マリナーズ、イチロー会長付特別補佐のショーマンシップ。

(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

「ザ・ナチュラル」というロバート・レッドフォード主演の映画がある。小説を元にしたもので、1984年の公開だ。

 1920年代から1930年代を舞台にした物語。映画の序盤、野球の才能あふれる若きロイ・ホッブス(レッドフォード)が汽車に乗り、シカゴ・カブスの入団テストを受けにいくシーンがある。車中には、スター打者も乗り合わせており、2人は遊園地のある場所で一旦、下車する。

 スター選手は遊園地に設けられた簡素なバッティング場のようなところで、豪快なスイングを披露。防球ネットに張られたホームランと書かれた横断幕に何度もボールを当ててみせる。その様子を一目見ようと、お客さんが群がっている。一方のホッブスも出店の的当てゲームで、ボールを投げ、次々に的を倒していく。彼の周りにも人垣ができていた。そんなことから、2人は遊園地の広場で、投手と打者として1対1勝負の見世物をやることになり、無名のホッブスがスター打者から3球三振を奪う。

 こんなことが実際にあったのかどうかは分からないが、きちんとした野球の試合ではなく、野球の技術を披露することで観客からお金をもらったという話をどこかで読んだことがある。米国歴史家協会のマガジンに掲載された、黒人選手たちがプレーしたニグロ・リーグについての論文には、彼らの野球技術を見世物として試合前に披露し、お客さんを喜ばせたと書かれている。具体的にどのようなことをしていたのかは分からないが。

 今でも、スポーツには、スキルコンペティションという技術を競うエキシビションはある。野球のオールスター戦のホームラン競争は、スキルコンペティションの代表的なものだろう。20年前、ドミニカ共和国で野球を観戦したときには、少年選手たちが、試合前に、センターの手前から、ホームベースの後ろに置いたドラム缶に、ボールを投げ込むという返球の正確さを競うスキルコンペティションをやっていた。NBAのオールスターでは、スラムダンクコンテストなどがあり、NHLのオールスター戦でも、シュートの技術を競い、お客さんを沸かせている。

 マリナーズのイチロー会長付特別補佐がアストロズ戦の前に打撃投手をした。宇宙飛行士である野口聡一さんはツイッターで、イチロー会長付特別補佐とのツーショット写真に添えて、その様子をつぶやいていた。野口さんのツイートによると、イチロー会長付特別補佐は、打撃練習でも柵越えを連発、守備練習では背面キャッチでファンを沸かせていたそうだ。私がデトロイトでのタイガースーマリナーズ戦を取材したときには、チームの打撃練習はなかったが、このときも、イチローの練習する様子を見るために、お客さんが集まってきていた。

 勝敗を競う試合の中で優れた技術を披露して、見る人たちを喜ばせるのは、プロスポーツ興行の原点だろう。たとえ、練習であっても、見たいアスリートがパフォーマンスをしてくれれば、ファンは追いかける。

 今、試合に出場しないイチローは、練習を通じて、観客を喜ばせている。客寄せ、と言えばそれまでだろうが、プロアスリートの定義とは何なのか。観客は何に惹かれるのか、を考えさせてくれる。極めて異例の処遇で練習を続けるイチローの存在が、新しい問いを生み出してくれているようだ。