Yahoo!ニュース

外国語映画賞はもう無意味?改めて今年のアカデミー賞で最も強く感じたこと

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『COLD WAR あの歌、2つの心』

 授賞式から3日経った今も、その結果に対して様々な考察がなされている第91回アカデミー賞。たくさんの女性が壇上に上がったこと、アフリカン・アメリカンの映画人に多くのオスカー像が渡ったこと、いまだ根強い人種差別をあからさまでなく、融和というテーマで括った『グリーンブック』に作品賞が授与されたこと、そして、その『グリーンブック』と最後まで作品賞を争ったであろう『ROMA/ローマ』が、ストリーミング中の作品としては初めて監督、撮影(共にアルフォンソ・キュアロン)、外国語映画賞の3部門を制覇したこと。同時に、『ROMA/ローマ』はアカデミー外国語映画賞に輝いた初のメキシコ映画として歴史に刻まれることとなった。以上が主な考察ポイントだろうか。

外国語映画というカテゴリー自体が無意味になりつつある!?

 しかし、今年のオスカーを飲み込んだ最も大きな潮流は、もはや、言語や国籍によってその作品を作品賞から除外し、外国語映画賞という枠に閉じ込める現行のカテゴリー分けが、事実上、意味をなさなくなってきた、ということではないだろうか?

 下馬評では『グリーンブック』を上回っていたと言われる『ROMA/ローマ』は、あくまで憶測に過ぎないが、もしもNetflixの配給でなければ、史上初のメキシコ映画として、また、史上初の外国語映画として作品賞を手中にしていたかもしれないのだ。そこに、多様性を受け容れながらも、いま一歩踏み切れなかったアカデミー賞の限界を感じないではいられない。そして、『ROMA/ローマ』の他にもう1本、言語の壁を乗り越えようとした作品がある。ポーランド映画の『COLD WAR あの歌、2つの心』だ。

『ROMA/ローマ』と『COLD WAR あの歌、2つの心』の共通点

 今年のアカデミー外国語映画賞、撮影賞(『ROMA/ローマ』と同じくモノクロ映画)、そして、何よりもパヴェウ・パウリコフスキが激戦区の監督賞候補に堂々名を連ねた『COLD WAR~』は、冷戦時代のポーランドで知り合い、恋に落ちた男女が、生き方の違いから住む場所を分かち、永遠に国境を往き来するラブロマンスだ。何しろこの映画、舞台転換が目まぐるしい。主人公たちはスターリン支配体制下にあったポーランドで出会い、女性を残して男だけが亡命した後、パリでの再会を経て、社会主義連邦共和国時代のユーゴスラビアに舞台を移し、最後は再び母国のポーランドに帰って終幕を迎える。国を捨てて外に出た者と残った者とが、歴史のうねりに翻弄されていく様子を、ラブロマンスに落とし込んだその構成は、混乱のメキシコを背景に失われていく家族の肖像に思いを馳せた『ROMA/ローマ』とも共通するもの。アルフォンソ・キュアロンが劇中で使われる台詞の中にメキシコの方言を散りばめたように、『COLD WAR~』では"マゾフシェ"と呼ばれるポーランドの民族合唱舞踏団の踊りと歌声が、物語の語り部の役目を果たしている。どちらの作品も、祖国への強い思いが作品の根底にあるのだ。

画像

 奇しくも、今年のオスカーナイトの追悼コーナーで紹介された『父 パードレ・パドローネ』(77)で知られるイタリアの名匠、ヴィットリオ・タヴィアーニ監督(2018年4月15日に他界)が遺した言葉に、外国語映画の限りない可能性が示されているような気がする。巨匠曰く、「映画の世界ではローカルこそがインターナショナルになり得る」。つまり、小さな世界の問題がグローバル・スタンダードになるという意味で、巨匠がかつて放ったフレーズが、今年ほど説得力を持ったオスカーナイトはなかったのではないだろうか。

是枝裕和監督にも可能性は大いにある

『万引き家族』は現代の東京を舞台に、疑似家族というグローバルなテーマを描いて、日本語が言語の日本映画という枠組みを超え、多くのアカデミー会員の胸に深く突き刺さった結果、候補に挙がり、受賞も期待された。惜しくも是枝裕和監督は『COLD WAR~』のパウリコフスキが入った監督賞候補からは漏れたものの、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク等が共演する次回作『The Truth』(19)で再挑戦のチャンスはある。日本人監督による、フランス語と英語が言語の日仏合作映画を、アカデミー協会がどうカテゴライズするのか、アカデミー賞にさらなる変化を期待しつつ、動向を見守りたい。

『COLD WAR あの歌、2つの心』

6月28日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開

配給:キノフィルムズ

監督:パヴェウ・パヴリコフスキ 脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ、ヤナッシュ・クヲウァツキ、ピヨトル・バルコフスキ 

撮影:ウカシュ・ジャル

出演:ヨアンナ・クーリグ、トマシュ・コット、アガタ・クレシャ、ボリス・シィツ、ジャンヌ・バリバール、セドリック・カーン 他

2018年/原題:ZIMNA WOJNA /ポーランド・イギリス・フランス/ ポーランド語・フランス語・ドイツ語・ロシア語 / モノクロ /スタンダード/5.1ch/88分/ DCP/ G / 日本語字幕:吉川美奈子

後援:ポーランド広報文化センター

 

 

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

清藤秀人の最近の記事