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メジャーリーグにも影響を与えるか。米大学野球がイヤーピース付きヘルメットを試験導入。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 先日、米国の大学野球をテレビ観戦した。

 ベンチにいるコーチがひと昔前の携帯電話のようなものを使って話をしている。何だろうかと思っていると、次の瞬間、画面は2分割になり、そのコーチと捕手を同時に映し出した。コーチは、音声受信できるヘルメットを被っている捕手に話かけ、配球を指示していたのだ。

 NCAA全米大学体育協会のホームページには、捕手はイヤーピースを通じてコーチから球種の指示を受け取ることを、試験的に導入したと示されている。今シーズン、サウス・イースタン・カンファレンスだけで適用される。

 ちなみに、サウス・イースタン・カンファレンスは文字通り、米国南東部の大学で構成されているカンファレンス。サイヤング賞(最優秀投手)のデービッド・プライス(レッドソックス)を輩出したバンダービルド大や、同じくサイヤング賞投手のダラス・カイケル(アストロズ)の母校アーカンソー大ら、強豪大学が名を連ねる。

 なぜ、ベンチからのコーチの指示を、ヘルメットのイヤーピースを通じて受け取るようになったのか。

 NCAAは試合のスピードアップを図るためとしており、2017年6月23日のニューヨークタイムズ紙電子版が背景を詳しく伝えている。

 米国の大学野球のキャッチャーは1球ごとにベンチにいる投手コーチを覗き込み、球種を指示するサインを受け取っていることが多い。しかも、キャッチャーはベンチからの指示を受けて、すぐに投手にサインを出すばかりではない。番号のついたカード入りのリストバンドをつけており、ベンチからのサインをコード番号と照合し、ピッチャーにサインを出していることもある。このリストバンドはアメリカンフットボールの司令塔であるクォーターバックがつけているものと似たようなもの。市販もされている。

 このようなサインのやりとりを繰り返すと、試合時間は長くなる。2016年の大学全米一を決めるカレッジワールドシリーズの平均試合時間は3時間5分。2015年の同シリーズの平均は3時間20分だったという。

 2017年の夏、サインのやりとりにかかる時間短縮方法がふたつ考えられた。

 ひとつは、コーチからサインを出さず、配球を全てバッテリーに任せること。

 もうひとつは、キャッチャーはベンチからのサインで球種の指示を受けるのではなく、ヘルメットに装着したイヤーピースを通じて指示を受け取るというもの。サウス・イースタン・カンファレンスの規則委員会では後者を採用した。

 捕手がコーチから球種の指示を受けることは、ここ数年の話ではなく、長年にわたり、米国の大学野球では一般的なことだったらしい。ニューヨークタイムズ紙によると、ベンチから球種のサインを送らない大学もあるが、少数派だという。一定の点差がついたゲーム展開になったときだけ、捕手にリードを任せるコーチもいるそうだ。

 メジャーリーグのキャッチャーは、1球ごとにベンチを覗き込むことはしていない。しかし、将来、ベンチとグラウンドにいる選手がヘッドセットでコミュニケーションを取る可能性は否定できない。

 メジャーリーグのマンフレッドコミッショナーは、試合時間の短縮に躍起になっている。

 2017年には4球を投げることなく、申告するだけで敬遠とする申告敬遠を導入。今シーズンは投手交代以外で首脳陣や捕手、野手がマウンドに行ける回数を制限した。

 メジャーリーグでも、アメリカンフットボールのクォーターバックや大学野球の捕手と同様に番号を書き込んだリストバンドを着用する捕手も出てきている。捕手やコーチが、投手とのコミュニケーションのためにマウンドに行くことをやめ、代わりにヘッドホンやマイクのヘッドセットを使ってやりとりしようという発想が出てきても不思議ではない。是非や好悪は別にして、データ化と時間短縮を両立することができるだろう。

 昨シーズンまでヤンキースの監督だったジョー・ジラルディは、監督時代にバッターのヘルメットにヘッドセットをつけることを提案していた。それによって、打者が打席を外し、サインを確認する時間を削減できるとの考えからだ。サイン盗みの問題も解消されるかもしれない。

 ジラルディ氏だけではない。昨年4月21日のメジャーリーグ公式ホームページは、ロッキーズのブラック監督が、NFL米プロアメリカンフットボールのようなヘッドセットがメジャーリーグにも導入されるのではないか、と予想していることを伝えた。

 NFL米プロアメリカンフットボールで、最初にヘッドセットが使われるようになったのは1994年だ。

 もし、メジャーリーグでこれまでサインや直接的な会話で確認されてきたことが、全てヘッドセットで代行するようになったら、野球のゲームには新しいトレンドが生まれるだろう。データから最適解を導き出す方法とそのスピードを巡る競争が激化する。選手は、瞬時にデータと指示を理解し、パフォーマンスとして出力することをもっと求められるようになるのかもしれない。

 大学野球のサウス・イースタン・カンファレンスのリーグ戦は、あと2週間ほどで終了する。NFLのクォーターバックのように、捕手のヘルメットにイヤーピースをつけることは、時間短縮に役立ったか。何らかの変化をもたらしたか。今夏中に総括される。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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