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出場87試合で34本塁打以上は大谷翔平で19人目。18人の事例を参考に50本塁打の可能性を検証

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
今季34号本塁打を放ったエンゼルスの大谷翔平(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 今季、打者での出場87試合目となった7月18日(日本時間19日)のシアトル・マリナーズ戦で34号ホームランを放ったロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平。

 この試合はチームにとって92試合目だったので、公式戦は残り70試合。70試合で16本塁打を打てばシーズン50ホーマー、26ホームランだとシーズン60本塁打に到達する。

 大谷がシーズン50本塁打、60本塁打を打つ可能性を、過去の事例を参考にしながら検証してみる。

出場87試合で34本塁打以上は大谷で19人目

 出場87試合で34本塁打以上を打ったスラッガーは大谷で19人目。これまでの18人が最終的にシーズン何本のホームランを打ったのかを見てみたい。

シーズン 選手名(チーム名) 出場試合数/チーム試合数/本塁打 シーズン本塁打数

2001年 バリー・ボンズ(ジャイアンツ)87試合/94試合/40本 73本

1998年 マーク・マグワイア(カージナルス)87試合/93試合/40本 70本

1996年 マーク・マグワイア(アスレチックス)87試合/117試合/39本 52本

1921年 ベーブ・ルース(ヤンキース)87試合/87試合/36本 59本

1928年 ベーブ・ルース(ヤンキース)87試合/87試合/36本 54本

1930年 ベーブ・ルース(ヤンキース)87試合/94試合/36本 49本

1987年 マーク・マグワイア(アスレチックス)87試合/94試合/36本 49本

1998年 サミー・ソーサ(カブス)87試合/91試合/35本 66本

1961年 ロジャー・マリス(ヤンキース)87試合/87試合/35本 61本

2001年 ルイス・ゴンザレス(ダイヤモンドバックス)87試合/87試合/35本 57本

1998年 ケン・グリフィJr.(マリナーズ)87試合/87試合/35本 56本

1932年 ジミー・フォックス(アスレチックス)87試合/87試合/35本 58本

1961年 ミッキー・マントル(ヤンキース)87試合/89試合/35本 54本

1979年 デーブ・キングマン(カブス)87試合/99試合/35本 48本

1969年 レジ―・ジャクソン(アスレチックス)87試合/88試合/35本 47本

1999年 サミー・ソーサ(カブス)87試合/87試合/34本 63本

1996年 ケン・グリフィJr.(マリナーズ)87試合/108試合/34本 49本

1990年 ホセ・カンセコ(アスレチックス)87試合/107試合/34本 37本

2021年 大谷翔平(エンゼルス)87試合/92試合/34本 ??本

 87試合に出場した時点での最多本塁打は2001年のバリー・ボンズ(サンフランシスコ・ジャイアンツ)と1998年のマーク・マグワイア(セントルイス・カージナルス)の40本塁打。シーズン70本塁打以上を記録したのはこの2回のみだが、87試合出場の時点でずば抜けていたことが分かる。

 マグワイアはオークランド・アスレチックスに在籍していた96年にも87試合で39本塁打を打っているが、この年は開幕からケガで出遅れ、シーズン初出場がチーム19試合目だった。

 出場87試合目で36本塁打は4例、35本塁打は8例、34本塁打は大谷を含めて4例ある。

 34本塁打以上の過去18例で、シーズン60本塁打以上打ったのは5例で、確率は27.8%。シーズン50本塁打以上は12例で、確率は66.7%となる。

 50本塁打に届かなかった6例を見てみると、49本が3回、48本と47本が1回ずつと、あと一歩で50本に手が届く位置までは迫っていた。

 例えば、ルーキーだった1987年のマグワイアは、4月は4本塁打しか打てなかったが、5月以降は爆発的なペースでホームランを量産。だが、8月に28試合で3本塁打と足踏みしたのが、50本の大台を逃した原因となった。

 アスレチックスでマグワイアと「バッシュ・ブラザーズ」を結成したホセ・カンセコは、18例の中で唯一30本台に終わったが、出場87試合目は8月に入ってからと、他の打者に比べて遅かった。出場88試合目以降は、腰痛に悩まされながら44試合に出場して打率.210、3本塁打と大低迷。87試合目までは9.5打数に1本の割合でホームランを打っていたのが、88試合目以降は52.3打数に1本塁打まで落ち込んだ。

達成率66.7%の50本塁打、大谷は?

 過去の例を見る限り、1990年のカンセコのようなケガに見舞われない限り、大谷は47本塁打以上は打てるはずだ。

 エンゼルスの公式戦は残り70試合だが、指名打者制を使えないナショナル・リーグの本拠地での試合は5試合。この5試合を欠場すると、大谷が打者として出場できるのは65試合となる。

 60本に到達するには、65試合で26本塁打が必要になり、これまでよりもペースを上げないと届かない。

 50本塁打、60本塁打到達への鍵は、マイク・トラウトの戦列復帰。メジャー最強打者のトラウトが復帰して、大谷の後ろを打てば、大谷への四球は減り、相手投手はストライクを投げるようになってくる。ホームランを打てる球が増えることによって、50本塁打、60本塁打へのチャンスも増してくる。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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