雨でも中は暖かい名カメラマンの匠の技

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 しかし、ウディ・アレンは一つだけ新しいニューヨークを本作で提案している。タイトルにもある通り、映画が始まって約20分が過ぎて以降、マンハッタンは常に雨降りと曇天の連続なのだ。こんなに雨が降るアレン映画、またはニューヨーク映画を見たことがない。おかげで、お馴染みのスカイラインは勿論、高層ビルの間から見える青空は最後まで望めない。でもその分、ギャツビーが雨に濡れた体を温めるホテルやバーの明かりが、人物や背景をオレンジ色に照らして、観客の心も温めてくれる。カメラマンはアレンとは過去に『カフェ・ソサエティ』(16)や『女と男の観覧車』(17)で組んだことがある名手、ヴィットリオ・ストラーロ。『地獄の黙示録』(79)『レッズ』(81)『ラストエンペラー』(87)で計3度アカデミー撮影賞に輝いているストラーロの光の取り入れ方が、これほど物語に貢献した例は最近なかったと思う。

"雨のち晴れ"を願う監督の思いが溢れる

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 常時降り続ける雨や、曇天の空の下に、生まれ育った故郷ニューヨークの誰もが知る姿を描いて、いつか訪れる快晴を待つウディ・アレン。監督としてのその姿勢は、偶然にも、パンデミックや抗議デモでボロボロになったニューヨークに、微かな希望の光を灯している。映画が製作されたのは2018年のことだ。

 アイビーリーガーらしいラルフ・ローレンのヘリンボン・ジャケットを羽織り、透明のビニール傘をさして肩をすぼめて通りを歩くディモシー・シャラメのノーズラインは相変わらず美しいし、ちょっと田舎っぽいセーターとミニにバッグをタスキかげにしているエル・ファニングは、勿論可愛い。でも、本作のベスト・パフォーマーはチャンを演じるセレーナ・ゴメスだ。堂々として迫力がある態度でギャツビーを圧倒するその演技は、スカーレット・ヨハンソンに続くアレン映画のミューズになる可能性大だと思う。

セレーナ・ゴメスは新ミューズか?
セレーナ・ゴメスは新ミューズか?

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』

7月3日(金)より全国公開

(C) 2019 Gravier Productions,Inc.

Photography by Jessica Miglio (C) 2019 Gravier Productions,Inc.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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