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ロシアの軍事損失3兆円超 プーチンの無謀な戦争で財政破綻へ 民間人虐殺で娘2人も制裁

木村正人在英国際ジャーナリスト
2021年、サンクトペテルブルク国際経済フォーラムに参加するカテリーナさん(写真:ロイター/アフロ)

■ロシアの直接軍事損失は3兆1900億円

[ロンドン発]ウクライナに侵攻したロシアのウラジーミル・プーチン大統領は一体どれだけの損失を被ったのだろう。ウクライナの首都キーウに拠点を置く非営利シンクタンク「イージー・ビジネス」経済回復センターの試算では37日間の直接の軍事的損失は258億ドル(約3兆1900億円)以上と推定されている(4月2日まとめ)。

破壊された装備の損害は134億ドル(約1兆6600億円)。残りは発射された巡航ミサイルや破壊された短距離弾道ミサイルシステム、砲弾、死亡した兵士1万7800人がもたらす今後40年間の国内総生産(GDP)の潜在的損失だ。装備の修理費用、負傷した兵士の避難と治療費、弾薬、燃料、予備部品、特殊装備は含まれないため、低い見積もりになっている。

直接の軍事的損失の内訳は戦闘機・戦闘無人航空機(ドローン)364機91億ドル(約1兆1250億円)。大砲・ミサイル・ミサイル発射装置582ユニット43億ドル(約5300億円)。戦車631両14億ドル(約1730億円)、武装車両3088台18億ドル(約2200億円)、兵士1万7800人92億ドル(約1兆1400億円)――だ。

ウクライナ侵攻や、西側と民間企業による制裁でロシアは経済的に大きな打撃を受けた。ロシア通貨ルーブルの為替レートは侵攻前、1ドル=70ルーブル台だったが、一時140ルーブルに近づいた。現在は82ルーブルの水準にまで回復している。ロシアの上場企業の時価総額は7880億ドルから一時2160億ドルまで下がったが、4300億ドルまで戻した。

■強化される制裁

ロシア軍のウクライナ侵攻を巡る経済戦争もエスカレートしている。プーチン氏はロシア通貨ルーブル防衛のため、4月から欧州向け天然ガスの代金をルーブルでしか受け取らないという大統領令に署名した。しかし欧州諸国がこれを拒否したため、投機的なルーブル買いの動きは一段落した。

ロシア軍が撤退した首都キーウ近郊などから民間人の手足を縛って拷問にかけたり、後頭部を撃ち抜いて処刑したあと証拠隠滅のため遺体を焼いたり、子供の目の前でレイプしたりするプーチン氏とロシア軍の戦争犯罪が浮き彫りになってきた。このためバイデン米政権は対露制裁を強化し、プーチン氏やセルゲイ・ラブロフ露外相の家族も対象に加えた。

ホワイトハウスが6日発表した新たな制裁は次の通りだ。(1)ロシア最大の民間銀行アルファ銀行と、露銀行部門の総資産の3分の1近くを保有する最大の金融機関スベルバンク(ロシア貯蓄銀行)への金融封鎖措置(2)最先端輸出を遮断するため新規投資を禁止(3)露政府高官とその家族への制裁――などである。

「新たな制裁で侵攻前に1兆4千億ドル(約173兆円)の資産を有していたロシア銀行部門の3分の2以上を完全に封鎖した。600社以上の多国籍企業がロシアから流出し、その数は増え続けている」(米政府高官)という。現時点で140人以上のオリガルヒ(新興財閥)とその家族、400人以上のロシア政府高官が制裁を受けている。

■プーチン氏の娘2人も制裁

ロシアのインフレ率は15%を超え、20%を突破すると予測される。ロシアの金利はすでに20%に達した。GDPは、デフォルト(債務不履行)に陥った1998年ルーブル危機の2倍以上に当たる二桁の減少が予想されている。ロシアは世界第11位の経済大国であったが、現在ではトップ20から脱落する恐れが高まる。

プーチン氏の娘であるマリア・ウラジミロフナ・ボロンツォワさんとカテリーナ・ウラジミロフナ・ティホノワさんが制裁リストに加えられたことについて、米政府高官は「プーチン氏とその取り巻きやオリガルヒの多くが家族とともに資産を隠し、アメリカの金融システムだけでなく世界の他の多くの場所におカネを置いていると信じる理由がある」と指摘する。

「だからこそ彼らの資産を凍結し、高級車や高級ヨット、豪邸などを押収するため、われわれがともに行動することが非常に重要なのだ。われわれはプーチン氏の資産の多くは家族の中に隠されていると考えており、娘2人をターゲットにした」。プーチン氏の側近ラブロフ氏の妻と娘、ロシアの安全保障理事会のメンバーにも制裁が加えられる。

リズ・トラス英外相も6日「プーチン氏の恐るべき戦争を終わらせるため制裁を強化する。ロシアからのエネルギー輸入を停止し、さらに多くの個人と企業を制裁し、プーチン氏の戦争マシンを壊滅させる」として、スベルバンクとモスクワ信用銀行の資産凍結、年110億ポンドを超えるロシアへの新規投資禁止など厳しい追加制裁を発表した。

■エネルギーをロシアに依存し続ける欧州

英政府はさらに今年末までにロシアの石炭と石油への依存を解消し、その後できるだけ早く天然ガスの輸入を終了させる。鉄鋼製品の輸入も禁止し、イギリスの量子技術や先端材料技術の取得を新たに制限する。プーチン氏の戦争を支える8人のオリガルヒを新たに制裁対象に加えた。

エネルギーをロシアに依存する欧州は今も天然ガスの輸入を続ける。欧州連合(EU)のジョセップ・ボレル外務・安全保障政策上級代表は「われわれはウクライナに10億ユーロ近くを援助した。10億ユーロはわれわれがプーチン氏に毎日支払うエネルギーの代金だ。戦争が始まって以来、われわれはプーチン氏に350億ユーロを与えてきた」と自嘲気味に話した。

ウルズラ・フォンデアライエン欧州委員長は5日、ロシア産石炭の輸入禁止、ロシア第2位のVTB銀行を含む4銀行との取引停止、半導体や精密機械部品などの輸出禁止を科す方針を示した。石炭の輸入禁止についてポーランドやバルト三国は「道徳的義務」と評価する一方で、ドイツ企業は「完全な禁輸が導入された場合、急激な不況になる」と警告している。

米欧がウクライナ軍と領土防衛隊の防衛力を強化するため遠方からでもロシア軍を攻撃できる武器を新たに供給する一方で、ドイツをはじめ欧州がロシアのエネルギーと金融機関をシャットアウトして資金の流れを止めない限り、プーチン氏の戦争は終わらない。EU首脳と独仏は東欧やバルト三国が「明日のウクライナ」になるリスクがあることを自覚すべきだろう。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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