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「部活未亡人」を表す英語はあるのか?

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

 日本には「部活未亡人」という言葉がある。教員である夫が部活動指導に忙しく、その妻は、まるで夫がいないかのような生活をすることを指す。このゴールデンウィーク中も、部活未亡人になっている人がいるのだろう。

 米国にも、スポーツ指導に情熱を注ぎ、時間を費やしている教員やボランティアは多くいる。指導者講習では、必ずといってよいほど、指導者自身のタイムマネジメントが話題になる。その話題には、家族との時間をどのように作るか、も含まれている。部活未亡人と同じような状況の人は米国にもいる。

 英語にも、部活未亡人に相当する表現はあるのだろうか。

 米国にはスポーツ好きな人が多い。指導者でなくても、スポーツに熱中し、配偶者と過ごす時間よりも、プレーしたり、観戦したりすることを優先する男性たちがいる。おいてきぼりになった妻や彼女たちは次のような英語で表現される。

 夫や彼氏がアメフトファンであれば、フットボール・ウィドウ(football widow フットボール未亡人)と呼ばれる。

 アメリカンフットボール以外の種目でも同じ。

 ベースボール・ウィドウ(baseball widow ベースボール未亡人)、

 サッカー・ウィドウ(soccer widow サッカー未亡人)、

 バスケットボール・ウィドウ(basketball widow バスケットボール未亡人)。 

 このような言葉は、スポーツファンの妻、スポーツ選手の妻、コーチの妻や彼女たちを表すのに使う。

夫が釣りが好きで、ひとりにされる時間の多い妻はfishing widow、妻よりもゲームの時間を優先する夫がいる場合はgame widowだ。

 これらの単語をタイトルにした書籍もあり、さらに、この文言を胸にプリントしたTシャツも販売されている。

 では、学校運動部のコーチ(日本の部活動顧問に相当する)の配偶者を表現する言葉はあるのだろうか。

 「high school coach's wife」という言葉で検索すると、あたりの良い潮干狩りのようにザクザクとヒットする。※「high school coach's husband」で検索してもwifeの話が出てくる。高校の運動部には女性のコーチもいるのだが、これはスポーツとジェンダーの問題だろう。

 A coach's widowは、コーチの未亡人という意味であり、これは部活未亡人に近い表現。

 その他に

 Being a Coach's Wife

 I am a coach's wife

  Married to football-Life as a coach's wife

 などの言葉が並んでいる。

 football widowなどは、もともとは、夫がフットボールに夢中になり、放って置かれる妻を意味していた。

 しかし、I am a coach's wife .という一文で始まるブログには、日本の部活未亡人と同じような苦労が綴られている。その一部をまとめて、以下に日本語訳した。

 “夫は教員でもあり、1日18時間も働いていることがある。迎えに来るはずの保護者が迎えに来ず、夫が生徒を送り届けることもあり、帰宅が遅くなる。夜の遅い時間に保護者から電話がかかってくる。

 夫がコーチをしている運動部の試合観戦に行く以外は、私はシングルマザーのようなものである。夫は生徒たちを愛し、私はコーチをしている夫を愛している。けれど、保護者には、コーチの家族もユーススポーツの一部なのだと分かって欲しい”

 夫がコーチをしていることについての不満でなく、保護者への不満が強いようだ。日本の部活未亡人の問題とよく似ている。夫は一生懸命やっているのに、試合を観戦する保護者が不満を漏らしているのが聞こえた、という書き込みも見かけた。

 配偶者だけでなく、コーチ自身も家庭とスポーツ指導のはざまで葛藤している。

 2015年に公開された「マクファーランド」という映画がある。この映画は、実話をもとにした内容で、主演はケビン・コスナー。コスナーは、陸上部(クロスカントリー部)のコーチをする高校教員のジムを演じている。ジムは、部員である生徒の深刻な問題に付き合って、娘の誕生日を反故にしてしまうのだ。映画だけの話ではない。米国のコーチの手記などにも家族かコーチかで悩む話が出てくる。その都度、悩み、葛藤し、優先順位をつけて行動している。ここでも、部活動指導のため、家族と過ごす時間がないと悩む日本の教員と重なる。

 しかし、日本には、米国ではあまり見聞きしない部活未亡人のケースがある。それは、部活動顧問をやりたくないのに引き受けなければならず、嫌でたまらないのに部活動指導に時間を費やさなければいけない教員と、そのために、配偶者が部活未亡人になっているというケースだ。

 米国では、教員の雇用条件に部活動指導が含まれていないのなら、やりたくないのに無理をして、指導を引き受けなくてもよいからだろう。ただし、学校や担当教科によっては、雇用条件に部活動指導を含んでいることもあるようで、その場合には、やりたい、やりたくないに関わらず、部活動を指導しなければいけない。

 

 ひとことに部活未亡人と言っても、さまざまなケース、さまざまなカップルがいる。

 夫がスポーツ指導に情熱を燃やし、自ら希望して時間を費やし、そのために妻が部活未亡人になっているケース。これは、労働問題ではなく、夫婦やカップル間の問題だろう。日本では、やりたくないのに顧問することを暗に強いられ、家族まで巻き込まれていることもあるようだ。これらは、慣習や労働条件が原因ではないか。活動規則を無視して、理不尽要求をする一部の保護者が部活未亡人を作り出していることもあるだろう。「私は部活未亡人」と自虐ギャグに使っても、苦痛を感じていない人もいる。

 「部活未亡人」と括らず、それぞれに分けて考えて、そこから改善策を試みるのはどうだろうか。米国の運動部活動とwidow(未亡人)という言葉を追いかけて、そのように感じた。

   

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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