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エンゼルスの大谷が受けたPRP治療は、手術回避にどのくらい効果があるのか。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 エンゼルスの大谷翔平選手が右肘の内側側副靱帯を損傷した。7日にPRP治療と幹細胞注射を受けており、3週間後に再び患部の検査をするという。

 PRP(多血小板血漿)は自身の血液を利用した治療法。肘の内側側副靱帯損傷だけでなく、その他の靱帯損傷、肉離れなどの治療にも用いられている。また、頭髪の増毛にも使われているそうだ。

 肘の内側側副靱帯の再建手術を最初に受けたのは、トミー・ジョン投手。1974年のことだ。当時、斬新だった手術法は、トミー・ジョン手術と呼ばれて広まった。手術法とリハビリの確立により、今では、8割以上の選手が戦列復帰を果たす。しかし、手術から復帰するまでに1年以上の時間が必要。PRPはそれよりも短い時間で復帰できる。

 米国の野球アナリストJon Roegeleさんは、1974年からトミー・ジョン手術を受けた全選手を記録している。球団で発表されたか、または、メディアで報道されたケースに限るが、メジャーだけでなく、マイナーリーガーまでを網羅。オンライン上で公開している。

 Roegeleさんは、手術を受けた選手だけではなく、内側側副靱帯修復のために、PRP治療を受けた選手も記録。ただし、これらの選手も、球団で発表されたか、メディアで報道されたケースだけで、ひじの靭帯修復のためにPRP治療を受けた選手は、他にもいると思われるが。

 限定されてはいるが、このデータによると、肘の内側側副靱帯修復のために、PRP治療を受けたマイナー、メジャーリーガーはあわせて33人。最初に記録されているのは2008年で、ドジャースでプレーしていた斉藤隆さんだ。

 PRPを受けた33人のうち、最終的にトミー・ジョン手術も受けることになったのは、16人。約半数は、手術を回避できていることになる。この16選手のうち4選手は、PRP治療を受けて1度は戦列に復帰したが、そのあとにトミー・ジョン手術を受けるという経緯をたどった。

 エンゼルスにはPRPを受けて手術をしなかったギャレット・リチャーズ、PRPを受けたが、手術をしたアンドリュー・ヒーニー、PRPを受けて1度、戦列復帰したが、その後、手術をしたJC・ラミレスがおり、チームとしては3種類の経過を経験している。

 医学論文でも、サンプル数は少ないがPRP治療だけで肘の内側側副靭帯を修復し、復帰している割合を調べているものがある。

 2013年5月に「アメリカン・ジャーナル・オブ・スポーツメディシン」には、PRP治療を受けた34人のアスリートのうち、30人が痛みなく復帰できたとしている。88%が復帰できたことになる。ただし、治療から平均70週間後に調べたもので、復帰するまでにかなりの期間を要しているケースも含まれている可能性もある。

 

 2016年に「アメリカン・ジャーナル・オブ・オーソペディクス」には、肘の内側側副靱帯を損傷した44人の野球選手を調べた結果が発表されている。44人のうちプロの選手は6人。6人のうち4人はPRP注射後に、プロ選手として復帰できたとしている。成功率は67%。高校生、大学生、プロを含めた44人のうち、治療後に優れた結果がでたのは15人で全体の34%。良い結果が出たのは17人。優れたと良いを合わせると44人のうち、32人になる。

 PRPは比較的新しい治療法で、まだ、ゴールドスタンダートと言われる最も標準的な治療法は確立されていない。何回、注射を受けると効果があるのか、複数回、治療を受ける場合はどのくらいの間隔が適切なのか、注入量はどのくらいにするべきか、など、はっきりと分からない部分もあるようだ。

  しかし、データや研究結果を見る限り、PRP治療だけで復帰できる確率は悪くない。大谷とエンゼルスは、PRP治療と幹細胞注射で靭帯修復できるかを試みた後で、トミー・ジョン手術が必要かどうかを判断することになる。妥当な選択といえるのではないか。

 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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