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現役レジェンドがQB、コーチ、父親の視点から見たアメフト騒動

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト

 アメリカンフットボールが日本に入ってきたのが1920年。1934年には日本アメリカンフットボール協会の前身であり東京学生米式蹴球競技連盟が設立され、日本で初めて公式戦が行なわれた。

 約100年の歴史を誇る日本のアメフト界だが、ここ数週間はかってないほどの注目を集めている。だが、残念なことにその注目の浴び方は、アメフトを愛する者たちが望むものではなく、スポーツが本来持つ競技性とは別の面ばかりが取り上げられている。

QB、コーチ、父親としての視点から見る今回の事件

 アメフトを良く知らない方にも、今回の問題を分かりやすく説明してもらうために、現役Xリーガーの斎藤伸明選手に話しを聞いた。

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 48歳の斎藤選手はXリーグ2部に所属するバーバリアンで現役選手を続けているだけでなく、大学生の子供を持つ父親でもある。また、大学のアメフト部でのコーチ経験もあり、現役選手、大学生の父親、大学アメフトOB、コーチなど多様な視点から騒動を分析してもらった。

 「クオーターバック(QB)としてあのようなタックルを受けたら、通常、選手生命を絶たれるような身体的なダメージだけでなく、精神的なダメージも相当あります。そうした中で関学の選手は数週間で練習復帰できそうとのことで、これは彼が普段からの体力作りに務め、また強い精神力の持ち主であり、エースとして相応しい人物であると思います。もし私であれば選手生命が終わっていたかもしれません」とケガを負った関西学院大学(関学)のQBの復帰を喜ぶ言葉を真っ先に口にした。

 斎藤選手がプレーするのは、今回の事件の被害者と同じくチームの司令塔的役割であるQB。常にディフェンスの標的となるQBは試合中に激しいヒットでフィールドに倒されることもあるが、それらはルールで守られた範囲内でのこと。今回のように、プレーが終わった時点での不意打ちは大きなケガに繋がりかねない。

 「今回のタックルは被害者であるQBの立場からするとあり得ない出来事です。アメフトの醍醐味であるパスプレーを成立させるためにルール的にもQBは守られている筈です」とアメフトの枠を超えた異常な事件だと言う。

 加害者の選手は、チームから相手選手にケガをさせるように命じられての行動だと説明したが、斎藤選手は「このようなプレーをさせた意図は仮に怪我しなくとも、恐怖などの心理的ダメージを受けて本来のパフォーマンスが出なくさせるような目的もあったのかもしれません」と精神的な揺さぶりをかけた可能性も指摘する。

 「精神的に追い込まれて、やらざるを得ない状況になり、そして加害者になってしまった」と監督やコーチから尋常ではない圧力をかけられた結果、誤った判断をしてしまったと分析。

 「加害者側の指導者、組織、仕組みに責任がある」と日本大学(日大)の責任に触れた上で、この騒動から逃げずに記者会見に臨んだ関学の関係者、被害者選手のご家族、そして加害者選手の姿勢を評価する。

 「今回の加害者側の指導者を除く、当事者の方々の対応は本当に尊敬に値すると思います。同年代の子を持つ親として、アメフトに関わる仲間として。皆さん、本当にアメフトに魂を注いできた方々だと思います」

 「加害者選手の会見には涙してしまいました。彼を救ってあげたいと心から思いました」とアメフト選手としてではなく、大学生の子供を持つ父親の立場から発言をした斎藤選手は、「加害者である彼もしっかり反省しながらも、アメフトや仲間を嫌いにならないで欲しい。

必ず手を差し伸べる仲間がいる筈なので。繰り返しますが、加害者側の指導者、組織、仕組みに責任がありますので、アメフトや自分を必要以上に責めないで欲しいです」と加害者選手が反省後に立ち直ることを願っている。

アメフトで最重要なのはコーチと選手のコミュニケーション

 加害者選手は監督との間柄を「意見が言えるような関係ではなかった」と語ったが、大学のアメフト部でコーチの経験を持つ斎藤選手は、「コーチとして選手とのコミュニケーションの部分で言えば、コーチと選手という関係は上下関係ではないと思います。選手時代にコーチに対してリスペクトすることはもちろんですが、選手として正しいと思ったことは意見をぶつけたり、提案をすることは頻繁に行っていました。私が社会人になり、大学のコーチになった時も学生をリスペクトしながら、選手とコミュニケーションをいかにとるかを一所懸命に考えていました。学生に責任を押し付けたり、コーチが問題から逃げたりしたらコミュニケーションは一切とれません」と選手とコーチのコミュニケーションの大切さを力説する。

