Yahoo!ニュース

「合格率」から選手の育成と進路を考える。

谷口輝世子スポーツライター
2013年のNBAドラフト。(写真:ロイター/アフロ)

もし、学校で個人のテスト結果が学校全体に分かるように張り出されたら、子どもたちの気持ちに配慮していないと考える人が多いのではないだろうか。テストの結果は生徒本人と保護者だけに知らされる個人情報とも言える。

しかし、体育や学校の運動部活動では、オープンな場で体を動かしたり、競技をしたりすることから、ひとり一人の能力が周囲の人にも分かる。仲間と比較されることで傷つき、みんなの前で苦手な運動をすることで体育嫌いになった人もいるだろう。

だからこそ体育のような科目では他人と比較されたり、優劣が晒されることに配慮しなければいけないし、子どもが個人の身体感覚や体を動かす快にフォーカスできるようにすることが重要だと思う。

その一方で、競技能力を基準にして高校や大学に進学することを考えている選手、プロ入りや国際大会での活躍を夢みる選手と保護者、指導者は、全体のなかで自分がどの位置にいるのかを知る必要があるのではないか。夢や目標と、現在位置との距離を知るということだ。

ほとんどの中高生は自分の学力がどの程度かによって、どの学校に進学するかを決める。そのときの判断基準になるのが、偏差値や模試の結果だろう。かなり合格が難しいというE判定がずっと続いているのに、必ず合格する自信があるという人はあまりいないはずだ。

ところが、米国では、運動優秀者に与えられる奨学金を得て進学を希望したり、プロ入りを狙ったりするにあたって、自分の現在地を把握できていない選手や保護者がいる。目標がどれだけ現実から離れているかを掴めないために、保護者が子どもである選手に現実離れした期待をして過剰な練習を強いるケースもあれば、夢に破れた選手が指導者の指導力のせいにすることもある。

陸上競技や水泳など、タイムという結果によってはっきりと自分の位置を知ることができる種目はよいのだろうが、集団競技では、それが客観的に掴みにくいかもしれない。

保護者が選手に過剰に期待をしないことと、選手自身が冷静に進路を考えられるように、米国の高校スポーツやユーススポーツの場では、子どもの競技人口のうち、大学でプレーできる割合、プロ入りできる割合を提供するようになっている。

先日、武井壮氏が各スポーツのプロのレベルや収入・待遇、その後の生活を中学・高校や大学でなぜ教えないのだろうか。という内容をツイートされていたが、プロ入りや代表選手入りの「合格率」を知ることはそれにもつながるのではないだろうか。

テキサス州の高校体育協会では保護者向けハンドブックにこういった数字を掲載している。トライアウトをパスして高校の運動部に入っている生徒たちは平均以上の運動能力を持ち合わせているものが多い。しかし、奨学金を得ての大学進学やプロ入りは狭き門で、高校運動部に所属している生徒のうち、どの程度の割合の選手が大学でプレーを続行でき、さらにプロ選手になれるのかを示している。PDFファイルの13ページ後半からParent Information

一例を挙げる。

男子バスケットボール。

高校のバスケットボール部からNCAA(全米大学体育協会)の大学でプレーできるのは、全体の3.4%

NCAA(全米大学体育協会)で最もレベルの高いディビジョン1でプレーできるのは、高校バスケットボール選手のうち1%

プロ入りできるのは、高校バスケットボール選手のうち0.03%

男子サッカー

高校の男子サッカー部に所属している選手のうち、NCAAの大学でプレーできるのは全体の5.7%

高校の男子サッカー部に所属している選手のうち、NCAAで最もレベルの高いディビジョン1でプレーできるのは1.4%

高校の男子サッカー部に所属している選手のうち、プロ入りできるのは0.07%。

もし、高校のバスケットボール部やサッカー部で対戦相手も含めた数十人のなかで最も優れているのであれば、NCAAに加盟する大学でプレーできる可能性が高い。もし、100人のなかで最も優れた選手であれば、NCAAのディビジョン1でプレーできる可能性が高い。1000人のなかで最も優れた選手であればプロ入りを現実的なものとして考えることができる。

もちろん、高校卒業後にぐっと伸びてプロでスーパースターになることもあるから、高校時代の全体における位置が全てではない。ある時点での確率が低いからといって、他人が無理にあきらめさせるのもどうかと思う。スポーツ界のスーパースター、マイケル・ジョーダンのサクセスストーリーは高校バスケットボール部の一軍チームのトライアウトに落ちたところから始まる。

それでも、スポーツ特待生として進学することや、プロスポーツ入りを希望するのならば、その合格率を知るのは悪いことではない。本人は遠い目標に向かって熱中しているとしても、少なくとも指導者と保護者は合格率を知っておいて損はない。どのような選択をするかは本人が決断することだ。とことんまで夢を求めることも本人の自由だ。しかし、現在地を知る手がかりを提供するのは悪いことではないだろう。

プロ選手や国際大会出場選手を数多く輩出してきたクラブや運動部と、競技や競技成績を進学や就職の材料にする生徒がほとんどいない運動部では、練習内容や方針も違ってきて当然だろう。クラブチームや運動部をどのように運営するかという観点からも、指導者や保護者はプロ入りや代表選手入りの「合格率」を知っておいたほうがよいのではないか。

それと同時に体育の授業や学校運動部では子どもたちが、他人と比較されて劣っていることを指導者や仲間から責められることのないようにと、願う。大人になって体を動かす喜びを改めて知ることがある。それは他人と比較されることや全体における自分の位置と関係なくスポーツすることを楽しめるからだとも思う。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事