米議事堂を襲撃した五輪金メダリストの波乱万丈な半生。五輪でイアン・ソープに勝った後、ホームレスに転落
Text by KIYOSHI MIO/AAS
世界を震撼させたアメリカの連邦議会議事堂の襲撃事件のメンバーの中に、元オリンピックの金メダリストが含まれていると水泳専門のニュースサイト「SwimSwam」が報じた。
議事堂を襲撃したとされているのは、38歳の元水泳選手、クリート・ケラー。
ケラーはアメリカ代表として、2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京と夏季オリンピックに3度も出場。
4x200メートル自由形リレーの選手として、シドニーでは銀メダル、アテネと北京では金メダルを獲得した。
とくにアンカーを務めたアテネ五輪では、イアン・ソープの追い上げを阻止して、それまで7年間無敗だったオーストラリアを破って、金メダルを手にした。
ケラーは個人種目でもシドニーとアテネの400メートル自由形で銅メダルを獲得。リレー・メンバーのマイケル・フェルプスやライアン・ロクテと共にこの時代のアメリカ男子水泳チームを支えたメンバーの一人だった。
水泳に専念するために強豪大学を中退
ギャンブルの街、ラスベガスで生まれたケラーは、水泳の強豪校として知られる南カリフォルニア大学(USC)に入学して、中距離自由形(200と500ヤード)の大学王者となったが、水泳に専念するために2年で大学を中退。五輪で5つの金メダルを含む、10個のメダルを獲得したゲーリー・ホール・ジュニアがフロリダ州に設立した五輪スイマー向けの水泳クラブ「レースクラブ」で練習を重ね、アメリカ水泳界トップクラスの指導力を誇るボブ・ボウマン監督の指導を受けるためにミシガン大学にも出稽古に行っていた。
ボウマンと並ぶアメリカ屈指の指導者であるデーブ・ソロが2007年にUSCの監督に就任すると、ケラーはUSCに復学して、学位も取得した。
現役引退後にホームレスに転落
現役を引退後には普通の仕事にも就いたが、なにをしてもうまくいかなかった。
水泳で世界の頂点を極めたケラーは、第二の人生でも「金メダリスト」になれると考えていたが、社会はそんなに甘くはなかった。
「水泳のように全てを手に入れられると思っていたけど、何も手にできずに、やる気を失っていった」
2014年に離婚した直後には、住む家も仕事もなく、10ヶ月ほど車の中で寝泊まりするホームレス生活を過ごしていた。収入がないために、3人の子供の養育費を支払うこともできなかった。そのため、4年間は子供と面会する権利も取り上げられた。
そんなケラーに救いの手を差し伸べたのは、同じく五輪スイマーだった3歳年下の妹、カリンだった。
兄と一緒に出場したアテネ五輪では、800メートル自由形で4位に終わり、惜しくもメダルには手が届かなかったカリンだが、その後はオープンウォータースイミングの選手に転向して、2007年の世界選手権では25キロ・レースで銀メダルを獲得している。
クリートは子供に水泳を教えることで生計を立て直し、2018年からは不動産業に携わっていた。
熱狂的なトランプ信奉者だったケラー
トランプ支持者たちが議会を襲撃した様子の映像が公開されると、その中に身長2メートル近い男性が、米国五輪代表選手に与えられるジャケットを着ている姿も映っていた。本来は鼻と口を覆うべきカバーは、首元に下がっており、その男の顔もはっきりと認識できた。
その映像を見た多くの水泳関係者は、その男性がケラーだとすぐに分かったという。
熱心なトランプ信奉者のケラーは、これまでにもトランプ支持者のデモに参加し、SNSにもトランプを支持する投稿をよくしていたが、彼のSNSアカウントは最近になって全て削除された。
映像ではケラーが暴力を振るったり、器物を破損する様子は映っていないが、連邦捜査局(FBI)が身元を特定すれば、議事堂への不法侵入や治安を乱す行為に加担したとして逮捕や起訴される可能性は高い。
フェルプスやロクテと一緒にアメリカを熱狂させたヒーローは、アメリカ市民を大きく失望させてしまった。