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「プーチンを権力の座にとどまらせてはいけない」バイデン“体制転換”発言の真意は

木村正人在英国際ジャーナリスト
ワルシャワで演説するバイデン米大統領(写真:ロイター/アフロ)

■「責められるべきはプーチンだ」

[ロンドン発]「責められるべきはプーチン氏である」「頼むから、この男は権力の座にとどまらせてはいけない」――ロシア軍のウクライナ侵攻に対し、ジョー・バイデン米大統領は3月26日、ウクライナに隣接するポーランドの首都ワルシャワを訪れ、ウラジーミル・プーチン露大統領の政権交代や体制転換を目指すとも受け止められる発言をして世界中に衝撃を広げた。米ホワイトハウスは即座に火消しに追われた。

英首相官邸でも似たようなことがあった。2月28日、ボリス・ジョンソン英首相の報道官が「われわれや世界の多くの地域が制裁を導入しているのはプーチン政権を崩壊させるためだ。プーチン政権を積極的に支援しようとする者はその行動をよく考えるべきだ」と発言したものの、その後すぐに「言い間違い」と訂正した。

プーチン氏と側近、取り巻きのオリガルヒ(新興財閥)だけでなく、ロシアの中央銀行や主要銀行までターゲットにした前例のない規模の制裁とウクライナへの軍民両面支援の直接の狙いは、すぐにロシア軍によるウクライナ侵攻を止めさせることだ。

プーチン氏が考えを変えない場合は、ロシアはアフガニスタン侵攻(1978~89年)と同じように泥沼の消耗戦に陥る。ロシア経済は壊滅的な打撃を受け、プーチン氏が政権の座にとどまることは難しくなる。

■バイデン氏のワルシャワ演説

バイデン氏の本音にも聞こえる「この男は権力の座にとどまらせてはいけない」という件はもともと用意されていたスピーチ案にはなく、バイデン氏のアドリブと報じられているが、真偽のほどは分からない。まずバイデン氏の演説を見ておこう。

「民主主義vs独裁主義、自由vs抑圧、ルールに基づく秩序vs武力に支配された秩序間の戦いは数日や数カ月で勝てるものでもない。これからの長い戦いに備え、気を引き締めなければならない。民主主義と自由を求める永遠の闘いの中で、ウクライナとその国民は国を守るために最前線で闘っている」

「法の支配、自由で公正な選挙、発言・執筆・集会の自由、信仰の自由、報道の自由など、すべての自由な人々を結びつける本質的な民主主義の原則のための大きな戦いの一部なのだ。これらの原則は自由な社会にとって不可欠なものだ。しかし、これらの原則は常に四面楚歌の状態にある。どの世代も民主主義の宿敵を倒さなければならなかった」

「世界は不完全なもので、少数の人々の貪欲さと野心が、多くの人々の生活と自由を永遠に支配しようとする。民主主義のための戦いは冷戦終結とともに終わらなかった。この30年で独裁勢力が世界中で復活した。その特徴は法の支配や民主的自由、真実そのものに対する侮蔑である。この瞬間の試練はすべての時間の試練であることを思い起こそう」

「ロシアが戦争を選択したことに正当な理由はない。第二次世界大戦後に確立されたルールに基づく国際秩序への直接的な挑戦にほかならない。国際的なルールに基づく秩序が整備される前に欧州を襲った数十年にわたる戦争に逆戻りする恐れがある。私たちはそこに逆戻りすることはできない」

「北大西洋条約機構(NATO)5条に基づきNATO加盟国の領土に1インチたりとも足を踏み入れさせないよう集団の力をフルに発揮して防衛する神聖な義務がある。責められるべきはプーチン氏である。この戦争がロシアにとってすでに戦略的失敗であることに疑いの余地はない。プーチン氏はこの戦争を終わらせることができるし、終わらせなければならない」

「帝国を再建しようとする独裁者が人々の自由への愛を消去することはない。残虐行為は自由であろうとする人々の意志をすり減らすことはない。ウクライナでロシアは決して勝つことはできない。自由な人々は絶望と暗闇の世界に生きることを拒むからだ。私たちは民主主義と原則、希望と光、良識と尊厳、自由と可能性に根ざした明るい未来を手に入れる」

「頼むから、この男は権力の座にとどまらせてはいけない」

■共産主義封じ込め政策の「トルーマン・ドクトリン」を意識

第二次世界大戦後の1947年3月、英政府が共産主義勢力と戦うギリシャ政府への支援を打ち切ることを受け、ハリー・トルーマン米大統領は米議会に対し共産主義への砦としてギリシャ、トルコ両政府を支援するよう訴えた。直接関与しない地域紛争からの撤退という従来の米外交を遠方の紛争にも介入するよう方向転換させた「トルーマン・ドクトリン」である。

バイデン氏はロシアと中国の権威主義を封じ込めるため、共産主義封じ込め政策の「トルーマン・ドクトリン」を明らかに意識し始めている。ロシア軍侵攻後の3月1日、バイデン氏は一般教書演説で「自由は常に専制政治に勝利する。民主主義vs独裁主義の戦いにおいて民主主義諸国は立ち上がった」と表明している。

バイデン氏のワルシャワ演説に対して、ロシアのドミトリー・ペスコフ大統領報道官はロイター通信に対し「それはバイデン氏が決めることではない。ロシア大統領はロシア人によって選ばれている。ロシアは長年、アメリカとその同盟国がロシアでの政権交代を行おうとしていると非難してきた」と批判した。

「バイデン氏は政権交代を呼びかけることでアメリカの戦争目的を拡大した」と米外交問題評議会のリチャード・ハース会長は連続ツイートで警鐘を鳴らした。「それがどんなに望ましいことであっても、われわれの力で達成できるものではない。さらにこの戦争を最後まで戦うというプーチン氏の傾向を強め、彼が妥協を拒むか、エスカレートするか、あるいはその両方を行う恐れを高めるかもしれない」

「この24時間にロシアから戦争目的を縮小する可能性を示唆する声明が発表された。アメリカが目的を拡大するのは、そうすることでロシアに内部変化をもたらすことができると信じる理由がない限り、奇妙なことになる。そうでなければ逆効果になるだろう」

「われわれの利益はウクライナが受け入れ可能な条件で戦争を終わらせ、ロシアのエスカレーションを阻止することにある。今日の政権交代の要求はこれらの目的と矛盾している」(ハース氏)

■ホワイトハウス「プーチン氏の体制転換について話していない」

ホワイトハウスは西側メディアに対して「バイデン氏の論点は『プーチン氏は隣国や地域で力を行使することは許されていない』という点だった。バイデン氏は、プーチン氏の体制転換について話していない」と釈明に追われた。

79歳のバイデン氏はプーチン氏を「人殺しの独裁者」「悪党」「戦争犯罪人」「虐殺者」と呼び、非難をエスカレートさせている。その一方で、数字や日付を忘れ、リビアとシリアを混同し、カマラ・ハリス米副大統領を「大統領」と呼ぶなど、数々の失言で周囲をハラハラさせ、ホワイトハウスはそのたび火消しに追われている。

ワルシャワ演説の「この男を権力の座にとどまらせてはいけない」というバイデン氏のアドリブが意図されたものか、それとも本音が漏れただけなのかは分からない。ただ追い詰められたプーチン氏を精神的にさらに追い詰める結果となり、「手負いのクマ」を暴発させてしまう恐れがある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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