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被災地へのエールが聞こえる。WOWOW初の単独配給映画『劇場版 そして、生きる』の味わい方

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 2008年からWOWOWで放送をスタートして以来、日本放送連盟賞ほかに輝いた『空飛ぶタイヤ』(09)、ATP賞受賞作『下町ロケット』(11)、東京ドラマアウォードに輝いた『贖罪』(12)、『グーグーだって猫である』(14)等、数多くの名作ドラマを視聴者に届けてきた連続ドラマW。すでに、同枠はWOWOWの人気オリジナルコンテンツとして定着した感がある。その最新作が『そして、生きる』だ。今年の8月4日から、毎週日曜夜10時のWOWOWプライムで全6話が放送された作品が、今週末から、上映時間2時間15分に再編集されて『劇場版 そして、生きる』として劇場公開されることになった。少々意外だが、WOWOWとしては同社初となる全国公開規模の単独配給作品である。

ボランティアで東北を訪れた男女の、その後の物語

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『劇場版 そして、生きる』は映画化されるべき作品だった。ストーリーを紹介しよう。2011年3月に起きた東日本大震災の被災地、気仙沼にボランティアとして訪れた主人公の瞳子は、そこで出会った同じボランティアの大学生、清隆と恋に落ちる。2人の気持ちを結びつけたのは、双方共に似たような家庭環境で育ったことがあったかもしれない。ボランティア活動を終え、それぞれ盛岡で理容店を経営する叔父の家に帰った瞳子と、東京に戻った清隆だったが、互いの気持ちは変わらなかった。再会し、一夜を共に過ごした2人は、正直に今後のことについて語り合う。清隆は親の希望に沿う形で就職を決めた大手商社ではなく、国際開発コンサルタントとして生きることを瞳子に告げ、瞳子も半ば諦めていた女優のオーディションに挑戦することを決意。2人は本当にやりたいことに向けて、互いに刺激し合いから突き進む、はずだった。

 そこから、舞台は清隆の赴任地であるフィリピンと瞳子が住む盛岡、そして、東京の国立へと移り、愛し合いながらも、突然発生した不幸な出来事によって引き裂かれ、元に戻れない恋人たちの苦しくもどかしい道程を追っていく。だが、作品のフォーマットは単なるラブロマンスではない。瞳子と清隆を通して、被災地を訪れた20代の若者たちが、その後、どのような人生の選択をするのかという、より深い部分まで掘り下げているのだ。特に、震災で家族を失った東北の人々と、主人公たちの状況とを対比させながら、それでも前を向いて生きていく勇気の尊さを描いた岡田惠和の脚本に強い説得力がある。

現場で培われていった映画化への決意

 本作は、WOWOWのドラマW『チキンレース』(13)や、連続ドラマW『海に降る』(15)に出演している女優、有村架純(瞳子)と、有村主演のNHK連続テレビ小説『ひよっこ』の脚本を担当した岡田が、原作ものではなく、完全なオリジナルドラマを作りたいというWOWOWの要望に応え、コラボした作品。構想は約3年。その間、映画『君の脾臓を食べたい』(17)、『センセイ君主』(18)、『君は月夜に光り輝く』(19)等で知られるヒットメーカー、月川翔が監督として参加。さらに、清隆役に坂口健太郎が決定し、ドラマの撮影が始まると、すぐに関係者は作品の仕上がりに少なからず手応えを感じていたという。やがて、彼らの間でこれこそが自ら映画化し、単独配給すべき作品だという意識が共有されていく。

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 劇中に印象的なシーンがある。気仙沼を訪れた瞳子が、ボランティア仲間たちの前で、被災地を訪れた本当の動機を吐露する場面だ。また、清隆がフィリピンで勤しむ仕事としての人助けと、ボランティアとの違いが露わになる部分も、強く印象に残る。これらは、岡田惠和の息子が学生時代に同じ気仙沼でボランティア活動を行った時の体験に基づいているとか。映画で描かれるディテールが、想像以上にリアルなのは、普通は聞こえてこない知られざる真実が脚本に塗り込まれているからに他ならない。

『劇場版 そして、生きる』が他作品と異なる点

 映画化にあたり、ドラマでは8年間を全6話に分けて描いた内容を2時間強に収めるため、物語の濃度が薄まらないよう、念入りに行われたシーンの取捨選択、ドラマでは放送されなかった未公開シーンの追加、岡田脚本最大の魅力である会話劇のニュアンスのキープ、等々。繊細な演出と編集が成された結果、作品は無事完成した。ドラマを鑑賞済みの人、映画で初めて観る人、どちらにとっても違和感のない仕上がりであることは間違いない。何よりも、被災地をリポートするドキュメンタリー映画でも、原発問題に特化した物語でもなく、生きていくことの過酷さをボランティアに携わった若い男女のラブロマンス、言い換えるとエンタメに落とし込み、そこから被災地へのエールへ繋げる斬新な構成が、『劇場版 そして、生きる』の魅力なのだ。

プロデューサーが語る自社配給の今後と、変わらぬ物作りの情熱

 自社単独配給の今後について、WOWOWコンテンツ事業部の大瀧亮プロデューサーはこう語る。

「WOWOWではこれまでも放送番組を劇場上映した実績はありますが、今回のように、全国の劇場に交渉して編成をお願いする作業は初めてでした。そして、こんな形で連続ドラマが映画になる過程を見ていると、エンタメに触れる手段をユーザー1人1人が選べる時代だからこそ、1コンテンツを制作するに当たっては、出口を限定せず、多種多様に展開していくことで、より多くのユーザーが楽しめるものになって行くんだと実感しました。WOWOWでは今後10年にわたって、映画の企画・製作を行っていきますし、配給も自社で行える体力と機能を携えることができればと思っています」。

 そして、大瀧氏はこう付け加えた。

「但し、すべてに於いてこのような展開ができるわけでは勿論ありません。要は、制作する側のアンテナと情熱が必須なのです」。

 時代や手段は変わっても、物作りの基本は変わらない。WOWOW初の試みには、そんなメッセージも込められていそうだ。

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『劇場版 そして、生きる』

9月27日(金) 全国ロードショー

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(C) 2019 WOWOW

 

 

 

 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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