 「アメフトでは『コミュニケーション』が如何に重要かとつくづく思います。チームとしての方向性や目標を決めた後に、ゲームプラン、作戦、そして個々の具体的な動きに落とし込んでいくため、最重要なツールは『コミュニケーション』であり、監督やコーチのイメージを選手にわかり易く、納得いくように説明しながら、個々の能力や性格なども合わせながら整合していくことが極めて重要です。地位や権力を使った、上から押し付けたものでは良い成果は得られません。周りや相手の立場になって考え、決めたことに対して、如何に選手が行動するか。このルーティンができる組織、仕組みを考え、スムーズに構築する役目をするのが監督でありコーチの仕事であると思います」

アメフト選手たちの本当の素顔

 そもそも、今回の騒動はアメフトの試合がきっかけだったが、本当の問題点は日本社会に蔓延るパワハラにある。

 「今回の責任はアメフトではなく、加害者側の指導者、組織、仕組みにある事をはっきりしておかないと、当事者の方々が報われません。私の周りのアメフトを愛する仲間たちは皆、尊敬する仲間ばかりです」

 アメリカンフットボールは確かに激しい肉体的接触が頻繁に起こるスポーツだが、野蛮な喧嘩ではなく、高度な戦術を遂行する能力が要求される知的なスポーツだ。

 「私の周りのアメフトに関わる人たちは、皆、サムライです。紳士で、純粋で、誠実で、熱血で、人のせいにしない、自分で責任とる、相手をリスペクトする。根本にそういう言葉が当てはまる人に溢れています。だからこそ、私はかれこれ30年間アメフトと一緒に人生を歩んできましたし、妻と子供たちも一緒にアメフトと過ごしてきました。アメフトに支えられ、教えられ、そして、今の家族、会社、仲間、自分の人生があります。フィジカル、メンタル、全てにおいて、ハードなスポーツですが、そうしたサムライ魂を持つ仲間たちが私を支えてくれています」

 この斎藤選手の言葉は、日本中のアメリカンフットボールに関わる人たちが共通して思っている気持ちのはずだ。

 「アメフトは本当に凄いスポーツなんです。アメフトOBのおじさんたちが、シニアリーグでプレーしたり、子供の夢を叶えるためにチャリティーで何千人も集まりフラッグフットボールをしたり、中には会社社長やその世界の一流の人が少年のように一生懸命にプレーします。

そうした中、私も体力的にはそろそろ限界ですが、X2リーグでプレーし、Xリーグに昇格し、いつか、トップリーグで日本一を夢見てプレーヤーを続ける事でアメフトの良さを伝え、観た人に感動や勇気を与え、出来れば、アメフトに恩返しをしたいという思いがあります。

アメフトに関わる全ての人が幸せになって欲しいと思います」

 斎藤選手が口にしたように、今回の騒動が終わったときに全てのアメフト選手が幸せになることを強く願う――例えそれが選手としての幸せではなくとも、今回の苦い経験を糧に人間として大きく成長して、社会に貢献できる人物となってもらいたい。

本当のアメフトを観に、試合会場へ行ってみて欲しい

 今回の騒動では興味本位に炎上した部分も多く、アメフトの誤った点が注目され、その本質が見失われている。アメフトは野蛮なスポーツではなく、身体と頭脳の両面を最大限に使う奥の深いスポーツだ。

 心ない数人の蛮行で大きなダメージを負ったアメフト界だが、選手たちはフェアプレーを誓って、懸命にプレーしている。

 もし、今回の騒動を通してアメフトに少しでも興味を持った方がいれば、アメフトの試合会場に足を運んで、ご自分の目でこのスポーツを観て欲しい。今は春シーズンの真っ最中なので、学生の試合も、社会人の試合も行なわれている。

 100年目を目前に最大の窮地に陥ったアメフト界がこの騒動から立ち上がり、前へ進んでいくためにも、ぜひ皆さんがアメフト界に力を貸して、応援してあげて欲しい。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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