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主役は『パラサイト』で、ファッションはメッセージだった今年のアカデミー賞授賞式

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
(写真:ロイター/アフロ)

チケットセールスは前週比443%。巻き起こる『パラサイト』旋風

 2月10日(日本時間)のアカデミー賞授賞式以来、世界で、また日本で『パラサイト 半地下の家族』旋風が吹き荒れている。まず、アメリカでの興収が3500万ドルに達し、世界興収も1億3500万ドルに到達。チケットセールスは2月10日を境に前週比443%を記録したという。そして、日本でも累計動員が113万人を突破し、間もなく興収16億円に達する模様で、今週末には上映館が約55館増えて245スクリーンになり、日本に於ける韓国映画の興収記録(『私の頭の中の消しゴム』が打ち立てた30億円)を塗り替える可能性も出てきた。TVではソウルの半地下住宅が頻繁に取り上げられ、劇中に登場するジャージャーラーメンが話題になっていることはご存知だろう。ポン・ジュノ人気も一気にヒートアップしていて、彼の最高傑作と言われている『殺人の追想』(03)や、『グエムル-漢江の怪物』(03)、『スノーピアサー』(13)、『オクジャ/okja』(17)のDVDレンタル数が軒並み150~200%に跳ね上がっているとか。ポン・ジュノ作品はどれも上質なので、これを機にその魅力が再評価されるのは必至だ。

 また、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『チェルノブイリ』等で知られるアメリカのケーブルテレビ局、HBOが『パラサイト~』を1シーズン限定のリミテッド・シリーズとしてドラマ化することが決まっていて、製作総指揮をポン・ジュノと『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)や『バイス』(18)でオスカー候補に名を連ねたアダム・マッケイが務めることが噂されている。つい最近、今年の授賞式でプレゼンターを務めたマーク・ラファロが出演交渉に入ったことが報じられた。まだしばらくの間は、『パラサイト~』が芸能ニュースのトップに上る日が続きそうだ。

レッドカーペットの主役はシンシア・エリヴォかマーゴット・ロビーか

 つまり、今年のオスカーは授賞式当夜もその後も、結局のところ、『パラサイト~』がぶっちぎりの主役なのだ。その分、いつも話題に上がるオスカー・ファッションの影が薄くなってしまった感がある。それでも、各メディアはお約束の”ベストドレッサー”をリストアップしている。概ね好評だったのは、ショートのカーリーへアをシルバーに染め上げ、それにマッチしたジュエリーとヴァレンチノ・クチュールのワンショルダー・ドレスでレッドカーペットに登場したシンシア・エリヴォ、今年もシャネルのヴィンテージ・ドレスを上手に着こなしていたマーゴット・ロビー、同じくシャネルが1995年に発表した黒のフレア・ドレスにインスパイアされた逸品で登壇したペネロペ・クルスあたり。逆に、いつも斬新なアイテムを持ち込んでメンズ・フォーマルの概念を打ち破ってきたティモシー・シャラメがチョイスした、プラダのジャケットスーツは見た目がカジュアル過ぎたし、同じく、ジェンダーフリーの象徴であるビリー・ポーターが選んだジャイルズ・ディーコンによるゴールドのトップとプリントのスカートは、ここ数年のポーターの中では不発だったと言える。ファッションはセンセーショナルだと飽きられるのも早いのだ。

ホアキンたちがチョイスしたサステイナブル(持続可能)

 注目すべきは、何人かのセレブがファッションにモードを超えてメッセージを託していたことだろう。まず、ナタリー・ポートマンは過去1年間に映画を監督した女性監督たちの名前、つまり、『ハスラーズ』のローリーン・スカファリア、『フェアウェル』のルル・ワン、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』のグレダ・ガーウィグ等の名前を、ディオールの黒いガウンの上に刺繍。今年のオスカーが女性軽視だったことに服で抗議した。また、『アイリッシュマン』で衣装デザイン候補だったサンディ・パウエルは、白いジャケット・スーツの上にセレブたちからサインしてもらい、それを競売にかけて、収益金を1994年に亡くなった芸術家でLGBT活動家でもあったデレク・ジャーマンの家を救う資金に充てることを明言。一方、ポン・ジュノに監督賞を授けたスパイク・リーは、グッチのパイピング・ジャケットの襟元と背中に、”24”のワッペンを付けて登壇。それは、先月の26日、ヘリコプター事故でこの世を去ったバスケット・プレーヤー、コービー・ブライアントの背番号であり、スーツの紫色はブライアントが属していたロサンゼルス・レイカーズのチームカラーである。

 そんな中、最もメッセージ性が強かったのは、予想通り『ジョーカー』で悲願の主演男優賞に輝いたホアキン・フェニックス等、数人があえて選んだ着回しの服だったのではないだろうか。ホアキンが着ていたステラ・マッカートニーのタキシードは、彼がアワードシーズンを通して着続けてきた馴染みの服。同じく、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ~』で主演女優賞候補だったシアーシャ・ローナンが着ていたグッチのトップ部分は、前週のBAFTA(英国アカデミー賞)で着た黒のドレスの切れ端から作った物だった。彼らは世界が今重視しているサステイナブル(持続可能)を服でアピールしたのであり、その発想はどんなトレンドより新しかったと思う。

『パラサイト~』の偉業がファッションにまで伝播した今年のオスカーナイト。最後に一言。ポン・ジュノが久々に母国韓国に戻り、彼の個人的なクリエイティビティが映画界の頂点を制覇した今、”ハリウッド進出”とか、”世界の”とか、”国際派”とか、狭い視点でショービズ界を言い表す表現は、一瞬にして死語になったと思う。問題山積だが、少なくても目の前にはボーダレスな荒野が広がったのだから。

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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