世界の強豪チームに挑んでいるバスケットボールの日本代表チーム。

 どうしても雄太の方の「ワタナベ」ばかり注目されるが、このチームにはもう一人の「ワタナベ」もいる。チーム最年少の22歳、渡邉飛勇だ。

 現役NBA選手は八村塁と渡邊雄太の2人の日本代表だが、アメリカの大学でプレー経験があるのは、渡邊雄太(ジョージ・ワシントン大学)、八村(ゴンザガ大学)、シェーファー アヴィ幸樹(ジョージア工科大学)、帰化選手のギャビン・エドワーズ(コネチカット大学)、そして渡邉飛勇(カリフォルニア大学デービス)と5人もいる。

 「日本歴代最強」と呼ばれて五輪に臨んだ現代表チームだが、世界ランキング2位のスペインと、16位のスロベニアに連敗。悲願の1勝を求めて世界ランキング4にアルゼンチンと8月1日に対戦するが、アルゼンチン戦は勝利を追うとともに、世界ランキング42位の日本にとっては、将来に繋げる戦いにもしたい。

 将来性を買われて代表に抜擢された渡邉は、ここまでの2試合で唯一、出場時間が与えられていないが、アルゼンチン戦では少しでも多くのプレータイムをもらいたい。

高校から始めたバスケットボールの才能はすぐに開花

 ハワイで生まれ育った渡邉が夢中になったスポーツは、バスケットボールではなくバレーボールだった。

 高校生のときに「オリンピック出場」と将来の目標を書いたが、それはバレーボール選手としての五輪出場だった。バレーボール選手としても全米ジュニア代表チームに選ばれるほどの才能を持っていた渡邉にとって、バレーボールでの五輪出場は手が届かない夢ではなかった。

 アメリカの高校スポーツはシーズン制で、多くの選手は複数のスポーツを掛け持ちする。背が高く、跳躍力もあった渡邉はバスケットボール部からも勧誘され、バレーボールのオフシーズンにはバスケットボールもプレーするようになった。

 身体能力も高かった渡邉は、バスケットボールでもすぐにチームの中心選手となり、高校での4年間でハワイ州の王者に2度、準優勝に1度、チームを導いた。

 高校最終学年には試合平均15.5得点、10.2リバウンド、4.0アシスト、3.1ブロックを記録して、ハワイ州の最優秀選手にも選ばれている。

 そんな渡邉を大学バスケットボール界が放っておくはずもなく、ポートランド大学が奨学生として勧誘。渡邉はバレーボール選手ではなく、バスケットボール選手として生きていくことを決断して、ポートランド大学に進学した。

大学で直面した厳しい現実

 バスケットボールを始めてすぐにハワイ州のトップ選手に成長した渡邉は、天狗になっていた部分もあった。

 だが、ポートランド大学に入ると、高かった鼻はすぐに折られた。

 「大学での4年間は、謙虚さや、自分でコントロールできること以外には目を向けないことなど、多くのことを学び、バスケットボール選手として大きく成長しました。プレースタイル自体は高校時代と同じでも、精神面は全く違います」

 大学1年目は試合への出場資格がある登録選手を避け、「レッドショーツ」と呼ばれる練習生として過ごすことを選択。その1年間で、バスケットボール選手としての基礎を学び直した。

 ポートランド大学は強いチームとは言えないが、八村の母校であり、全米でもトップレベルの実力を持つゴンザガ大学と同じカンファレンス(リーグ)に属していたこともあり、強豪チームとの試合も多かった。

 そのゴンザガとの試合では、後にNBAドラフトで1巡目指名を受けるブランドン・クラークとマッチアップして、存在感を示した。王者・ゴンザガからダブルチームで守られたことは大きな自信になったと言う。

 ポートランド大学では3年間で卒業資格を得て、2020年からはカリフォルニア大学デービス校の大学院へ進学。NCAAでの出場資格が残っていたので、デービスでも1年間プレー。来季からはプロ選手としてBリーグの沖縄に所属する。

祖父はNFLで6年プレー

 アメリカではヒュー・ワタナベがNCAA(全米大学体育協会)でバスケットボールをプレーした記録は一切残っていない。

 母の旧姓であるワタナベではなく、父方のホグランド姓で生まれ育ち、ヒュー・ホグランドとしてプレーしてきたからだ。

 「(アメリカ人の)父方、そして(日本人の)母方、両方の家系に誇りを持っています。父方の祖父はNFL選手で、ホグランドの名前は大きな意味を持っていますし、日本代表としてワタナベの名前を背負うことも大きな喜びです」

 祖父のダグ・ホグランドは、1950年代にサンフランシスコ・49ナーズ、シカゴ・カージナルス(現アリゾナ・カージナルス)、デトロイト・ライオンズの3球団でオフェンシブ・ラインマンとして6年間プレー。

 高校時代からアメリカンフットボールとバスケットボールの選手として活躍したダグは、オレゴン州立大学でもアメフトとバスケをプレー。

 渡邉の日本人離れした身体能力の高さは、超人ばかりが集まるNFLで活躍した祖父のダグから受け継いだものだ。

 ホグランドはNFLで6年プレーしただけではなく、3年間の全試合先発出場を含む72試合中58試合で先発として活躍した。

 現役引退後は、少年時代を過ごしたオレゴン州に戻って、地元の高校で教師を務めながら、アメリカンフットボール、バスケットボール、レスリングのコーチとして生徒を指導して、地元の人たちから愛された。

将来の日本代表を担うビッグマン

 今回の日本代表チームは、先発5選手の平均身長が2メートルを超える「大型チーム」で、ようやく世界と戦える布陣が組めるようにはなったが、世界の強豪チームに勝つにはまだサイズ不足感が残る。

 ビッグマンが不在で、先発のセンターはいまだに帰化選手頼みという状況だ。

 その中で、今回の代表チームで最年少ながらも、207センチでチーム最高身長を誇る渡邉は将来の日本代表を担うビッグマンへと成長することが期待される。

 最終戦の相手であるアルゼンチン代表には、渡邉が憧れの選手として挙げる41歳のルイス・スコラがまだ先発として頑張っている。身長206センチのビッグマンながら、シュート力にも定評があるスコラは、NBAで10年間プレーしただけでなく、世界のトップリーグを渡り歩いてきた。

 アルゼンチン戦で渡邉がスコラとマッチアップする機会が与えられれば、彼の成長に大きく役立つ貴重な経験となるはずだ。

NBAで10年プレーした206センチ、108キロのルイス・スコラとマッチアップできれば、207センチ、106キロとほぼ同じ体格の渡邉飛勇にとって大きな経験となるはずだ(写真:三尾圭)
NBAで10年プレーした206センチ、108キロのルイス・スコラとマッチアップできれば、207センチ、106キロとほぼ同じ体格の渡邉飛勇にとって大きな経験となるはずだ(写真:三尾圭)