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米NBCの北京冬季五輪視聴者数の惨敗と、もうひとつの歴史的な出来事とは何か。専門家に聞く。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:松尾/アフロスポーツ)

北京冬季五輪が20日に終了した。米国で放送権を持つNBC局のプライムタイム放送(午後8時から午後11時、日曜日のみ午後7時から午後11時)の視聴者数は、過去最低の惨敗であった。これまでの過去最低の視聴者数だった2018年の平昌冬季五輪からさらに約42%減少した。

過去最低の原因として、近年のテレビ離れ、オリンピックへの関心が薄れていること、人のいない観客席の映像によって盛り上がりに欠けたことなどが挙げられている。米メディアは、NBC局は北京冬季五輪からは利益を得られない見込みだと報じている。

実は、もうひとつ、NBC局のプライムタイム放送では、歴史的な出来事が起こっていた。大逆転現象といえるだろうし、快挙だと感じる人もいるかもしれない。これは、昨年の東京五輪でも起こっており、北京冬季五輪でさらに顕著になった。

歴史的な出来事とは、プライムタイム放送において、女子選手たちが、男子選手に比べて圧倒的に取り上げられる時間が長かったことである。米国でオリンピックとテレビ放送について調べる研究グループがFiveRingTV.comで発表した調査結果からご紹介しよう。

NBC局がプライムタイム放送で取り上げた種目や選手のうち、混合種目を除くと、女子選手の占める割合は60.5%に達した。男子選手は39.95%だった。昨年の東京五輪でも、混合種目を除くと、女子選手が57.95%、男子選手が42.05%だった。このグループは1994年のリレハンメル冬季五輪から調査をしているが、1994年から2010年のバンクーバー冬季五輪まで、夏・冬の五輪を通じて、プライムタイム放送で取り上げる選手や競技は、男子選手のほうが長かったのだ。

初めて女子選手の放送時間が男子選手を上回ったのは2012年のロンドン大会である。2014年のソチでは、再び男子選手の放送時間のほうが長かったが、2016年のリオ、2018年の平昌でも、わずかながら女子選手の方が長くなっていた。そして、昨年の東京五輪、今年の北京冬季五輪のプライムタイム放送では、明らかに女子選手のほうに長い時間を割いて放送していたのである。

ふだん、女子スポーツは男子スポーツに比べてテレビで放送される時間が少ない。これと関連して、米国でも、女子のプロスポーツでは、男子の同じ種目と比べて厳しい経営状況に追い込まれることが多い。

なぜ、東京五輪と北京冬季五輪では、女子選手が多く取り上げられたのか。このことは、たとえ、NBC局の視聴者数が低迷していても、社会に何らかの影響をもたらすのか。研究グループのひとりであるポール・マッカーサー教授(ユーティカ大)にメールで取材した。

―なぜ女子選手の放送時間がこれほど多かったのか。

「NBC局の放送は、米国代表選手がメダルを獲得する可能性が高く、感動的なストーリーがありそうなイベントに集中する傾向がある。北京では、米国の女子選手が男子選手よりも多くのメダルを獲得したため、女子選手のほうに傾くのを後押しした。例を挙げると、クロスカントリースキーでは、米国代表の女子選手であるジェシー・ディギンズが2つのメダルを獲得したが、米国の男子はメダルを獲得できなかった。NBCの放送は、男子のクロスカントリーが1分強であったのに対し、女子のクロスカントリーは24分以上も放映された」

「さらに、米国の女子選手では、クロエ・キムがスノーボードで圧倒的な強さを見せたこと、リンゼイ・ジャコベリスがついに金メダルを獲得したこと、ミカエラ・シフリンが期待を下回るパフォーマンスでメダルを逃したことなどのストーリーを提供した。他にも、米国代表ではないが、アイリーン・グーが3つのメダルを獲得するなどの魅力的なストーリーもあった。米国の男子選手が、勝利し(ネイサン・チェンが金メダルを獲得)、魅力的なストーリー(ショーン・ホワイトの予選と決勝の滑りは充実したドラマだった)を提供しなかったわけではないが、最終的には女子選手の方が、NBCが放送したいタイプのストーリーを提供していた」

―NBCの視聴率は低下しているが、それでも女性アスリートが長時間取り上げられたことは、社会に何らかの影響を与えると思うか。

「可能性はあると思う。NBCのプライムタイムのオリンピック放送は、女子スポーツにとっては間違いなく最大の展示場だ。どれだけの若い競技者たちがこれらの試合を見て、女子選手を見てインスパイアされ『私もやってみたい』と思っただろうか。影響力を持つ可能性はまだ確実にあるだろう」

―今後、オリンピックにおけるテレビの影響力は低下すると思うか。

「イエスでもあり、ノーでもある。パリ大会で視聴率が回復するかどうかはわからないが、可能性はあるだろう。仮に視聴率が下がり続けるとしても、総視聴者数でオリンピックに匹敵するものが、他にはほとんど出てこないだろう。さらに、NBCのオリンピックコンテンツを消費する方法はとても多いので、2024年には放送局やケーブルテレビ局の視聴率の基準は、今ほど重要ではなくなるかもしれない」

オリンピックでは女子選手のほうに注目が集まる傾向はカナダでも同様だった。カナダCBC局のデビン・ハーロウ記者(東京五輪で日本のコンビニを愛したことで話題になった)がツイッターで次のような内容を書き込んでいた。

北京冬季五輪で最も視聴者数の多かったのは、アイスホッケー女子で、カナダがアメリカを破って金メダルを獲得した試合だ。270万人が視聴した。また、東京大会でも、最も視聴者数が多かったのは、サッカー女子が金メダルを獲得した試合で、440万人が視聴したそうだ。

アイスホッケーは、最高峰プロリーグのNHLの選手は出場しておらず、カナダの男子の代表は準決勝で敗退した。一方の女子はライバルのアメリカと決勝で対決して注目が集まったのだろう。

テレビ局は巨額の放送権料を支払っていることで力を持ち過ぎているし、IOCは商業主義に傾いており、テレビとIOCの関係は、大会に大きなマイナス面をもたらしていることも指摘されている。また、北京冬季五輪、東京五輪ともに、偶然にも、米国内で注目される選手が、女子のほうに偏っただけともいえる。しかし、結果的に女子選手が長い時間にわたって取り上げられたことで、テレビとオリンピックは、女子スポーツの振興に関しては何らかの貢献をしているといえるかもしれない。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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