脳外科の手術は、顕微鏡を用いて行う細かい操作が多いですが、手術前に「手術中に地震が来たら、大丈夫なんですか?」と質問をいただくことがあります。

つまり、地震の揺れのせいで手元が狂ったりしないの?ということでしょう。

あるいは、脳外科に限らず、また麻酔の種類(=意識のある無し)にかかわらず、手術中の患者さんは自由に動けない状態になるわけであり、建物の下敷きになったりしないか?ということかもしれません。

地震の揺れで手元が狂わないか?

激甚災害のような大地震は別としても、顕微鏡手術の最中に「あ、地震だ」ということは実際にあります。

つまり、顕微鏡下に細かい作業をしていても揺れを感じる地震はときどきあるわけです。

脳外科の手術に限って言えば、手術中は患者さんの頭自体が手術台に固定された状態になっており、全体として揺れている状態になります。

なので、見ている視野が極端に動くことはありません。

また、もともと脳も、人の身体も拍動に合わせて動いており、外科医は無意識のうちにそのリズムに合わせて、針を進めたり、切ったりしています。そのため「これは本当にヤバい」というような大きな揺れで無ければ、普通に操作を続けることが多いと思われます。

一方、揺れが非常に大きい場合は、さすがにいったん手を止めて、揺れが収まるのを待つでしょう。

万が一、動脈から出血している場合でも、何らかの形で、出血しているところを圧迫するなりして出血が最小限になるようにしたり、脳が腫れてきたりしないように術野を確保する程度のことはできると思います。

手術中は逃げられないですよね?

一方、手技的な問題よりも、麻酔がかかった状態で、逃げられないことを心配される方もいます。

「全身麻酔で眠っているときに、大きな地震が来たら、逃げられないじゃない?」ということのようです。

局所麻酔の手術でも、創が開いたまま逃げるというのも現実的には難しいでしょう。

術者や麻酔科医、看護師が、手術中の患者さんを放って逃げるということは考えにくいですが、まず安心できる根拠として、手術室自体が地震に対してかなり強い構造になっています。

阪神淡路大震災後、全国的に建物の耐震性が調べられましたが、病院も例外ではありません。

その後の耐震基準に沿って、広く建て替え、耐震補強が行われており、よほど古い病院でなければ、建物の倒壊に関する心配については「病院にとどまっている方が安全」です。

また、地震後、二次的に火災が起こることがありますが、手術室は火災に対してもかなり頑健な構造になっています。

実際、手術室はふだんから高濃度酸素や電気メスなどを用いるため、引火事故の(地震と関係なく)報告がありますが、壁面・天井などは不燃性・難燃性の建材が使用されており、手術室から延焼するような火災は起こりにくいです[1]。

可能性は低いけど、大地震の時は…

(大)手術を受けるというイベントは、多くの場合、人生に何度もあることではありませんが、運悪く、その数時間〜10数時間の間に大地震が起こったらどうなるでしょう。

上記のように、病院・手術室自体は地震・火事に対して強い構造になっていますが、震度6を超えるような大きい地震では、地域の広い範囲で甚大な被害が出ることが分かっています。

そのため停電、断水、物資の供給停止といった障害が二次的に発生します。

一時的な停電、断水については、非常用電源などの対策が取られています。しかし、病院自体に大きな被害が無くても、早期に機能が失われる可能性が高いため、ガイドラインが提唱されています[2]。

1.まず震度を確認する。(繰り返しになりますが、震度6を超えるような地震では、病院だけでなく広い範囲で大きな被害が出るため、手術を続行すべきかどうかの判断する必要があり、情報を得ることが大事になります)

2.手術台は質量もあって、かなり安定した構造なので、しがみついていても大丈夫。

上に乗っている患者さんが落ちないように、一緒にしがみつく形になるでしょう。

3.大きな余震が来る可能性が大きいため、手術操作は中断。直後の余震が治まった後、落ち着いて、”閉創可能な状態まで”手術を行い、速やかに終了する。

4.開始されていない手術は中止すべき。

また、手術が必要な患者さんは、早めに被災していない地区の病院に転送することを考える、となっています。

実際、東日本大震災は日中に起こったこともあって、震度6の中、手術中だった病院も多くありました。

後日おこなわれた外科学会指定・関連施設へのアンケートでは、実施中だった手術の半数弱が中止になっています[3]。

手術続行の障害要因として

  • 揺れ
  • 停電
  • 手術スタッフの恐怖感
  • スタッフ家族の安否の不安
  • 患者の不安
  • 手術室の損傷、術野の汚染

が挙げられています。

このような場合、患者さんだけでなく全員が被災者になるわけなので、患者さんの安全を考えると、中止もやむを得ないという判断になるでしょう。

手術は、人の手で行うことなので、100%大丈夫ということはできません。

ただ、手術を受けている患者さんの安全が最大限確保されるよう、全てのスタッフが努力するということは言えると思います。

参照

1. 児玉貴光. 手術室における火災の現状と対策:日米の現状. 日本臨床麻酔学会誌. 2019;39(4):455-459. doi:10.2199/jjsca.39.455

2. 堀田,哲夫 臼杵尚志. 手術医療の実践ガイドライン 第14章 災害対策. 手術医学. 2019;40 supplement :S174-S186.

3. 鈴木保之, 福田幾夫. 東日本大震災における手術・手術室への影響. 日本医療マネジメント学会雑誌. 2014;14(4):189-196. doi:10.11191/jhm.14.189