Yahoo!ニュース

最強打者ミゲル・カブレラ(タイガース)は障害児野球ミラクルリーグ屈指の好投手でもある。

谷口輝世子スポーツライター

米大リーグ、タイガースのミゲル・カブレラ内野手が16日のカージナルス戦で通算400本塁打を達成した。ベネズエラ出身の選手としては、ロッキーズなどで活躍したアンドレス・ガララーガを抜き、歴代1位に。大リーグでは歴代52位に並んだ。カブレラは32歳で400本塁打を記録。ここまでのところはハンク・アーロンとほぼ同じペースだ。カブレラは、2012年に大リーグでは45年ぶりの三冠を達成しており、大リーグ史上屈指の強打者と表現してもいいのではないだろうか。

メジャーを代表する強打者カブレラは、ミラクルリーグという障害児野球リーグの名投手でもある。

タイガースは年に1度、デトロイト郊外のミラクルリーグで野球教室を開催していて、ここでカブレラは投手を買って出ている。

ミラクルリーグでは、車いすを使用していたり、足の不自由な子どもたちがプレーしやすいように、全面を特殊なゴム張りにした段差のない球場を使用。フィールドは通常の三分の一ほどの大きさだが、ベンチのスペースを広くし、夏の強い日差しが子どもたちの負担にならないように大きなひさしもつけている。このような球場は全米各地やカナダ、プエルトリコにも広がっていて、現在は240カ所以上あるという。カブスの和田毅投手がリハビリ登板していたアイオワ州デモインのマイナーリーグ球場隣にも、ミラクルリーグ専用球場が設置されていた。

(ミラクルリーグについて詳しく知りたい方は英語ではありますが、こちらのホームページをぜひご覧ください。http://www.miracleleague.com/

(カブレラらが参加しているミラクルリーグはこちらです。写真や動画もあります。http://www.michiganmiracle.org/

筆者がミラクルリーグに参加しているカブレラを取材しはじめたのは2012年から。カブレラはタイガースの他の選手とともにミラクルリーグ専用球場で開催されたイベントに加わっている。

このリーグでは、子どもがピッチャーをするのではなく、まず、打つ楽しみを味わうことができるように指導者である大人が打者にボールを投げる「コーチピッチ」方式で試合を行っている。イベントの日にはカブレラがピッチャーとしてマウンドに上がっている。

また、このリーグでは、チーム全員が打席に入り終えるまで攻守交代しないというルールを設けている。これも子どもたち全員が打つ楽しみを感じられるようにとの考えからだ、そのためだろうか、2012年当時はミラクルリーグの関係者と選手に同行したタイガース球団職員には、スーパースターのカブレラに延々とピッチャー役をしてもらうことに遠慮があったようだ。この後にはカブレラ自身がタイガースの試合に出場するというスケジュール事情もあった。ミラクルリーグのコーチは、1人当たり5-6球投げてもらったら、打てなくても次のバッターと交代させるつもりでいた。

当然のことながら、カブレラの投げる球をバットでとらえられない子どももいる。バットを振るタイミングが全くあっていなかったり、ゴルフのようなスイングをしていたりする子どももいた。

落ち込んだ顔でベンチに帰ろうとする子どもに向かって、カブレラは「ワンモア、ワンモア」と声をかけ、ボールを打つことができるまで投げ続けた。カブレラはマウンドから降りてきて、打者に近づいてトスを上げる要領で投げるなど工夫をし、最終的には参加した全員の子どもに何らかの形でボールを打たせたのだ。介助者に手を添えてもらってボールを打った子もいた。

昨年の野球教室では、ミラクルリーグ関係者もタイガース球団職員もすっかりリラックスした様子だった。投手のカブレラは、ひとりひとりの子どもたちが打てるまで付き合ってくれることを周囲のみんなも分かっているからだ。ナイターの翌朝のイベントなのにカブレラはノリノリで音楽にあわせてダンスまで披露し、開始前から子どもも大人も一体となって盛り上がった。

特製の球場を建設するための資金集めから練習の補助まで、ミラクルリーグが発足し、運営できているのは多くのボランティアたちの日々の活動のたまものだ。そして、その輪に加わるメジャーリーガーの存在も大きい。あのスーパースターのカブレラが投げたボールを打つということは、子どもたちにとってどれほど気持ちの良いことだろうか。

ミラクルリーグは、子どもたちが障害を理由に野球をプレーする機会が制限されることのないように願って運営されている。勝敗にはこだわっていない。球場には野球をする喜びがいつもあふれている。バットでボールを打って一塁に走っていくとき、子どもたちは誇らしげに満面の笑みを浮かべている。カブレラもこの雰囲気が楽しくてたまらないのだ。

冬の長いデトロイト郊外のミラクルリーグも間もなく開幕を迎える。

カブレラは「今年ももちろんミラクルリーグには参加するつもり。イグレシアスも連れていきたい」と話した。今シーズンも名投手ぶりを発揮してくれそうだ。  

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

谷口輝世子の最近の記事