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新型コロナウイルス感染拡大防止に、プロスポーツ選手は無力なのか

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

感染症対策とプロスポーツは相性が悪いと思っていた。

これまで、自然災害やテロが発生したとき、プロスポーツ選手は見る人とともにあり、気持ちを奮い立たせてくれ、背中を押してくれた。気を紛らわせてもくれた。

今、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えるため、人と一定の距離を保つことが求められている。世界中のほとんどのスポーツイベントは中断されたり、中止になったり、延期されたりしている。大勢の人とともに同じチームや選手を応援することで孤独を癒やし、目の前の選手のパフォーマンスを見ることで活力を得ることができない。新型コロナウイルス対策を前に、プロスポーツは無力であるかのようだった。

けれども、そうではない、と感じる出来事があった。

NBAウォリアーズのステフィン・カリーの行動を見たからだ。カリーはツイッターに1421万人以上のフォロワー、インスタグラムに2992万人のフォロワーを持つ、スーパーインフルエンサーだ。その彼が26日(日本時間27日)、インスタグラムのライブ機能を使って、米国の感染問題で陣頭指揮をとる国立アレルギー感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長に新型コロナウイルスについての質疑応答をした。

米国のオンラインメディア「ジ・アスレチック」によると、お膳立てをしたのはカリーの大学時代のチームメートであるブライアント・バー氏だという。

米国のいくつもの州では、外出禁止令を出している。それでも、新型コロナウイルスの脅威を軽視している人々に、現時点でわかっている情報を伝えなければならない。そこで若い世代に支持されていて、45万人以上のフォロワーを持つステフィン・カリーに白羽の矢が立ったのだ。

テレビではなく、インスタグラムのライブを使ったというのも重要なポイントだ。

ベイラー大学のカーク・ウェイクフィールド教授は筆者のメール取材に「ケーブルテレビ、放送されるニュースをフォローしていない若い世代にとっては、パーフェクトなフォーマットだったと思う」と回答した。

カリーは、前もってフォロワーたちから質問を募り、それをファウチ所長にぶつけた。カリーの質問ではなく、カリーに自分が疑問を感じていることを取り上げてもらうことで、ファンは自分たちの問題と考えることができたはずだ。

カリーは感染を防ぐための対策について「僕たちは過剰反応しているわけではない、そうですよね?」と質問。ファウチ所長は「あなたの言うとおりです。これは真剣にやらなければいけない仕事だ」と回答した。

カリーは、スポーツイベントなどを再開しても良いという判断基準についても聞いた。

これに対して、ファウチ所長は「すばらしい質問」とし、「ホワイトハウスのシチュエーション・ルームで毎日、議論している。(感染者数を表す)カーブの軌道が下り始めるのを見る必要があるということです。中国では、(カーブが)上がったり、下がったりしましたが、 幾分かは普通の生活に戻りつつあります。しかし、中国では、再び感染が増えることには気をつけなければなりません。韓国でもカーブは、下降し始めています 。ヨーロッパ、特にイタリアはひどい状況です。まだ上昇中です」と話した。ファウチ所長は米国では国土が広く、さまざまな地域があるため、判断は難しくなることも付け加えていた。

インスタグラムのライブでは、ファウチ所長の顔が、絵文字やハートマークに埋もれたりしたが、これもまた、SNSに馴染んでいる人には、違和感がなかったと思う。ライブ中継だけでおよそ5万人が視聴。ライブ終了後は、ユーチューブでも視聴できるようになっている。24時間のうちに、カリーのチャンネルで26万人以上、NBAのチャンネルでも7万6000人以上が視聴した。

筆者はときどき、NBAの試合後のカリーの話を聞き取りずらいと感じたことがあったが、ファウチ所長との質疑応答では、はっきりと、わかりやすい言葉でよくわかった。ファウチ所長の話しぶりにも、多くの人に情報伝達しようというカリーへの敬意があふれていた。2人が繰り広げた真剣勝負の30分だった。

大観衆が熱狂するアリーナでのパフォーマンスではなかったが、スマートフォンの小さな画面で見たQ&A に、スター選手の力を見た思いだった。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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