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「ハクソー・リッジ」から「ダンケルク」へ、第二次大戦のリアリズムがハリウッド映画を変える?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

昨年度の賞レースを賑わせたメル・ギブソン監督の「ハクソー・リッジ」が日本公開間近となった。既報の通り、映画は第二次大戦の沖縄戦線で、圧倒的な戦力を誇るアメリカ軍と、敗色濃い日本軍による20日間にも及ぶ血みどろの持久戦を再現した強烈なリアリズムが見せ場だ。その戦場になったのが、沖縄中部に位置する前田高地。高地の北側には切り立った崖があり、アメリカ軍はその形状から"ハクソー・リッジ(ノコギリ崖)"と称しして恐れたのだった。

ノコギリ崖を登っていく兵士たち
ノコギリ崖を登っていく兵士たち

崖の高さは150メートル。米軍兵士が崖に掛けられた縄梯子を必死によじ登ると、そこには地獄の戦場が広がっていた。火薬の煙で周囲が霞む中、どこからともなく飛んでくる銃弾を浴びて兵士の頭蓋骨は粉々に飛び散り、爆弾で膝から下を失った上半身が地面を引き摺られていく。空と海を制圧され、追いつめられた日本軍は各地に塹壕を掘ってそこに身を潜め、神出鬼没の奇襲作戦を仕掛けるしかなかった。対する米軍は塹壕の側まで接近し、手榴弾を投げ込むか、火炎放射器で炙り出すしか術はない。

衛生兵の決死の救出劇は続く
衛生兵の決死の救出劇は続く

そんな惨状の中を、幼少時以来、キリストの教えに従って何者をも殺さないことを自らに誓った主人公のデズモンド・ドスが、衛生兵として一心不乱に駆け抜けて行く。彼が手元に携えるのは拳銃ではなく、傷ついた同胞を手当てするためのモルヒネと点滴だけ。そうやって次々と絶体絶命の兵士たちを担架に乗せ、広い大地を引き摺ってノコギリ崖まで運び、ドスがロープでキャンプ地へと下ろした数は、何と計75名。まさに奇跡としか言いようのない偉業である。

演出中の監督、メル・ギブソン
演出中の監督、メル・ギブソン

アカデミー監督賞(R)を受賞した「ブレイブハート」(95)でスコットランド独立の立役者、スコット・ウォレスが率いた"スターリング・ブリッジの戦い"を克明に再現したギブソンが、再び戦争の臨場感と残虐性に挑戦したのが、この「ハクソー・リッジ」。その手腕が少しも衰えてないことは、本作で実に 21年ぶりのオスカー・ノミネーションを受けたことでも明らかだ。

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偶然かも知れないが、「ハクソー~」が2個のオスカー(編集賞と録音賞)を受賞した直後の今年3月、同じく第二次大戦をテーマにした話題のドキュメンタリー番組がNetflixから配信された。スティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めた「伝説の映画監督ーハリウッドと第二次世界大戦ー」では、同名の書籍を基に、自ら戦場に足を運んでカメラを回すことで、母国民に戦争の現実を伝えようとした5人の名匠たちと、各々について語る5人の後輩監督たちによる時代を超えたセッションが展開する。「Why We Fight」の監督、フランク・キャプラについてギレルモ・デル・トロが、「The Battle of San Pietro」の監督、ジョン・ヒューストンについてフランシス・フォード・コッポラが、ノルマンディー上陸作戦のライブ映像を撮影したジョン・フォードとウィリアム・ワイラーについてポール・グリーングラスとスピルバーグが、ナチスのダッハウ強制収容所に関して調査したジョージ・スティーヴンスについてローレンス・キャスダンが、それぞれ、先人たちの偉業を湛えつつ、戦争映画を作ることの意義とその影響に言及するのだ。

ダンケルク
ダンケルク

高田高地の死闘に於いて、誰も殺さず、傷つけず、ひたすら救命活動に専念し得た衛生兵の"不戦の誓い"は、今の時代に作られるべき戦争映画のテーマとして有効なのかも知れない。そのためには映像のリアリティが不可欠だ。CGIを自作に持ち込むことを極端に嫌うクリストファー・ノーランが、本物の駆逐艦を現場に浮かべて西部戦線の歴史的救出作戦の全貌に肉薄する「ダンケルク」も、同じく第二次大戦が舞台だ。

ハリウッドがスーパーヒーロー映画から戦争映画へ、ファンタジーからリアリズムへシフトチェンジしているという考え方は、もしかして単純すぎるだろうか?

ハクソー・リッジ

6月24日(土)、TOHOシネマズ スカラ座ほか全国ロードショー

(C) Cosmos Films Entertainment Pty Ltd 2016

伝説の映画監督ーハリウッドと第二次世界大戦ー

Netflixで独占配信中

ダンケルク

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン 出演:トム・ハーディ、マーク・ライランス、ケネス・ブラナー、キリアン・マーフィー、ハリー・スタイルズ ほか

9月9日(土)全国ロードショー

(C) 2017 Warner Bros.All Rights Reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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